こいつは絶対にコスプレするタイプのオタクだ。
オタクは転移してもオタクのままなのかもしれない
でも金持ちでイケメンだからいいかもしれない
……まって!知らない設定めっちゃでてきた!やばい!帰りたい!
やばい、やばいぞ。なにかやばいことが起きている
それしか分からなかった。
現在朝4時半。学校には、間に合う。問題はそこではないのだ。
違うのだ。ベッドが。壁が。おれがいつも使っているオタク部屋ではないのだ。
壁に、俺の好きなアニキャラのみなみんがいない。愛用のみなみんクッションもない。
盗まれたという可能性は低い。俺のみなみん愛は、寝ていても溢れんばかりにわいているのだ。
たとえ家の玄関ドアが全開で、泥棒がホイホイ入って来られる状況でも、みなみんグッズは盗まれない自信がある。
と、ぐちゃぐちゃ言ったが、盗まれた可能性はゼロだ。
そもそもここはおれの部屋ではない。広さがおれの部屋5個分くらいある。
そして俺すらも俺ではないらしい。ドアの近くにある鏡をチラ見したところによるとどうやらおれはイケメンになっている。
ここでおれは4つの可能性を考える。
1、これは夢で、たまにあるちょっといい気分で起きられる朝の前の夢。
2、昨日までの現実だと思ってた日常は全部夢で、今のこの世界が現実
3、誰かと入れ替わってしまった。しかも今の顔に見覚えはないから、マジで知らない人と入れ替わってしまった。
4、そもそもここは別世界で、なぜか転生をしてしまった。
普通に考えたら1だ、とかそんなことは関係ない。おれは生粋のアニメオタクなのだ。
すべての可能性がある。……厄介だ。
ここで「えぇぇぇっ!」などといってはいけない。なぜならおれは鈍感かつリアクション特大系のキャラはきらいなのだ。黙ったまま驚いていきたいところだ。それにしてもイケメンだなあ。どちらかというと可愛い系のイケメンのようだ。これで運動神経がよければもてそうだが、それすらもわからない。早朝の部屋で反復横跳びをやるわけにもいかない。とりあえず部屋を見渡すことにする。
まず本棚。教科書は高校2年生用。よかった。年齢までは変わっていないようだ。名前の欄「三原奏斗」。おお、変わっていない。名前を呼ばれて反応できない、ということはない。そして教科書が入っている段から下は4段すべて音楽雑誌とバンドスコアだった。バンドスコアはすべてが同じバンドのものだった。“響声”というバンド名。きょうせい、と読むらしい。こいつも俺と同じでオタクかもしれない。普通こんなにバンドスコア買うか?よく見れば音楽雑誌にも背表紙に「響声特集」とあるものばかりだ。オタクだ。こいつは。謎の親近感が湧く。
次にクローゼット。なぜかふたつある。小さい方―といってもおれが持っている服が全部収まるサイズだが―には、男子高校生らしい普段着と、黒い学校の制服が入っていた。おれがいつも着ているやつよりちょっとかっこいい。高校は違うみたいだ。そして大きい方。こちらはすごく大きい。壁の2/3の面積を占めている。大きい。少しためらうが、開けないことには何もわからないので、勢いよく開けた。……オタクだ、こいつはオタクだ。コスプレするタイプのオタクだ!そこにはいかにもバンドのライブでバンドマンが着そうな衣装が20着近く収納されていた。おそらく響声のライブ衣装だろう。あまり販売されることはないだろうから、手作りだろうか。だとしたらめちゃめちゃ器用だ。おれの推しのみなみんは女子だからおれはコスプレはしないが、自分で推しの衣装が作れるのは便利だろうなあ。そして衣装に圧倒されて目に入らなかったが、クローゼットの半分弱は楽器が占めていた。エレキギター1本、アコギ1本、エレキベース4本、アンプ2台。金持ちだ。絶対に。金持ちのオタクは楽しそうだ。何でも買えて。絶対にベースは4本もいらないと思うが、金持ちのすることだ。響声のライブでみたものを全部集めたかったんだろう。金持ちはいいなあ。両親は社長かなにかだろうか。すでに6時になってしまった。意を決して両親がいるであろうリビングに行くしかない。なにか疑われてももとにもどるすべは今のところなさそうなので、適当にのりきってみよう。