3-4.ギルド本部へ
時間がない!
「ハッハッハ! 相変わらずお前さんは面白いくらい厄介事に巻き込まれとるのう!」
「お陰様で楽しい思い出いっぱいのいい旅ができてるよ。さっきだってヴァーノルドが声かけてくれなかったら、王都の兵士たちを全滅させたことが土産話に追加されたかもね」
「思うだけにしておけよ? お前さんならそれくらいのこと片手間でやりかねんわい」
わたしの向かいに座るヴァーノルドが立派な髭を蓄えた顎を大きく開いて大爆笑をしている。
ヴァーノルドはわたしが初めて寄った町であるリヴァレンの領主兼冒険者ギルドのギルドマスターだ。彼とは魔物の素材の買い取りや白金級冒険者になるための試験、リヴァレンに隣接する開闢の樹海で起こったスタンピードなどいろんな所でお世話になった。
ここはヴァーノルドの乗ってきた馬車の中。 車窓から外を見ると王都の風景が流れるように過ぎ去っていく。
ガタガタと揺れる座席は柔らかいクッションが敷いてあるから何とか耐えられるけど、乗り慣れていないと酔いそうな独特の浮遊感がある。現に、わたしの隣に座っているフェルアの顔は少し青い。それに対してシリウスは何ともないようで、いつもみたいにわたしの足元近くに座っている。
さっきまでの険悪な状況とは一変、車内には和やかな空気が満ちていた――
◇
さかのぼること約十分。わたしたちは兵士たちに囲まれていた。
「動くな!」
「両手を挙げて地面に伏せろ!」
いやー、まさか「両手を挙げて地面に伏せろ!」だなんて言葉を生で聞くことになるなんてね。できれば向こうの方であたふたしている通行人たちと一緒に聞きたかった言葉だよ。
それに向けられているのは拳銃じゃなくて剣とか槍。武器を持つ兵士たちの手も心なしか震えている。こっちが少しでも動こうものなら今にも攻撃してきそうだ。
うん、物騒。
一体これだけの人数の兵士はどっから出てきたんだろう?
いや、そもそもどうしてこうなった?
考えられることとしてはさっき鳴った警報みたいなの。十中八九、アレが原因だと思う。
何だろう、空港の金属探知機みたいに危険物を判断する魔導具か何かに引っかかったのかな?
心当たりは……う~ん、ありすぎて特定できない。
やっぱり魔石がいけなかったのかな? 開闢の樹海で狩った高レベルの魔物の魔石を片っ端からマジックバックに突っ込んでるからな~。数なんて数百個はあるだろうし、強い魔物の魔石はマナの保有量が多いからな~。
それともあれかな? 天帝夜叉からもらったあの刀。あれって分類としては魔剣、っていうか妖刀らしいんだよね~。
わたしは何ともないけど、前に一回フェルアに見せた時なんて「気持ち悪い」って言われちゃったし。何でも周囲に放っているマナの圧がすごくて息が詰まるとか。多分、瘴気とか怨念とかそっち系の邪悪なものが漏れてるんだろうな~。
はぁ~、兵士の皆さんもジリジリ距離を詰めてきていることだし、そろそろ現実逃避は止めにしよう。
どうしよっか?
わたしが取れる行動は大きく分けて三つくらいある、というか三つしかない。
一つ目、大人しく捕まる……絶対やだね!
だってわたし、何にも悪いことやってないんだもん。犯罪をはたらいてもいないのに豚箱にぶち込まれるなんて理不尽、シオンさんは許しません。
それに、封建社会で捕まるなんて正気の沙汰じゃないよね。民主主義を掲げる日本でも誤認逮捕が起こるのに、権力者が絶対のこの世界だったら100%実刑コースだよ。証拠の捏造とか平気でやってそう。
二つ目、武力行使で徹底抗戦。これはできればやりたくない。
やろうと思えばここにいる兵士の千人でも二千人でも倒せるんだけど、問題なのは倒してもメリットがないことだ。それにわたしだけならともかく、ここにはフェルアがいるしね。彼女にまで迷惑をかけることはしたくない。よって却下。
三つ目、逃げる……これが一番無難な解答かな?
問題としては指名手配とかされそうだけど、二番目よりは平和的な解決策だし顔や姿は魔法でどうとでもなる。メリットはないけどこれといったディメリットもない。
よし、逃げよう! 熱りが冷めるまで西方諸国を観光しよう!
「騒がしいのう、何事じゃ?」
逃走を決断したわたしが攪乱用の魔法を放とうとしたところで聞き覚えのある声がした。
「久しぶりじゃのう、シオン! 一体これはどんな状況じゃ?」
「久しぶりだね、ヴァーノルド。今の状況を一番理解していないのはわたしだと思う」
突然の大物の登場に兵士の動きも止まる。
そしてヴァーノルドがここに居る集団のトップらしき騎士の一人と少し話した後、今までの騒動は何だったかと思えるほどあっさりと解散となった。ホントに何だったの?
