幕間:魔法を極めたい!
二章開始前の話です。
天帝夜叉の引き起こしたスタンピードが収束して一週間が経った。
王都へ向かうに当たって必要な物は一通り買い集めてあり、目的のオークションまでの時間も十分にある。
戦いで負った傷は次の日には完治したけど、マナを枯渇寸前まで使ったからか、つい最近までは思うように身体を動かすことができず、歩くのさえ億劫だった。
しかし、それも昨日までのことで、今はむしろ戦闘前よりも身体が動かしやすい気さえする。
あの戦闘からはたくさん学ぶものがあった。
剣術、体捌き、駆け引き……。
わたしが天帝夜叉勝てたのは本当に偶然で、最後の一撃をシリウスにサポートしてもらえなかったら間違いなく負けていただろう。
今後、あのレベルの相手と戦闘になることはまずないとは思うけど、万が一に備えて切れる手札は多い方がいい。
わたしが今いるのは開闢の樹海の深度4ほどの所。森の中にポツンと広がっている小さな草原の真ん中に立っていた。
ここならば町からは十分に離れているから、よほどの振動・騒音を出さない限り他人の迷惑にならないだろう。
今のわたしに必要なものは何か考えてみる。
極限状態で何千、何万と剣を振るったことで、意識をしなくても刃筋は立つようになったし、剣を扱うのもまあまあ上手くなったと思う。
マジック・バックから安物の鉄剣を取り出し、軽くマナを流し込む。
「爆炎刃」
見よう見まねで豚頭大王鬼と戦っていた冒険者の1人が使っていた剣技を真似してみる。
刀身から灼熱の炎が激しく溢れ出した。と思った数秒後、手元の柄を残して焼失してしまった。
新しい鉄剣を取り出して、再度マナを流す。
「竜斬剣」
今度は豚頭大王が使っていた剣技を真似してみる。
地面に放った竜斬剣はわたしを中心として、半径十メートルくらいを陥没させた。
しかし、剣技の威力に耐えきれなかった鉄剣はボロボロと崩れ始め、手の間からすり抜けていく。
技は再現できる。でも、マナを流す量が多すぎるから武器が耐えられない。
他にも「薙雲」はマナの消費が多いし、収束も甘いから実践では使えない。
この辺りは試行錯誤をしていくことで改善するしかないだろう。ともかく、一朝一夕でどうこうなる問題ではない。
間合いなんて高レベルの魔物が相手だとあってないようなものだし、駆け引きも意味が無くなる可能性が高い。
どちらにしろ、実践経験を積まなければどうしようもないだろう。
結論――わたしに必要なのは魔法だ。
天帝夜叉との戦いでは「火炎」を目眩ましとして使ったけれど、高威力の魔法を使えていれば、もっと楽に、有利に戦えたはずだ。
要求されるのは発動のスピードと十分な威力。
その為には魔法に対するイメージが重要になってくる。
発動までのタイムラグを限りなく減らすために、ひたすら魔法をイメージする。
脳裏に焼き付けるように。
目を開いていても幻視できるほどに――
◇
「「「グギャァァァァァ!!!」」」
どれくらい経っただろうか?
