3-27.『因果は巡る』
闘技場は一日目と打って変わって静まり返っている。
いや、絶句って言った方が正しいかな?
「クソッ、当たれ! 死ねっ!!」
まあ、無理も無いでしょ。
目の前でこんな痴態、いや狂態? を見せられたら、ねぇ?
試合開始前には黄色い声援を送っていた女性陣も、今では大人しく口を閉じている。
というか、ドン引きだ。
まさに、『百年の恋も冷める』って感じだね。
観客達の視線の先では、額に青筋を浮かべたジェラールが出鱈目に長剣を振り回す姿。
前歯は折れてまともな発音もままならず、高く綺麗な稜線を描いていた鼻筋は醜く潰れてブタのよう。
これはまた、随分とイケメンになったねw。
……おっと、つい草が。
わたしが笑った瞬間を隙と見たのか、ジェラールが大きく踏み込んで長剣を振り下ろす。
魔剣の能力なのか、時折剣身から炎が溢れ出るけど、ジェラールの技量が剣に追いついていないからか、スイングと炎の噴出にラグがある。
そんな幼稚な攻撃、当たる訳ないでしょ?
「フゴッ!!」
ついに声までブタみたいになってきた。
顔面にクリーンヒットした拳に弾かれて、ジェラールは大理石っぽい感じのリングの上をボールのように跳ねていく。
もちろん、簡単に場外なんかにしたらになると面白くないから、威力は全部顔面に吸い込まれるように工夫している。
それにしても汚い。
ジェラールは顔面から、血や涙、唾液、それに加えてヘンな汁まで垂れ流している。
正直、見てるだけで吐き気を催すような気持ち悪さで触りたくもなかったんだけど、途中から手足に闘気を纏って殴れば問題ないことに気付いた。
いやー、バセク君には感謝だね。
それまでは一発殴るごとに魔法で手を洗ってたもん。
小顔だったジェラールの輪郭は、今では大きさを2割増しにしていて、小学生が油粘土を捏ねたみたいに歪になっている。
これくらい殴れば普通なら伸びててもおかしくないのに、それでもジェラールは立ち上がろうと藻掻く。
んー、しぶとい。
原因はコイツの着てる鎧だ。
金や銀のメタリックカラーに「それ意味あるの?」って疑問符が浮かぶようなゴテゴテした装飾の目立つ、如何にも成金装備みたいな鎧。
だけど、装備としてはその性能は一級品だ。
付与されてるのは、よくあるHP自動回復系の魔法。
よっぽど名のある製作者が手掛けた物なのか、ジェラールの汚い顔面ですら、数十秒もすれば腫れが引いていく。
まあでも、いくら装備が優秀だからって、使い手がこうも弱いと、ねぇ?
わたしはジェラールが頭を擡げたのを見計らって、その顎を蹴り上げる。
再びリングを転がっていくジェラール。
鎧の自動回復があるといっても、その効果を使い手が活かせてなかったら意味が無いんだよね。
現にさっきから、ジェラールは馬鹿の一つ覚えみたいに、突っ込んできては殴り飛ばされを延々と繰り返している。
わたしの頭の中で『無限サンドバッグ』なる造語が思い浮かぶ。
何回でも遊べるドn……お遊びはこれくらいにしておこう。
もう何度目になるか分からない鎧の回復による発光。
いつの間にかジェラールは静かになっていた。
完全に回復したジェラールが、子どもがヒーローごっこで木の枝を振るうみたいな斬撃を放ってくる。
剣筋はブレ、得物を振るう勢いは試合開始時と比べれば格段に弱々しい。
鎧の効果で傷は回復していると言っても、流石に疲労までは回復できないんだろう。
だけど、ジェラールの目のギラつきだけは変わらないどころか、さらに酷くなっている。
狂気って言ってもいいかもね。
わたしはそれに合わせるようにカウンターを放つ素振りを見せる。
実力差に胡座をかいて、さも油断しているように。
さあ、絶好の機会だぞ?
深く被ったローブの下で、わたしは戦いの場に上がらない卑怯者を嗤った。
◆◆◆
――人を呪わば穴二つ
わたしはこの言葉って間違いだと思うんだよね。
「他人を呪うんだったら呪われる覚悟をしろよ?」って意味なんだろうけど、実際、誰かを呪う――殺したり、罠に掛けたりしようとした場合って、大半はターゲットが死ぬか実行犯が死ぬかの二択じゃん?
墓穴は二つも要らないと思うんだよ。
今回みたいにね。
気色の悪い魔力の波動がわたしの身体を包み込んだ。
感覚としては、着衣水泳の授業をした時に近い感じだ。
シャツが水に濡れて肌にへばり付くような不快感。
――掛かった
可笑しいと思ったんだよね。
ジェラールの剣術はお粗末で、良くてミスリル級冒険者の最下位程度の実力でしかない。
幾ら魔剣と魔法鎧のサポートが強くたって、アダマンタイト級冒険者のアランが負けるなんてことがあるはずない。
じゃあ、どうしてアランが負けたのか。
不正行為に決まってるでしょ。
魔力の感覚からして吸魔系の魔法だと思う。
中々の腕を持つ魔術師だ。
実力はジェラールよりも上なんじゃないかな?