「ようし、シオンにそこのエルフの嬢ちゃん! ワシの馬車に乗れ。ギルド本部に行くぞい――」
◇
――そして今に至る
どうやらヴァーノルドは王国会議に参加するために王都入りしようとしたら貴族専用門の前が騒がしく、気になって馬車から降りてきたらしい。
そこで騒動の中心人物がわたしであることに気付き、その場にいた顔見知り――というか、以前ヴァーノルドの教えを受けていた冒険者上がりの騎士団の班長に掛け合ってくれたそうだ。
持つべきものは友、なんてことわざがあるくらいだし、いろんな人と交友関係を築くことは大切だね。
今は「お前さんはただでさえ問題事を起こしやすい体質なんじゃ。そうでなくとも余計な面倒ごとを回避するためにも、さっさとギルド証を更新するぞ」というヴァーノルドの提案から王都の冒険者ギルド本部に向かっている。
冒険者ギルド本部は各都市にある支店と違って高難度の依頼を受注したり、上級ランクの冒険者登録やクランの結成などの各種手続きを行うために存在している。
そして、ヴァーノルドから聞いた話によると、何でも本部のギルドマスターは四百歳越えの竜人族のお婆さんらしい。
もう、会わなくても分かっちゃうね。そのお婆さん絶対強キャラだよ!
ネ○ロ会長しかり亀○人しかり、どこぞの組織の長+超高年齢=強キャラ、ってある種の方程式みたいなものだから。たぶん、二つ名は「最強」みたいなカッコいいヤツだと思う。
「ところで、何でわたしが王都に入ろうとしたときに警報みたいなのが鳴ったの?」
ヴァーノルドにリヴァレンの町を旅立ってここひと月の出来事を話し終えたところで、事の発端となったあの音について聞いてみた。
「ビービー五月蠅かったアレはお前さんが原因か? ふむ、ワシは王都の防衛についてあまり詳しくないんじゃがのう……大方、探知機が誤作動したんじゃろう」
「探知機?」
「いくら周囲に魔物の領域がない王都といっても魔物の襲撃がある可能性は無いとは言い切れないもの。だから、大きい都市だったりには魔物の接近を知らせる魔道具があるのよ」
魚群探知機か飛行機のレーダーみたいなのかな? わたしが最近使えるようになった『探査』の魔技が近いと思う。
「まあ、リヴァレンみたいな魔物の生息域に近い町や動力の魔石を賄える財力のない村とかにはないがのう」
「その魔道具がわたしの持っていた魔石に反応して誤作動した線は?」
「無いな。そんなもんでいちいち誤作動起こす魔道具なぞ使いにくうてしょうがない。そもそも、探知機は生きとる魔物しか反応せんわい。魔石なら冒険者ギルドも商人も大量に扱うからのう」
よかったー、わたしは何にも悪くなくて。
これで何か引っかかってたらお騒がせした兵士の人たちに申し訳ないからね。
「ときにそこなエルフ。お前さん、馬車酔いはもう大丈夫か?」
「まだ気分が悪いけど、さっきよりはマシね」
「そう言えば紹介してなかったね。ヴァーノルド、この娘はフェルア。アンガルの町で知り合ったんだ」
それからヴァーノルドにフェルアのいたセトリル教会や、リード商会の不祥事をわたしが解決したことについての話をした。
「リヴァレンの領主と冒険者ギルドのマスターをやっておるヴァーノルドじゃ。ふむ、シオンと違って冒険者ではないのか?」
「ええ、冒険者証は持ってないわ」
「折角じゃ、お前さんも冒険者登録せんか? シオンと一緒に旅をするならトラブルに巻き込まれることも多いじゃろう。ギルドランクはすぐ上がる、高ランク冒険者は色々とサービスが受けられるで便利じゃぞ?」
失敬な、人をトラブルメーカーみたいに呼ばないで欲しい。
「わたしの場合はトラブルが向こうからやって来てるんだよ」
「お前さんが首突っ込んで行く時点でどっちも同じじゃ」
「トラブルを解決するにしても、せめてもう少し穏便に対処して欲しいわ」
くっ、二対一で分が悪い。それに言ってることも正論だし言い返せない。
誰だ? エルフとドワーフは仲が悪いっていったヤツは? 反目するどころか協力して精神攻撃かましてきたぞ?
「シオンってリヴァレンにいたときにも何かしたのですか?」
「そりゃぁもう、毎日と言っていいほどやりおったぞ? 初めて会ったときには惨殺大熊なんぞ持ってきよるし、猛毒雀蜂を巣ごと持ってきたときもあったのう――」
そこからはもう、二人がわたしの武勇伝が延々と続いた。それが終わったのはようやくギルドが見えてきたときで、その頃には互いに「フェルアの嬢ちゃん」「ノルドさん」なんて呼び合うくらいに打ち解けていた。
ヴァーノルドとフェルアが二人は楽しかったかもしれないけど、黒歴史を語られていたわたしとしては地獄だったよ。
ちなみに、わたしのことを「シオンの嬢ちゃん」と呼ばないのは行動が悪ガキのそれだかららしい。解せん……。
ヴァーノルド「スタンピードの時なんぞサイクロプスを木っ端微塵にしよってなあ」
フェルア「襲ってきた冒険者崩れを泣いて謝るまで痛めつけたらしいわ」
シオン「やめて! わたしのライフはもうゼロよ……って、最後のシリウスが原因じゃん!」