朝の早い時間帯から練習を始めたのに、気が付けば太陽の位置が大きく動いていた。
時計の魔法道具で時刻を確認すると午後の一時くらいを示している。
かれこれ四時間くらいはイメージ練習をしていたことになるのか。どおりでおなかが空いたなと思った訳だよ。
「「「アアアァァァァァ!!!」」」
……それにしても、さっきから周りがうるさい。
練習に集中していたかったから、周囲の音は結界を張ってシャットアウトしていたけど、イメージするのを止めて魔法を解いてみると、いくつもの魔物の咆哮が聞こえる。
いや、現実逃避は止めよう。これは断末魔だ。
定期的に森の中にこだます断末魔は小鬼や豚頭鬼が発している。
本来なら小鬼や豚頭鬼といった低レベルの魔物は森の深い所にいないはずだけど、先日のスタンピードで生息している分布が大きく乱れたからこの辺りにもいたのだろう。
それだけでなく、聞いたことのない猛獣のような鳴き声や爬虫類と思わしい鳴き声、もはや鳴き声かどうかも怪しい擦過音みたいなの――この辺りを住み家にしている魔物の声も聞こえてくる。
練習を始めるとき、シリウスに「邪魔になる魔物を狩ってきて」ってお願いしたんだけど、我が相棒は何を思ったのか、森の中に入ると嬉々として魔物を狩り始めたのだ。
そこからはもう阿鼻叫喚で、数十分おきくらいで魔物の悲鳴が聞こえていたわけなんだけど、今となってはその間隔が短くなり、数十秒に1回は聞こえる。
わたしの結界は物理攻撃も防げるから、適当に間引きする程度で良かったんだけどな。
コレって絶対、サーチ・アンド・デストロイしてるよね?
そんなに魔物を倒して、一体何をしたいんだか――
「――ガアアアァァァァァ!!!」
ん? 今、なんか違う魔物の声が微かに聞こえた。
なんて言うか…こう……恐竜の鳴き声みたいなの。
「ガアアアァァァァァァァ!!!」
わたしが声の主に思い当たるのとほぼ同時に黒い影がサッと通り過ぎる。
そちらの方に顔を向けると巨大な竜が空を飛んでいた。
もしかしてアレは真竜! ……違うな、そこまでの威圧感はない。
真竜の魔物としてのランクは天帝夜叉と同じ禍災級だけど、コイツはそこまで強いとは思えない。
一つ下の災害級に位置する魔物……多分、烈風翼竜だと思う。前足がないし。
ここで豆知識。
ドラゴンとワイバーンの違いは前足の有無で、わかりやすく言えば、某ハンティングアクションゲームに登場するリオレ○スがワイバーンでミラ○レアスがドラゴンだ。
こうやって説明すると、いかに真竜が桁違いに強い存在かが分かるね。
でも、この烈風翼竜もカッコいいんだよなー。
見た感じ、全長は十メートルちょっとくらいで、赤や橙、黄色などが絶妙に混り、燃え盛る炎を思わせるような色の鱗を持っている。差し詰め、炎熱烈風翼竜と言ったところかな?
風を受けやすいように進化したと思われるフォルムの翼をはためかせ、身体と同じくらい長い尾を風になびかせて飛ぶ姿は、正しく剣と魔法のファンタジー世界で生きるモンスターだ。
もしかすると、さっきから周囲の魔物が騒がしかったのはコイツに追われていたからかもしれない……って、あれ? あの烈風翼竜怪我してる?
「身体強化」を使って視力を強化してみると胴体の辺りから出血していて、皮膜も所々穴が空いていたり破れている。
そこまで考えたとき、森の中から地対空ミサイルみたいな魔法がいくつも放たれた。
黒い弾丸のようなそれらはホーミング系の能力でも付与されているらしく、複雑な軌道を描きながら炎熱烈風翼竜へと殺到する。
対する炎熱烈風翼竜は襲いかかる魔法を迎撃するためにレーザーのような竜の吐息を放つ。が、全ての魔法を打ち落とすには至らず、いくらか被弾していた。
いいねいいね! すっごくいい!!
かつて、ここまで心躍らされる戦闘シーンを見たことがあろうか? いや、ない!
攻撃をしている魔物はどんなヤツだろう?
炎熱烈風翼竜の飛んできた方向から大きなマナの塊が接近している。
目の前の茂みが大きく揺れ、そこから黒い影が飛び出し――
「グァン!」
「って、シリウスかい!」
茂みを飛び出して来たのは相棒のシリウスだった。
彼女は一つ吠えると再度魔法を放ち、炎熱烈風翼竜に攻撃する。
まさか炎熱烈風翼竜の相手がシリウスだったとは……。
シリウスって普段は静かで大人しいけど、狩りとなると結構アクティブだよね。
でも、シリウスだと、あの炎熱烈風翼竜を仕留めるのは厳しいかな?
