3-7.もう1人のオリハルコン級冒険者
「おっ、何や? 今日は珍しゅう客が居るやんか?」
ギルド長室の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、30代半ばくらいの男だった。
濃紺でボサボサの髪を後ろで乱雑にまとめていて、顔には無精髭を生やしている。体つきも痩せ型で、一見するとどこにでもいる普通のオジサンのようだ。
だけど、身にまとっている雰囲気が違う。
そう、例えるならば、研ぎ澄まされた刃のよう。
身体も筋肉が引き締まっているから細く見えるだけで、浴衣みたいな服から覗く手や足は戦いの中に身を置く者のそれだ。
もう一つ、扉からテーブルまで歩いてきた動作を見たけど、重心が全くブレていない。こんなに綺麗に歩くには体幹や足運びが相等鍛えられていなければ不可能だ。
極めつけに、浴衣の帯に差している刀のような武器。そこら辺にある内側に秘めいているマナの量が比べ物にならないくらい多い。
持ち手の柄糸は解れかかっていて鞘も傷だらけだけど、一目見て業物だとわかる佇まいをしている。言い方は悪いけど、飾り台の上に乗せられた使われない刀じゃなくて、血を吸った本物の刀の風格を感じる……気がする。よく分からないけど。
そして、これらの推測が正しいことを証明するかのように、彼の右手首にはわたしと同じオリハルコン級を示すバングルが輝いている。
強い人って意外とどこにでもいるんだね。
「久し振りじゃのう、リュウ。それにしてもお前さん、アムリタなんてモン作って何するんじゃ?」
「おう! ヴァーノルドも居ったか! 聞いて驚け? ザラのばあちゃんの作るアムリタがあればガルの足が治せるんや!」
テーブルの前まで来たリュウさんは、ギルド長のザラさんの目の前に袋から取り出した枯れ枝に小さい木の実がたくさん付いた植物を掲げながら胸を張った。
だけど――
「リュウ、ガルの足なら直ったぞ?」
「……は? 今、何て言うた?」
そうなんだよねー。話に出てきた『ガル』って人がリヴァレンの街で知り合った狼の獣人のガルさんなら、ちょっと前にわたしが治しちゃったんだよ。
ガルさんにはテキトーに作ったポーションの効能を試したくて被験者になってもらったんだけど、このリュウって人には悪いことしたな。だってソーマとかアムリタって言えば、RPGとかに出てくる最上級のポーションの名前だもん。その原料なんて入手難易度バカみたいに高かったんだろうな。
「じゃからのう、ガルの足なら治ったんじゃ。近頃は開闢の樹海で魔物を狩りまくっとるわい」
「……」
「どうかしたか、リュウ?」
「そらー良かったわ! ホンマに心配しとってんねんで? ガルの奴、怪我治した思うたら何や足が動しにくい言い出すやんか? どないかしてアイツの足、もういっぺん自由にさせてやりたくてな。そうか、治っとったか!」
いい人だ! このリュウって人、メッチャいい人だ!
そもそも、ガルさんが怪我の後遺症で足を動かしにくくなったのってもう10年くらい前なのに、その間も治す方法をずっと探してたし。しかも、せっかく探し出したソーマが無駄になったことに一言も愚痴を溢さないんだもん。
男泣きするリュウさんに感化されたのか、フェルアまでちょっともらい泣きしてる。
ここは武士の情けで見なかったことにしてあげよう。シオンちゃんは空気の読める子なのです。
「そらそうと、ガルの足は何で治ってん? ありゃあ、そこいら出回っとるポーションなんかじゃ治らへんやろ?」
しばらくして落ち着いたリュウさんは、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「そこに居るシオンのお陰じゃ。其奴がポーションの効能を試したいとガルに飲ませたモンが効いてのう」
「ホンマか!? お前さんがガルを治してくれたんか!」
そう言ってリュウさんはこちらに向き直ると、わたしの手を取って深々と頭を下げる。
「ホンマ有り難うな! ガルのヤツは昔っから走るんが好きでな? 怪我したときはえらい落ちこんどったんや――」
そこからはもうマシンガントークと呼ぶべき勢いでリュウさんの口から思い出話が語られることになった。
やれ「あの依頼ではヴァーノルドが二日酔いで使い物にならなかった」とか、「死ぬ思いで討伐した魔物が依頼と違う魔物だった」とか、リュウさん達が3人で活動していた頃の面白い話が色々と聞けた。
そこからさらにリュウさんとヴァーノルドとの話に花が咲いて、グループを解散した後の出来事をお互いに語り合っていた。どうもリュウさんは解散後からヴァーノルドたちと連絡を取っていなかったらしく、ガルさんが結婚していることにとても驚いていた。
「ほな、シオン! この借りは今度美味い飯でもおごるさかい、楽しみにしといてや!」
そんな感じで一通りのことを話したリュウさんは、最後にもう一度わたしにお礼の言葉を言い残すと部屋を出ていった。
ああいった楽しい人と話すのっていいなー。やっぱりオリハルコン級冒険者なだけあって、人格とかも優れた人なんだろうね。
「そいじゃあ、ワシらの方もお開きにするか」
「後半は殆どヴァーノルドとリュウが話しているだけでしたが?」
「そりゃあ済まんかった。ついつい盛り上がってしまってのう」
お気楽な感じで席を立つヴァーノルドとそれを窘めるザラさん。
まあ、わたしも楽しかったから文句がないんだけど、そろそろお腹が空いてきた。ここに来るまでの馬車の中で軽食は食べたんだけど、しっかりしたお昼はまだだからね。
わたしとフェルアも部屋を後にしようと席を立とうとした。
「ああ、シオンさん。あなたに少しお話があるので残ってもらえますか?」
ちょうどその時、ザラさんのハッキリとした声がわたしを呼び止めた。
話があるって一体何のことだろう?




