幕間:元気な子どもたち
2-7と2-8の間の話です。
今回で第2章は終わりで、次回からは第3章です。
わたしは今、かつてない危機に直面している。
「シオンお兄ちゃん、遊んで!」
「魔法みせて!」
「かけっこしよ!」
「ちょっと待って!!」
目の前で瞳を輝かせるちびっ子たちは狡猾なハンターだった。
わたしがフェルアと買い物をして帰ってきたと知るや否や巧みなチームワークで退路を塞ぎ、遊べ遊べとせがんできた。
こうなったら、気が済むまで遊んであげないと解放してくれなさそうだ。
それにしてもちびっ子たち、めっちゃ元気!
この子たちって朝から遊んでたよね?
あと一時間くらいしたら夕ご飯なのに、これだけの長い間、よく外で走り回っていられるな。
あれ? そいえばシリウスは?
「クゥ~ン……」
ちょっと周りを見渡すと、シリウスは教会の庭に生えた木の陰で、伏せの状態をとって蹲っていた。
普通の人間なんて目じゃないくらいの体力と身体能力を併せ持つシリウスをあそこまで疲れさせるとは……。ちびっ子たち、恐るべし!
まあ、シリウスが疲れてるのは肉体的な疲労じゃなくて、小さい子どもたちが自分の力で怪我をしないよう、細心の注意を払っていたことによる精神的な疲労だと思う。
だけど、子どもたちの相手を任せっきりにして買い物に行ったのは、飼い主としてちょっと悪かったなと思う。
あんまりストレス掛けすぎてもいけないし、今日の夜はリフレッシュもかねてシリウスの大好きなブラッシングをしてあげよう。
ともかく、今は子どもたちとする遊びを考えなきゃ。
何か、何かこの子たちを満足させられる遊びは……思いつかない!
わたしが小さい頃なんて、遊びって言ったら家でひたすらゲームやってることだったよ。
外で遊んだことなんて、それこそ数えるくらいしかない。
取り敢えず、何かヒントはないかさっき買ってきた魔法書を開いてみた。
コレに子どもたちのウケが良さそうな魔法が何か載っていないかな?
適当にページを開けば、左側に円を基本としてその中に魔法文字や図形が複雑に絡み合った魔方陣が描かれていて、その魔方陣の説明や考察が右ページに書かれていた。
魔方陣の上には少し大きめな字で『烈風刃』と書かれており、魔方陣のところどころから線が引っ張ってあって、「この魔法文字はマナを収束する意味がある」とか「この図形があることによって命中精度を高めることができる」とかの説明も事細かに書かれていた。
へーっ、『烈風刃』の魔法ってそんな仕組みになっていたんだ……。
……。
――おかしい
わたしは何でこの魔方陣を『烈風刃』だと分かったんだろう?
この世界に転生して一ヶ月。
前時代的な生活様式の為か、一般人の識字率が低めで、日常では文字に触れることが少なかったけれど、リヴァレンの町で魔法薬を買ったときや、昨日フェルアに養護施設の魔法書を読ませてもらった時など、文字を読む機会は少なからずあった。
それなのに、何で疑問に思わなかったんだろう?
わたしはこの世界の文字を読めている。
言語の方は発声の音にマナが乗ることによって、それを聞いた人はしゃべっている人が何を言いたいのかが理解できるらしい。
でも、文字は違う。
文字はいくらマナを込めようとも、書き手から読み手に伝えるまでに「字」という「もの」にワンクッション置く必要があるからか、文字の意味が分かったりしない。
まあ、力の強い魔法使いが死に際に呪いの血文字とかを書いたら、一文字でも数十通りの怨嗟の言葉が読み取れるだろうけれど、そんなオカルティックな現象が古本屋で買ったただの中級風魔法書に起こっていて欲しくない。
第一、わたしの文字の見え方がおかしい。
象形文字のような何かを元とした線の塊――この世界の文字に対し、『風』という漢字や『ウインド』というカタカナが重なって見える。
さらには、ローマ字で『Wind』という文字も見えるし、全く見たこともない文字すらも目に映ってきた。何か気持ち悪くなってきた。
もう一つ、魔法の仕組みにも不自然な部分が多い。
魔法を発動させるとき、詠唱の有る無しに関わらず、魔方陣が必ず出現する。
そして、魔方陣に含まれている文字や図形にはハッキリとした意味があるのに、イメージをするのは魔法の現象自体の方。
そのイメージすら個人個人で統一されたものでない。
魔方陣は魔法道具を作るときにも使われていて、魔法を発動させるためには必須と言ってもいい物なのに、その存在は魔法を発動する過程で術者が意識する必要は全くない。
あたかも、魔方陣という現象は単なるエフェクトだとでも言うかのように。
これだとまるで――
まるで――
「ねぇえぇ! 遊んでよ!!」
「そうだよ! 本ばっか読んでないで遊んで!!」
「分かった! 分かったから服を引っ張らないで!」
あーもう! 難しいこと考えるのはやめ!
