エピローグ『陰に潜む者』
お久しぶりです!
「結局、どうして封印されてたの?」
わたし向かいに座る存在に話しかけた。
深紅のドレスに燃えるような赤い髪。
切れ長の目と高い身長からちょっとキツめな印象だけど、長いまつげとか非常に破壊力の高い胸部装甲とか、まさに大人の女性といった感じの美女。
彼女の名前はサラ。
闘技場の一件で暴れていた炎の精霊だ。
ちなみに、サラという名前はわたしが付けた。
炎の精霊で定番のサラマンダーから取った安直な名前だけど、元を知っている人なんていないんだし大丈夫でしょ。
てか、わたしにネーミングセンスを期待されても困る。
それはそれとして、気になるのはサラが馬鹿の鎧に封印されていたことだ。
百歩譲って契約で力を貸していたのなら分かるけど、明らかにそんな感じじゃ無かったし。
サラ、激おこだったし……。
わたしの質問に、サラが顔を顰める。
「不意を突かれたのだ」
「え? サラが?」
サラから返ってきたのは、わたしでも予想しなかった答えだった。
思わずフェルアも驚きの声を上げる。
「我はここより西の山を住処にしていたのだが、あるときそこへ人間が訪れた」
「人間? どんな?」
「さあ、はじめは魔術師か冒険者かと思ったのだがな」
「それで?
「其奴が懐より取り出した宝珠に封印されたという訳よ」
その人間というのは全身黒ずくめのローブを着たヤツで、サラの見立てではそこそこの力――といっても、アダマンタイト級冒険者くらいの実力者らしいが、特に気にする必要性は感じなかったらしい。
そもそも精霊は非実体の状態になることができるから、余程素質を持った者以外は視ることができない。
昼間、サラが怒っていたときとは違い、封印されたときは非実体の状態で、かつ封印した人間は“視る”素質を感じなかったので警戒もしなかったそうだ。
しかし、その人間が宝珠を取り出し、魔法を行使した直後、サラは何の抵抗をすることなく封じ込められてしまったのだとか。
「奴め、次に見える機会があれば消し炭にしてくれる……!」
「程々にね~」
「ちょっと、シオン! その時は貴女が止めなさいよ!」
え~ヤダよ。
だって今のサラ、わたしの魔力で強化されてるし。
戦えばわたしが勝つだろうけど、火力とか段違いに強化されてるだろうし、下手に制止するとわたしに怒りの矛先が向きそう。
君子危うきに近寄らず、ってやつだよね。
そう言えば、当然かもしれないけど、闘技場での一件の後、大会は中止になった。
そもそもザラさんから聞いた話だと、精霊という存在自体が不可侵の存在らしい。
理由は簡単で、精霊は自然と密接な関わりがあるから万が一怒らせたら被害がとんでもないことになるから。
今回のがわかりやすくて、最悪の場合、王都が壊滅するところだった。
結局、サラを宝珠に封印した輩の目的は何だったんだろう?
この国の壊滅?
……違う気がする。
サラを封印できるだけの魔法道具をつくる技術があるなら、その研究を兵器の作製に全振りすればいいだけの話だ。
わざわざ封印の道具を作るんだから……何かを封印したかった?
それこそ、サラ以上の力を持った化け物を。
あるいは――
◆◆◆
―王都オルベス 貴族街―
夜も随分と更けた頃。
昼間は華々しかった貴族街は一転、物々しい雰囲気に包まれていた。
それはまるで百鬼夜行。
集結した百名を超える冒険者たちが大通りに列を成して歩き、一つの邸宅へと向かっていく。
彼らは皆、身体のどこかしらに同じ刺青を入れていることから、クランの構成員であることが窺えた。
そのデザインは、赤い竜の首。
牙を剥き、鬼のような面構えを見せる竜は、集団の先頭を往く男が、嘗て単身討伐した竜を象ったものだ。
貴族街には王都に常駐する騎士団や貴族に雇われた私兵たちが警備を行っているが、誰一人として冒険者らを止める者はいない。
それほどまでに、彼らは恐れられていた。
やがて、冒険者の集団は目的の貴族の住む邸宅へと辿り着く。
一閃。
先頭の男が腰に佩く刀を振るえば、細切れになった門が崩れ落ちる。
同時に、邸宅からは堰を切ったように武装した冒険者たちが出てきた。
その中でも一際質の高い装備に身を包んだ冒険者が集団の中から歩み出る。
王都でも一二を争う大規模クラウン『英雄の剣』。
そのギルドマスターであるルーシャンが軽い調子でリュウへと声を掛ける。
「『赤竜の息吹』はいつから野党の真似事をするようになったんだい――リュウ?」
