幕間『交わした約束』
一年近く休みました。すみません。
今後は改稿先である幽玄メルセデスhttps://ncode.syosetu.com/n8866hm/を主軸に、こちらはプロット用といった形で投稿しようと思います。
二つの作品は物語の流れはほとんど同じですが、登場人物や進行に違いがあるのでどちらも楽しめると思います。
◆◆◆
『勝者、シオン!』
控え室にて試合の準備を進めていたアランは、司会進行役が1人の選手の名を告げたのを耳にした。
同じ戦場に立ち、ひいてはアランを含めた多くの者の命を救った英雄である少女の名だ。
予想していた通りの試合結果に、アランの口角が僅かに上がる。
直後、観客たちの歓声によって、審判のジャッジは掻き消された。
本戦の第一試合にも関わらず、決勝戦に勝るとも劣らない盛り上がり。
これだけ観客たちが沸き立つことは、如何に闘技大会の決勝トーナメントといえど珍しい。
詰まる所、先程終了した試合が観客を沸かせるに足る内容であったということ。
接戦であったか、はたまた圧倒的であったかは聞くまでもない。
アランはシオンの対戦相手である男――虎人族の戦士バセクの顔を思い浮かべる。
バセクは格下や自身が下と見た相手に手を抜く悪癖はあったが、その腕はアダマンタイト級冒険者の中でも間違いなく上位に位置するものだった。
それをいとも容易く圧倒したであろうシオン。
アランはシオンとの戦いをシミュレーションする。
全力を出すという点では、普段から使い慣れた両手重大剣を使うのが一番だ。
しかし、単純な力比べを挑んだとしても、シオンに勝てるはずがない。
それは巧みな槍捌きを主体とした戦闘を得意としたバセクを降し、以前に天帝夜叉と互角の戦闘を演じたことからも明らかだ。
ならば小回りも効く片手直剣を――
そこまで思考を巡らせた所でアランは軽く頭を振り、それまで組み立てていた作戦を意識的に思考の隅へと追いやる。
一先ず次の試合に勝たなくては、シオンと同じ舞台へと立つことすらできないのだから。
現時点では目の前の事だけに集中する。
脛当て、籠手、鎖帷子……。
ヒトより遙かに身体能力の高い魔物を相手取るという職業柄、冒険者が身に纏う装備は兵士や騎士のそれとは異なり、機動性や動きやすさに重点が置かれる場合が多い。
魔物の攻撃は生半可な装備では防ぐことはできず、仮に防ぐことができたとしても蓄積されたダメージの先には確実に死が待っている。
よって、全身甲冑や大盾で身を固める者は少なく、革鎧や鎖帷子を装備するのが精々だ。
この例はアランにも漏れず、大剣を攻撃の軸とする彼は身体の動きを制限される防具は必要最低限に留めていた。
とは言うものの、装備を疎かにしている訳ではない。
留め具や結び目、さらには小さな板金に至るまで、入念に防具のチェックを済ませていく。
最後にアランは肩に背負った両手用大剣を鞘から引き抜くと軽く指で弾く。
魔鉄と魔銀の合金に少量の真鋼鉄を混ぜた剣身は清水のように澄んだ音色を響かせる。
(歪みも芯の曲がりもない)
一通りのチェックを終えると大剣を再び鞘に戻し、椅子に腰掛け瞼を閉じる。
心を落ち着かせ、雑念の一切を排除し、瞑想する。
これがアランの試合前のルーティンだ。
依頼や今回のような試合前には、防具の点検から始まる一連の動作を決まって行う。
精神を研ぎ澄ませ、最高のパフォーマンスを発揮するために。
しばらくすると、1人のスタッフが彼の控え室を訪れた。
「アラン選手、試合の準備はできましたでしょうか?」
「……今行く」
スタッフの呼び出しに言葉少なく返答し、隣に立てかけていた大剣を背負うとアランは立ち上がった。
◆◆◆
アラン相手の名はジェラール・エル・モルガン。
10代にも関わらずアランと同じアダマンタイト級冒険者に上り詰めただけあって確かな実力を持つと予想された。
決して油断できない相手。
そして――
(魔剣か……)
ジェラールの構える一振りの長剣。
防具同様、精緻な紋様が彫られた剣身は、一見すると実用性に乏しいものであると
だが、感じられる膨大なマナから、この長剣がただのお飾りでないことは明らかだった。
気を引き締めるアラン。
審判が両者のコンディションをチャックする。
十数メートルの距離を空け、両者互いに剣を抜く。
「試合開始!」
そして戦いの火蓋は切られた――