今はこの子たちを満足させられる魔法を探そう。
えーっと、『颶風結界』、風を使った防御魔法で土魔法とか氷魔法、剣などの武器による質量を伴った攻撃には効果が薄いけど、下級の火魔法や風魔法なら簡単に受け流すことができる、か。
……マナを込める量を増やせば、反発力を利用してトランポリンみたいなことができそうかな?
一応、保留と言うことで。
他には何かないかな?
『浮遊』、これなんか良いんじゃないかな?
指定した対象を風で包み込んで、物や人を浮かせることができる魔法、か。
持ち上げることのできる重さは魔法を使う人の技量や込めたマナに依存するらしいけど、わたしのマナの量なら10人でも100人でも浮かせられそう。
これなら危険性は低そうだし、子どもたちにもウケそうだ。
空を飛べるのなんて滅多に経験できることじゃないだろうしね。
「『浮遊』」
「きゃあ!」
「すごーい!」
「浮いてる! たのしー!!」
さっそく『浮遊』の魔法を使うと、子どもたちの身体を柔らかな風が包み込み、地面からふわりと浮かび上がらせた。
わたしがゆっくりと上昇・下降をさせてみたり大きく旋回させたりする度、に子どもたちの間からはは「きゃっきゃ! きゃっきゃ!」と黄色い歓声が上がる。
うん、大好評。
だけどこの魔法、結構疲れる。
あんまりスピードを早くしたり、急に高度を上げたりすると、酔ったり怖くなっちゃうかもしれないから、そこのところにはかなり注意しないといけない。
と、思ったんだけど大丈夫そうだね。
わたしなんて高校の遠足みたいなので遊園地行ったときは本当に地獄だったのに。ジェットコースター、マジ怖い。
『飛翔』の魔法を使って空を飛ぶときは、歩くときや走るときと似た感じで、自分で自分の身体を動かしている感覚があるんだけど、多分、誰かに『浮遊』掛けられて動かされたら吐く自信がある。
いや、この身体なら三半規管とかも強化されていて、案外大丈夫かも?
「ねーねー! クルってやつやって!」
「わたしも!」
「はいはい」
「「「きゃー!」」」
子どもたちの言う「クルってやつ」とはバク宙のみたいなののことだ。
リクエストに応えて一回転をさせてやると、面白がって「もう一回!」と何回もせがんでくる。
「みんなー、夕ご飯の時間よー」
結局、『浮遊』の魔法の他にも、ゴーレム作ってそれに乗せて遊ばせたり、火魔法や水魔法で動物とか鳥とかドラゴンの形を作って浮かべてみたりしていたら、あっという間に夕ご飯の時間になっていた。
どれも大好評だったけど、やっていて1人で遊園地やってるみたいだなと思ったね。だって、ゴーレムなんて、もうメリーゴーランドじゃん?
「よし、今日はここまでにしようか」
「「「えーっ」」」
「……またやってあげるから」
「「「わーい!」」」
ここに居る間に、あと何回1人遊園地やるんだろ?
完成度的に町で大道芸でもやったら食うに困らないくらい稼げそうな気がする。
子どもたちの相手は疲れたけど、あれだけ喜ばれると、わたしとしても魔法を使った甲斐があるってもんだよ。
食堂へと駆けていく子どもたちの背を見送りながら、夕ご飯は何だろうと思いを巡らせた。
10月くらいまで休もうと思います。十話(約三万字)くらいはストック溜めたいな。




