3-25.『本戦第一試合』
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本戦1日目
試合の組み合わせが発表される前に一度、参加選手は会議室みたいな部屋に集められて、大会の注意事項が説明された。
「それでは改めまして、大会のルールを説明致します」
大会委員の人の説明で新しく分かったことは、予選は一日で終わったけど、本戦は4日に分けて行われるってことだ。
本戦初日は一回戦の8試合、2日目が二回戦の4試合、3日目が準決勝の2試合、最終日が決勝の1試合って感じで、1人の選手が1日あたり一試合になるように決められている。
受付で聞いたときは試合のインターバルが長すぎると思ったけど、続く説明を聞いて納得した。
その理由は、真剣を使う闘技大会という形式上、1日に同じ選手が2試合以上出場することになると、集中力が切れたり装備の不備が原因で事故に繋がるからということ。
もう一つ、本戦で勝つことができればかなりの額の賞金を得られるし、場合によっては貴族の私兵として雇われることもあるので、無茶をして試合に挑もうとする参加者がいるから。
たしかに、学生の選手権大会とかは1日に何試合かやるけど、プロになると1日に一試合が基本だもんね。
係の人からの説明が終わったところで試合の組み合わせの発表に移る。
貼り出された対戦カードによると、わたしは第一試合で対戦相手はバセクって名前の人だ。
フェルアによると槍を使った戦い方をする選手で、予選だと他の参加者を寄せ付けない立ち回りが印象的だったらしい。
本戦の参加選手は16人で一対一の勝ち抜き戦だから、4回勝てば優勝か……。
このカードだと、第2試合でアランと、決勝でリュウと当たることになりそうだ。
「シオンの相手はバセクか」
隣でトーナメント表を見ていたアランが話しかけてきた。
「知ってるの?」
「ああ、ギルドの依頼で何度か共闘したことがある」
「ふーん、どんな人?」
「虎人族の戦士で獣王の治める国、ヴェルルガン共和国では五本の指に入る程の猛者だ。だが……」
そこまで口にしてアランがなぜか言い淀む。
「虎人族は強者が絶対の風習を持っていてな。そのせいか、部族ぜんたいで男性優位の風習にある」
「あー、言いたいことは分かったよ」
典型的な男尊女卑の種族だと。
わたしは女だから、アランはバセクが何か嫌なことを言ってくるかもしれないってことを伝えたかったんだろう。
やっぱりアランは気配りができるマメな男だ。
「気を遣ってくれてありがと。まあ、試合で舐めた態度取るんだったら、ちょっとくらいお灸を据えようかな」
「程々にな」
「もちろん、わかってるよ。それじゃあ、アランも試合頑張ってね」
「無論だ。お前との戦い、楽しみにしている」
わたしたちは互いの健闘を祈って、それぞれの待合室へと向かった。
◇◇◇
「お待たせいたしました! それではこれより、第160回オルゲディア王国魔闘大会本戦、第一試合を開催します!!」
司会者がマイクのような魔道具か何かを使ってノリノリで声を張る。
大会開催の宣言に観客たちの歓声が会場の空を震わせた。
この光景は何回見ても圧巻って感想が出てくる。
「まず紹介するのはこの選手! 大会常連、その槍捌きの前に敗れてきた選手は数知れず! ヴェルルガン最強の矛、バセク!」
紹介と同時に対面の入場口から火柱が立ち上り、白煙の向こうからバセクが現われる。
なんか、選手の入場がプロレスとかボクシングみたいだ。
リングへと進むバセクに対して、観客からの声援が雨のように降り注ぐ。
「対するのは大会初登場、予選では一歩も動くことなく他の参加者を沈め、本戦への出場切符を手にしたダークホース! 謎多き白金級冒険者、シオン!」
あっ、大会登録したときは白金級だったからか、オリハルコン級って紹介されてない。
まあ、いっか!
こっちの入場口でも火柱が上がったので、収まった頃を見からってリングへと歩く。
やっぱり、ニューフェイスで実力も測りきれないのか、わたしに対する声援はバセクと比べるとかなり少ない――
「シオン!」
「ヴァン!」
――と思ったけど、やっぱり量より質だよね!
