2-28.『愚者の末路』
「クソッ! 一体どうなっている!」
先日、シオンとフェルアが訪れたアンガルにあるリード商会の支店。
その最上階にある支部長室では一人の男――ここ、リード商会アンガル支部の支部長であるオーモンドが自身のワーキングディスクに両腕を振り下ろし、悪態をついていた。
その原因は中身が空になった引き出しである。
遊びに出かけて帰ってみれば部屋の中が物色され、書き換える前の収支報告や裏の取引などの書類の一切が消えていた。
こういった悪事の証拠は長いこと手元に残しておくと、何かの拍子に露見する恐れがあるので、直近のものだけを残し、古いものは処分してしまっている。
それでも、盗まれたもの内どれか一つでも明るみに出れば、オーモンドを破滅させるのには十分だった。
彼は今まで上手くやってきた。
時に賄賂を使って上に取り入り、時に競争相手の悪事を捏造して蹴落としたりもした。
部下の成果を掠め取っては自分のものとし、失敗は他に押しつけることにより、着々と実績を積み上げていった。そしてついには一つの支部を任せられる程の地位にまで上り詰めた。
あと10年もすればもっと上に行けたかもしれない。
それがどうだろうか?
たった一夜にして築いた地位をと名誉は全て消え去り、犯罪者として追われる身にまで転落したのだ。
「どうして、どうしてこうなったのだ……」
オーモンドが破滅へと向かう理由。それは無論、シオンに関わった者に手を出したからである。
彼女が世話になっている教会にさえ手を出さなければ、少なくとも今は捕まることはなかっただろう。
だが、神ならぬ身であるオーモンドにとってそんなことを知るはずもなく、部下である執事と所謂逃がし屋と呼ばれる男たちが部屋を片付けているのを横目に、歯軋りをするしかない。
幸いなことに、オーモンドは裏の業界の者たちと多く繋がっていたため、逃がし屋や潜伏先などをすぐに確保できた。
――リード商会というこの国切っての大商会の顔に泥を塗ってしまったとなっては、最早ここの土地で生きてはいくまい。
――しばらくの間はほとぼりが冷めるのを待ち、最終的には隣にある帝国にでも逃げるとしよう。
しかし、オーモンドにとって真に不幸だったのは、この町の騎士団が無能ではなかったことだろう。
今後の身の振り方を考えていると、乱雑にドアが開かれる。
そして現われたのは統一された鎧に身を包んだ一団――アンガルに駐在している騎士たちだ。
彼らは部屋に入るなり執事と逃がし屋たちを瞬く間に拘束していく。
「オーモンドさん、今回我々が伺ったのはこの書類についてです」
そう言って机に置かれたのは一枚の紙。それは部屋から無くなった書類の内の一つであった。
「なっ! なぜ騎士団がそれを持っている!」
「善意の協力者がいましてね。その方にいただきました」
「知らんぞ! ワシはそんなもの知らん!」
「強情ですね。ですが、書類はこれだけではありませんよ」
悪足掻きをするオーモンドに対して騎士は二枚、三枚と机に紙を置いていく。
「ぐっ、ワシを捕まえるとリード商会が黙っておらんぞ!」
「――その心配はありません」
声の主は部屋の入り口に佇む、リード商会の制服に身を包んだ1人の女性。
「オーモンド、貴方はこの瞬間を以て支部長の任を解きます。理由はここにある通りです」
女性が腕に抱えていた紙の束を机へと置く。
そこに書かれていたのはアンガル支部の金の流れ、取引相手の詳細などをまとめたものだった。
しっかりと裏も取ってあり、これだけ証拠があれば流石に言い逃れはできない。
「……連れて行け」
唖然とするオーモンドに対し、会話をしていた騎士が他の騎士に命令をして部屋から連れ出させる。
残されたのは騎士とリード商会の従業員風の女。
先程まで大捕物があった部屋とは思えないほど妙に空気が張り詰める。
「随分とフットワークが軽いようですね、メリッサ代表?」
先に口を開いたのは騎士の方だった。