これなら魔法主体の級冒険者でも、よっぽどの実力者じゃなきゃ見抜けない。
わたしは丁度、アランの試合の時に控え室にいて席を外していたけど、観客席で試合を観戦していたフェルアは妙な違和感があったって言ってた。
多分、魔法の発動兆候か何かを感じ取ったんだと思う。
さて、考察はこれくらいにしよう。
スローモーションみたいにジェラールの振るう魔剣がわたしに迫る。
流石のアランでも、試合の真っ最中に魔法の不意打ちを食らったらどうしようもない。
わたしは魔法耐性がバカみたいに高いから効かないけど。
わたしの魔力を吸い取ろうと絡み付いてくる魔力を掴む。
思ったより難しかったけど何とかクリア。
後はこの魔力のを慎重に引っ張ってっと……あっ。
……千切れた。
視界の端、犯人を捜すために強化した視力が、観客席で吐血し倒れる人物の姿を映し出す。
それと同時に、犯人の魔力をごっそりと奪い取った感覚がある。
一度にこれだけの量の魔力が失われると命に関わるはずだ。
瀕死の重傷を負っているだろうし、回復したとしても二度と魔法を使うことができない身体になってそうだ。
まあ、いいか。
アランだって生死の境を彷徨ったんだし、吸魔なんて陰湿な魔法を使う輩だ。
因果応報だと思って、これからの人生は謙虚に生きて貰おう。
おっと、試合の途中なのを忘れてた。
身体強化の思考加速で時間の流れがゆっくりだったとしても、そろそろ動き出さないとジェラールの剣を避けるだけの余裕が無くなる。
犯人――おそらくジェラールサイドの人間の捕縛は、フェルアとシリウスに任せてあるから良いとして、わたしはこの茶番をいい加減に終わらせよう。
大振りに振るわれた魔剣を軽く避けて、ジェラールの鳩尾に拳を叩き込む。
勢い余って殺さない程度には手加減するけど、かといって中途半端に片付けるのもよくないと思う。
ちゃんと自分のしたことの報いは受けないとね。
拳の一撃が魔法鎧を打ち砕き、大きな凹みを作り出す。
変形した鎧はジェラールの肋骨を圧迫するから、4、5本は折れてると思う。
白目を剥いて気絶するジェラールだけど、これで終わりじゃ無い。
ジェラールの身体が慣性に引っ張られるより早く、わたしは顔面に裏拳を叩き込む。
拳を覆った魔力の上からでも感じる、骨を砕く感触。
折角だから、中級の魔法薬だと回復できないような複雑骨折にしてみた。
錐揉み回転をしながら気絶したジェラールが飛んでいき、闘技場の壁に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせて激突した。
あー、スッキリした。
「し、勝者、シオン」
遠慮がちな審判の判定と共に、闘技場の観客席から歓声の雨が降る。
いつ、犯人から妨害を受けるのか分からなくて、集中するために周りの声は聞き流していたけど、試合の途中から盛り上がっていたらしい。
んー、一方的なリンチだったんだけど、見方によっては面白かったのかな?
ジェラールは剣でわたしは終始素手だったのもあるかもしれない。
野球の完全試合を見ている感じか。
中にはジェラールの態度や試合が気に食わなくて、負けて清々したって人も多そうだ。
わたしは観客席の一角に視線を向ける。
そこでは試合の妨害犯が、フェルア達と運営側のギルド職員によって取り押さえられていた。
近くにいた観客は、突然、犯人が吐血して崩れ落ちたので、さぞかし驚いたことだろう。
何はともあれ、一件落着!
午後からはもう1試合、大会の準決勝が予定されてるけど、その前に悩みの種が片付いてよかった。
今日はぐっすり眠れそう――
「シオン!!」
フェルアがわたしの名前を叫ぶ声を聞くのと、わたしが魔力の高まりに気が付いたのはほぼ同時だった。
魔力の発生源は――ジェラール?
闘技場の端の壁付近で伸びていたジェラールだが、いつの間にか起き上がっていた。
常人なら立つのもままならない程の重傷なのに。
いや、違う。
ジェラールの口から赤い炎が見えた。
その目は虚ろで、わたしを捉えてはいるけれど、本人の意識は飛んだままだ。
『死ネ』
小さな呟きが耳を打つ。
どこにそんな力を隠していたのか、莫大な魔力がジェラールから溢れ出る。
観客達も雲行きが怪しくなってきたのを悟ったのか、落ち着かない様子で成り行きを見守る。
『死ネ!!』
詠唱は無かった。
ジェラールが大きく叫ぶと同時に、闘技場を炎が埋め尽くした。
天にも届くかのような、高熱を宿した紅い柱が幾本も立ち上る。
直後、わたしの身体を燃え盛る炎が包み込んだ
気付いたら一ヶ月近く経ってました。
何とか頑張って更新していきます。
……更新、できたら良いな