「なんや、『英雄の剣』はそっち付いたんか」
「知らなかったのかい? モルガン公爵はうちのスポンサーでね。今回も公爵きっての護衛依頼だから引き受けたんだよ」
ルーシャンは優美な直剣を鞘から引き抜くと、その鋒を気障な仕草リュウへと向ける。
「そういうことだから、帰ってもらえるかな? キミだって、ここで僕と殺り合うつもりはないだろう?」
余裕を見せるルーシャン。
その様子をリュウは嘲る。
「自分、勘違いしてへんか?」
「何だと?」
「あるやろ? 殺り合う理由なら」
「言ってる意味が分からないな」
「まぁ、しらばっくれても、証拠は揃うてんねんけどな――エレーヌ」
「――こちらに」
その名が呼ばれるのを待っていたように、リュウの背後に腹心のエルフの姿が現われる。
リュウはエレーヌから紙束を受け取ると、素早く流し読みをする。
「春月の四日、金獅子亭にて闇ギルド『悪霊の小剣』から上納金を受け取る」
「っ!?」
「同月、十二日。第一騎士団、アンガル市隊長アーロンと会食。二級指定薬物ボルボス草を密輸」
「……止めろ」
「へぇ、最近は帝国の将軍ともやり取りしとったんか」
「止めろ!!」
次々と明かされる『英雄の剣』の罪状。
リュウの口から一つ挙げられるごとにルーシャンの余裕は消え、終いにはリュウへと斬りかかった。
「――遅いわ」
ルーシャンの剣がリュウを斬り裂く寸前、彼の刀が閃いた。
「? ッ!? ああぁぁ!!!」
「つまらん奴っちゃなぁ、自分。『剣聖』名乗るくらいやさかい、期待しとったのに」
「彼の実績はどれもクランマスターとしてのもの。個人での依頼達成も、アダマンタイト下位止まりです」
「思っきし名前負けしとるやんか。期待して損したわ」
地べたに蹲り、切断された右腕を押さえるルーシャン。
その様子を尻目に、彼の実力についてリュウとエレーヌは分析をする。
「さてと、『英雄の剣』もこれにて終い――な訳無いやろ?」
「「「ッ!?」」」
ルーシャンに興味を失ったリュウは『英雄の剣』の面々へと視線を向ける。
次いで発せられたリュウの声に、冒険者たちは戦いた。
背筋が寒くなるような冷たい声音。
射殺すような鋭い眼光。
彼らはリュウの背後に、巨大な赤竜を幻視する。
圧倒的で、無慈悲で、ただひたすらに恐ろしい存在。
――ケジメはつけなあかんやろ?
リュウの口がその言葉を紡いだ瞬間、誰もが己の首が刎ねられることを覚悟した。
「『魔力縛鎖』」
今まさに、リュウの刀が振られようとしたそのとき、『英雄の剣』の冒険者たちが一斉に這いつくばった。
彼らの胴と足は光を帯びた鎖が巻き付けられ、動きを封じている。
「ご苦労様です、副団長」
「本当ですよ。この後の書類整理は団長にも手伝ってもらいますからね」
「今晩は帰れそうにありませんね」
多数の騎士を率いてやって来たのは、オルゲディア王国第二騎士団団長であるグレンと副団長を務めるセシールだった。
セシールの魔法により拘束された『英雄の剣』や公爵家の人間は、騎士たちによって速やかに捕縛・連行されていく。
「自称剣聖さんの次は第二騎士団団長のお出ましか? えらい豪勢な役者が揃うたなぁ?」
「ギリギリ間に合って良かったです。僕も『竜殺し』を相手にするのは骨が折れますからね」
「よう言うわ。『千剣』なんぞ大層な渾名引っさげおってからに」
「お恥ずかしい。僕なんて、まだまだ若輩者なんですけどね」
捉えどころの無い飄々としたグレンの態度に毒気を抜かれたのか、リュウは鞘に掛けていた左手を離す。
「終いや終い!! 皆も、ありがとうな。帰って酒盛りでもしよか!」
酒盛りというリュウの言葉に、『赤竜の息吹』の酒好きたちが野太い雄叫びを上げる。
いつしか場の緊迫した空気は霧散していた。
「おい、グレン」
「何でしょうか?」
騒ぐ冒険者たちに掻き消されない最小限の声量で、リュウがグレンを呼び止める。
「気ぃ付けろや? 今回の件、後ろには精霊なんてモン寄越せるヤツらがおる」
「分かっています」
「それとシオンや。言うまでもあらへんけど……アイツ、敵に回したら精霊どころの騒ぎちゃうで」
それだけ言い残し、リュウはクラウンのメンバーを引き連れてホームへと帰還する。
騎士たちの捕縛も完了し、貴族街には再び静寂が訪れた。
「新たなるオリハルコン級冒険者の誕生に、精霊の力を凌ぐ組織の暗躍……さて、次は何が起きるんでしょうね?」
一人残されたグレンの呟きは、夜闇に溶けるように消えていった。