聞き覚えのある声を背に受けながら、リングへと駆け上がる。
わたしが試合開始の所定位置に着いて向かい合ったところで、バセクは背中に担いでいた槍を引き抜いた。
高純度の魔鋼鉄製で穂先はシンプルな細身の刃になった槍。
真紅の輝きを発するそれは、間違いなくそこらの魔剣では敵わないほどの業物だ。
マンガだとこういった試合前の場面で相手を煽るのが定番だけど、槍を構えたバセクは一言も喋らずに、ただただ試合開始の合図を待っている。
まあ、一言も言葉を発さなくても、コイツが何考えてるかなんて顔を見れば分かるけど。
バセクの表情は一言で言えば無表情だった。
目の前にいる対戦相手が自分よりも下だと思ってるから何も考えてない、これからの試合に何も感じていない。
わたしのことを敵だと認識してない。
「シオン選手、武器はお使いにならないのでしょうか?」
「このままでいいよ」
一向に武器を構えないわたしに対して審判が問い掛ける。
だけど、この程度の相手なら武器は必要ない。
コイツの舐め腐った態度を叩き直すには素手で十分だ。
「第一試合、バセク対シオン、始め!」
審判はわたしたちの準備を確認した後、試合開始の合図を告げた。
◇◇◇
「シッ!」
開始直後、一気に距離を詰めてきたバセクは、その手が霞むようなスピードで自慢の槍を振るう。
音を置き去りにするかのような突きを、わたしの額、首、右肩、胴に3カ所の合計6本放つ。
一息で放たれた6つの突きは六本の槍を同時に操っているかのようで、人体の急所を的確に狙い撃つように角度までもが計算されている。
これだけ見ても、バセクが予選の参加者とは隔絶した腕を持っていることは明らかだ。
だけど、突きを全部石突で放っているのはいただけない。
折角のいい突きなのに自分から鋭さを殺しにかかってるし、何よりもわたしへの傲りからバセク自身が手加減しちゃっている。
わたしは迫ってくる槍のスキマを縫うように、少しだけ身体を傾ける。
一撃、一撃のラグに合わせて、ほんの少しだけ。
それだけで、必殺の威力を有した槍は攻撃対象を通り過ぎ、無情にも空を切る。
――4本目、5本目……ここだ
「ぐっ!?」
そして最後、6本目の突きが迫ってくるのに合わせて、バセクの腹部に掌底を叩き込む。
タイミングは完璧。
突進してきた勢いにわたしの踏み込みが加わった一撃は、バセクをリングの縁まで吹き飛ばした。
「おはよう、目は覚めた?」
「ああ、最悪の気分だぜ」
膝をついていたバセクは立ち上がりながら応える。
「まずは一つ謝りてぇ。俺みたいな三下がアンタみたいな人に舐めた態度取っちまった」
「ちゃんと気付いた?」
「あれだけ綺麗なカウンターを紛れなんて思うようじゃあ、それこそ武人として終わりだ」
「それに、掌底も手加減されてたしな」と付け加える。
たしかに、わたしは掌底を手加減して叩き込んだ。
それこそ鳩尾を狙えばさっきの一撃でバセクをKOできたし、ちょっと力を込めるだけでも場外に吹き飛ばすこともできた。
ちゃんとここまでは気付けたか。
「ここからは本気で行かせてもらうぜ!」
槍を構え直したバセクの周囲を赤いオーラが包み込んだ。
「何それ?」
「コイツは『闘気』っつて獣人族に伝わる奥義みたいなもんだ」
見たところ、この『闘気』っていうのは自身のマナを呼び水にして、周囲に漂っているマナを武器や発動者に纏わせて、攻撃力や防御力を上げる技みたいだ。
奥義と言うだけあって、通常の『身体強化』や付与魔法とは比べ物にならないほどの教科がされている。
「アンタは武器を使ってくれねぇのか?」
「ん? じゃあ、これを使おうかな」
わたしは付与魔法の練習用に買った安物の鉄剣をポーチから取り出す。
それを見てバセクは拍子抜けしたような表情を浮かべる。
コレがいけない。
わたしは鉄剣に『闘気』を纏わせる。
バセクの『闘気』が薄い赤色なのに対して、わたしの『闘気』は透明に近い銀色で、鉄剣を中心として陽炎のように揺らめいていた。
込められたマナの密度を感じ取ったのか、バセクの額に汗が流れる。
初めて使ったけど、けっこう上手くできたと思う。
試しに軽く振るってみると、剣圧が暴風となって、離れた位置に立つバセクの体毛を激しく揺らした。
「もう一回だけ聞くよ、気付いた?」
「ああ、やっと分かった。この大会が終わったら鍛え直さねぇとな」
わたしが伝えたかったのは、バセクが種族的な意識に囚われすぎていることだ。
初め、わたしが無手なことから楽に勝てる相手だと認識していた。
それは多分、予選を威圧で突破したわたしのことを魔法使いと思ったことも原因だと思う。
ワンドや杖を使わない魔法使いだから、接近戦に持ち込めば簡単に勝負が着く、手応えがない、と。
そして2回目、わたしがただの鉄剣を取り出した時に、バセクは武器の性能差を見てつまらないと思った。
そのどちらとも、虎人族の身体的な優位からくる格下の敵に対する傲りが基になっている。
今はまだ傲りで済んでいるかもしれないけど、これが後々油断になってくると絶対に痛い目を見ることになる。
何より試合する相手に失礼だしね。
「小さい頃から培われてきた価値観だからしょうがないのかもしれないけど、それを試合にまで持ち出しちゃったらお終いだよ?」
「ちげぇねぇ。だが、今ならよく分かる」
バセクが槍を握る手に一層力を込める。
「女だとか、弱そうだとか、そんなのは戦いには関係ねぇ。俺に足りねぇモンは戦いそのものに対する敬意だ」
そう言った彼の目は、試合開始時のやる気のなさそうなものとは違い、覇気に溢れていた。
「行くぜ! コレが今の俺が出せる全力だ!」
重心を落とした状態から、脚のバネを余すとこなく活用して一気に加速。
スタートからトップスピードに達した状態で放たれる三十二連の突き。
筋肉の躍動、身体の捻りによる力の伝達、スピードを最大限に生かすための最小限の動き……細部に至るまで極められた一連の動作はもう、突きという点の攻撃でなく、回避を一切許すことのない面での攻撃だった。
初撃とは明らかに違う、正真正銘、バセクが現時点で出すことのできる最高の技だ。
だからこそ、バセクの誠意に応えるために、わたしも少し本気を出すことにした。
自身に『身体強化』の魔法をかけて、『闘気』を纏った鉄剣で、同じく『闘気』を纏ったバセクの槍を弾く。
三十二回の剣戟は一つになり、会場の空に響き渡る。
驚いた顔を見せるバセクだったがその中に傲りはなく、純粋なわたしへの称賛と技術の全てを出し切った満足感が見て取れた。
「……降参だ」
一瞬の攻防の末、リングには真紅の槍が突き刺さり、わたしの鉄剣がバセクの首元に添えられていた。
片頭痛がヤヴァイ
ただでさえ戦闘描写は長くなるのに…