女――オーモンドは最後まで気付かなかったようだが、彼女こそがリード商会のメリッサ=リードだった。
「それは貴方も同じでしょう、グレン団長? 第一騎士団の団長である貴方がこんな所にいるんなんて、執務室でまた副団長が愚痴をこぼしていますよ」
しばし軽口を叩き合う2人。
「まるで計ったようなタイミングで現われましたね?」
「そうでもありませんよ? こちらとしても色々とギリギリでした」
「調査員には余裕のある期限を与えていたのに、悪いことをしました」と返す女に、騎士は相手の底知れなさを実感する。
今回の事件、シオンがあっさりと解決したように思えるが、実際にはかなり複雑だった。
グレンを含め十数人でオーモンドの身辺を洗っていたが、摘発できるような証拠はほとんど出てこなかったのだ。
それもそのはず、彼にはいくつものパイプがあり、証拠の偽装や隠蔽、抹消などには特に力を入れていた。
横領なども一度に大量の金を取るのではなく、不自然に思われない量を少しずつ、長期に渡って広い範囲から搾り取るという巧妙な手口。
裏での取引もほとんどを部下に指示し、自らは何事もないように日々を送っていたため、彼をマークしようにも肝心の証拠は集まらない。
それこそ部屋に忍び込んで目的の証拠を盗る以外には、彼を捕まえることができないほどだ。
しびれを切らした騎士団がシオンの申し出を受けて、半ば強引に検挙するための証拠を手に入れた。
そこまでして手に入れたものと同じレベルのものを、メリッサはいとも簡単に用意してのけたのだ。
王国では騎士団の強制捜査は認められているため、シオンの手を借りた捜査は違法とはならないが、どちらの証拠がクリーンか、それは言うまでもないだろう。
「それで、何がお望みでしょうか?」
「大したことではありません。彼の逮捕はリード商会の要請に従ったことにして頂ければ良いのです」
「……どうしてそのようなことを?」
予想だにしないメリッサからの申し出に困惑するグレン。
「『リード商会の支店長が捕まった』ことと『リード商会が支店長を捕まえるのに協力した』こと。商会から逮捕者が出たことには変わりがありませんが、後者の方が与える印象は前者と違い、失う信頼が少なくて済みます」
「揉み消したりはしないのですか?」
「何処に耳があって何処に口があるのか、真実というものは得てして広がりやすいものです。それならばいっそ、より損失の少ない方を、より利益のある方を選ぶことが賢いというものですよ?」
確かに、彼女の言っていることは正しい。
しかし、実際にそれを行えるかどうかは話が別だ。
人は他人からの視線に敏感だ。言い換えれば他人からの見え方を気にしていると言ってもいい。
印象が第一、中身は二の次。
どれだけ意識をしていても、結局は実より名を取るのが心理というものだ。
グレンは時々、この女が得体の知れない怪物のように思えてくる。
たった数年で小さい商会を国で1番の商会にまでのし上げたメリッサ。
彼女は二十代の人族の見た目をしているが、実際はエルフなどの長命種だと言われた方がしっくりとくる。
「それはともかく、騎士団の協力者の方も優秀ですね?」
「……教えませんよ?」
「その必要はありません、実際に話してみしたから。彼女――シオンさんは英雄ですもの。この国一の商会を名乗っている以上、どんな情報も抜かりなく集めています」
中枢でも一部しか知らないはずのシオンが女だという情報を知っていて、それを当たり前のように話すメリッサ。
犯罪組織の検挙は彼女に一任した方が良いのでは、などと突拍子もないことを考えるグレン。
「そうそう、これを彼女に渡してもらえますか?」
「これは?」
「謝罪と招待状です。商会としては彼女と良いお付き合いをさせていただきたいので」
メリッサはグレンに二枚の封筒を渡すと部屋を出ていった。
「……副団長にはいいワインでも買うとしましょう」
この日グレンは振り回される部下の気持ちが少しだけ理解できたような気がした。