攻撃自体は当たっているんだけど、巨大な体躯を誇る炎熱烈風翼竜からしてみれば、蚊に刺された程度のダメージしか与えられていない。
ここは加勢するとしよう。
真竜ならテイムしてもいいと思ったけど烈風翼竜だしね。
それに魔法の試し打ちにも丁度いいくらいの敵だ。
「シリウス、あの烈風翼竜もらっていい?」
「……クゥ~ン」
「ありがと」
シリウスに炎熱烈風翼竜を倒してもいいかを聞くと、彼女はちょっと考えた後、「仕方ない」とでも言うように渋々ながらも譲ってくれた。
お礼を言って炎熱烈風翼竜の方を見る。
アイツはシリウスの魔法を警戒してか、竜の吐息の射程範囲ギリギリである二百メートルくらいの位置を飛行している。
敵からの攻撃を受け付けず、なおかつ、自分の攻撃は届くといった間合いを意識した立ち回り。
そこらの小鬼や豚頭鬼の本能に任せた戦い方ではなく、知性ある高位の魔物の戦い方だ。
こんな人外魔境を生き抜いて来ただけあって、戦い方を熟知している。もしかしなくても、わたしよりも間合いの取り方が上手いかもしれない。
ただ一つだけミスがあったとするならば、ここにわたしが居るということだ。
アイツは様子見を決め込むのではなく、一刻も早くこの場を逃げ出すべきだった。
災害級の魔物相手なら距離を取るという選択は有効だけど、それ以上の敵が相手になれば話は違ってくる。
天帝夜叉が十メートルほどの距離を刹那の間に詰めてきたように、距離なんてものは、禍災級以上の戦いでは無意味であり、身体的・魔法的な手段を用いればどうとでもなる。
頭の中で何度もブラッシュアップしたイメージを基にマナを練り上げ、一瞬の間に魔法を構築する。
「貫け――『霹靂神』!」
それは雷。
抗うことの叶わない大自然の猛威。
視界が白く染まったと思えば熱によって膨張した空気が激しく振動し、鼓膜が破れそうなほどの轟音が鳴り響く。
遅れて魔法が地面に衝突した振動が、風圧や小さな地揺れとなって伝わる。
炎熱烈風翼竜君にとって、文字通り青天の霹靂だろう。わたし今、上手いこと言った!
なるほど、雷は神様が鳴らすという言葉から転じていると何かで見たことがあるけど、科学が発達していない昔の人がそう思うのも無理はない。
雷の落ちた辺り一帯は吹き飛び、火災でも起こったのか黒い煙が見える。
ここから大規模な森林火災に発展させるつもりもないから、水魔法を使って雨を降らせ、鎮火した頃を見計らって近づいてみた。
さてさて、魔法の直撃を受けた炎熱烈風翼竜君はどこかな~……いなくね?
地肌が剥き出しとなった森の一角は実に綺麗なもので、遮蔽物と呼べるものは一切無い。
「どうした、シリウス?」
「グァン!」
「これは……」
シリウスが咥えていた黒い石の様なものを受け取る。
ほんのり温かく、素手で触ると煤が付いたから何かが炭化したものだと思うんだけど……あれ? このマナひょっとして――
「烈風翼竜の鱗か!」
「クゥ~ン……」
えっ? つまりあの炎熱烈風翼竜は、わたしが放った「霹靂神」を一発喰らっただけで、跡形も残らず消し炭になったってこと?
「……」
「そ、そんな目で見ないでよ。わたしだって、まさかこうなるなんて思わなかったんだもん」
「……」
「ほら! この前戦った天帝夜叉の魔石あげるから、コレで機嫌直して、ね?」
ジト目を向けてくるシリウスに、炎熱烈風翼竜の魔石の代わりとして天帝夜叉の魔石を与えて機嫌を取る。
どうやら、わたしが魔法を完全にマスターできるのは、まだまだ先のことのようだ。
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