3-11.騒々しいディナータイム
ベリークルシミマス!
今後の王都での予定を話し合ったりしながら時間を潰した後、夕食を食べるために一階のレストランに来ていた。
シリウスは部屋でお留守番だ。さすがにここのレストランには連れて行けない。
それにしても、わたしたちの部屋は最上階のスイートルームだから移動がメンドいな。
景色が綺麗なのは良いことだけど、何をするにも7階分の移動をしなきゃいけないのにはうんざりする。
それが例えエレベーターの魔道具が使えるとしてもだ。
本当は階段で移動しても疲れないんだけどね。
まあ、タダで泊まらせてもらっているから文句なんて言えるはずがない。
中庭の見える一番良いテーブルに案内されて、ウエイターの引いてくれた椅子に座る。
こういうエスコートされると自分が貴族かお姫様にでもなったみたいで気分アガる!
おっと、ナプキンはこのタイミングで膝に置くんだっけ?
「こちらが本日のメニューになります」
「……全部高い」
向かいに座ったフェルアがウエイターからメニュー表を受け取り、そこに書かれている料理の値段を見てうなだれている。
だよねー、それが正しい反応。
ぱっと見で一番安いのが『大豚頭鬼フィレ肉のヴァプール ~桜桃赤茄子のソースで~』だ。
実にポエミーかつ心の躍る料理名で、フランス料理っぽい語感からはあふれんばかりのオサレ感が漂ってくる。
ヴァプールが何か分からないけど。
そして、字面から分かるように値段も高く、大銅貨2枚とお昼のパフェの4倍もする。
魔物の討伐で結構稼いでいるわたしにとってはどうってことない金額だけど、庶民的な感覚を持つフェルアからしてみれば手を出しにくい金額だよね。
う~ん、こう考えると自分の金銭感覚が狂ってきていると実感できる。
「ディナーコースを2つお願い」
「……えっ?」
「お飲み物は如何なさいますか?」
「オススメってある?」
「今期はリヴァレンのシェリー酒が格別でございます」
「ならそれで」
「かしこまりました」
ここは無難にコース料理で。
だってメニュー表見てもどんな料理なのか想像できないし。ポワソンとかソルベとか何よ?
「ちょっとシオン!? 私、あんなに高い代金、払えないわよ!」
「いいよ、ここはわたしが持つから」
フェルアはこのまま放っておいたら何時間もメニュー表とにらめっこしそうだからね。わたしの料理を注文するついでに彼女の分も注文した。
恨めしそうな視線を受け流すこと数分、思ったよりもかなり早く料理が運ばれてきた。
「こちら蒼鱗鮭とクリームチーズのカナッペになります。そして、こちらがリヴァレン産シェリー酒です」
出てきたのは一口サイズのパンの上にスモークサーモンとクリームチーズがトッピングされた料理と白ワイン。
ウエイター(こういうときはソムリエっていうんだっけ?)がグラスにワインを少し注いでこちらに差し出してきた。
たぶん、これがテイスティングってやつだろうけど、何をしたら良いか全然わかんない。
ここは何となくで誤魔化そうかなと思っていると、おもむろにフェルアが動いた。
まず初めにグラスを手に取り、少し傾けてワインを見る。
次に香りを嗅いで、グラスを軽く回してからもう一度香りを嗅ぐ。
最後に口に含んで味わった後に飲み込む。
「結構です」
「かしこまりました」
わたしもフェルアを真似してテイスティングをやってみる。
色は透き通った薄い琥珀色で、香りは爽やかなブドウの香りがする。
味は……ちょっと酸っぱくてお高いブドウジュース?
えっ、ちょっと待って? これは絶対おかしい!
小さい頃、間違えてブランデーケーキを食べちゃって気分が悪くなったときがあったけど、その感じが全くない。
これはひょっとしてアルコールが効いてない?
「シオン?」
「あ、うん。おいしいよ」
「では、こちらをお注ぎしますね」
酔いにくい体質なのか、そもそもこの身体に毒耐性みたいな能力があるのか……。
どっちにしろ酔えないのはちょっと残念な気がするな。
ちょっとした感傷に浸っていると、ソムリエがわたしたちのグラスにワインを注いで去って行った。
「それにしてもフェルア、よくテイスティングの作法なんて知ってたね?」
「大抵の作法はナターシャさんに教わったのよ」
あー、たしかにあの人ならそういう細かいところも教えてそうだな。
フェルアのいたセトリル教会のシスター兼、そこに併設する養護施設の院長をしていたナターシャさんは、子どもに対して食事の前の挨拶とか食器の持ち方を丁寧に教えていた。
わたしは食事のマナーとか全くわからないから、これからはフェルアに聞くことにしよう。
「――誰だ!? こんな不味い料理をつくったのは!」
フェルアに習ってカナッペに手を伸ばそうとしたとき、離れたテーブルで騒ぐ声が聞こえてきた。
せっかくのディナータイムなのに、どうやら台無しになりそうだ。




