2-25.『失いたくないもの』
前回の終わり方から繋げるのに苦労しました。考えなしにキャラのセリフは決めるものじゃないですね。
※フェルア視点です
「――私たちの仲間にならない?」
口元に笑みを浮かべながらイザベルが言う。
「分からないわね。あなたにとって私たちは商品じゃないのかしら?」
「その予定だったわ。けれど、あなたを奴隷にしておくのは勿体ないと思ったのよ」
「勿体ない?」
「奴隷の首輪よ。アレは生半可な魔法を使って外せるものじゃないわ。それこそ上級魔法、いえ、超級魔法くらい使える実力がないと無理ね」
そう、奴隷の首輪を自力で外すならば、最低でも超級魔法を使えるほどのマナとそれを扱うだけの能力が必要になる。
「だとしたら何だって言うの?」
「その力を生かすことができる場所があるわ」
「……」
「一緒に行きましょう? そうすれば今よりも贅沢な暮らしだってできる」
これは願ってもない誘いではないだろうか?
確かに、養護施設の生活はハッキリ言って苦しい。
収入が少ないから食べたいものを食べることができないし、服だって古着やお下がりばかりで流行のブラウスやかわいいスカートを買えるはずもなく、お洒落なんてしたことがない。
なるほど、今の暮らしに比べれば得られるものは大きい。
「私たちはあなたを歓迎するわ」
こちらに手を差し出すイザベル。
それに、彼女たちの下でなら私の力を存分に生かすことができるだろう。
殺人、窃盗、テロ活動……。およそ犯罪と呼べる行為は、大抵が彼女の言う所の強力な魔法を使うことでスムーズに行うことができる。
それでも――
「何か勘違いしているんじゃないかしら?」
「勘違い?」
「ええ、そうよ。私は今までの生活に不満を持ったことはないわ」
それでも、私にとって教会での日々は掛け替えのないものだった。
ナターシャさんは身寄りのない私を引き取り、愛情を注いでくれた。養護施設の子どもたちは姉と慕ってくれた。
当たり前に続く日常がどれだけ尊いものなのか私は分かっているつもりだ。その重みを気付くことができたのはきっと、沢山の不幸を経験してきたからこそ分かる幸せなんだと思う。
「ただの詭弁じゃないかしら?」
「傍から見ればそうかもしれない。でも、だからと言って、犯罪者に成り下がるほど落ちぶれていないわ」
私は声色高く言い放つ。
「残念ね」
「よく言うわね。最初から仲間にするつもりなんてないくせに」
本当、さっきから視界に嫌らしいマナがちらついてうんざりだったわ。
あの粘つくような感じは精神に作用する魔法かしら? 大方判断力を鈍らせて、油断した所を捕まえようとでもしたのでしょう。
「あら? 気付いていたの」
「あれだけ魔法を使っていれば嫌でも気付くわよ」
「そう、折角無傷で捕まえられると思ったのに。なら力尽くであなたたちを捕まえないとね」
するとイザベルは、先程よりも笑みを深めて私たちを睨め付ける。
それはまるで玩具を前にした子どものような、純粋な喜びだった。
口では捕まえると言っていても、腕の一本くらいは千切れてもいいと考えているのでしょう。
きっと、彼女に勝つためには本気を出さなければならない。そして、何としてでもセトリル教会に帰るんだ!
◇
「『暗黒槍』」
「『疾風槍』」
闇を凝縮したような漆黒の槍と、風をも置き去りにする不可視の槍とがぶつかり合う。それらは互いにせめぎ合い、周囲の空気を震わせる。
煌びやかだった船内の内装は見る影もない。純白の壁紙は剥がれ落ち、その下にある壁板を晒していて、視界を彩っていた花生けの花瓶は開幕の一撃で粉々になっている。
ここまで魔法を打ち合ってきたけど、私とイザベルの魔法の威力はほぼ互角。
闇の攻撃魔法はその性質上、攻撃を受けた相手に出血や回復の鈍化などの追加効果を与えるものが多く、威力が低いものが多い。
対して風の攻撃魔法もスピードは速いけど、これと言った威力は出ない。
手数も同じくらいで、互いに魔法を放ち、それぞれが打ち消し合うという展開になっている。
戦いは早くも拮抗してしまった。
「無詠唱でここまでの魔法を使える人材なんてそうはいないのに、これからのことを考えると本当に勿体ないわ」
「随分と余裕そうね? 攻めあぐねているのはあなたも変わらないようだけれど」
「あら? 何ならちょっと強めに行きましょうか。『凍結槍』」
「くっ、『疾風槍』」
黒い槍の代わりに現われたのは、青い輝きを放つ凍てつく真槍。そこから溢れ出た白い冷気は、辺りの温度を著しく下げる。
互いの魔法がぶつかり合う。
しかし、今回は私の方が分が悪い。
風魔法は質量を伴う氷魔法や土魔法といった攻撃に極端に弱からだ。例え同じランクの魔法でも『疾風槍』よりも『凍結槍』の方が威力が高い。
相殺された『疾風槍』は霧散するように空気に溶けるが、砕け散った『凍結槍』は氷の礫となってわたしの頬を掠める。
「さっきまでの威勢の良さはどうしたのかしら?」
今度は『凍結槍』を主体にして『暗黒槍』を混ぜてくるスタイルに切り替えたようだ。
相殺しても攻撃の通る『凍結槍』と避けなければ大きなダメージを受けてしまう『暗黒槍』。
イザベルはかなり戦いに手慣れている。なんとか被弾する事態は避けているけど、このままだと時間の問題だ。
何とかして流れを変えないと。
「私にばかり気を取られてても良いのかしら?」
しまった!
「メアリちゃん!」
「きゃあっ!」
メアリちゃんを押しのけると同時に、彼女の影から荊のような黒い蔓が飛び出てきた。それらは私の右腕と脇腹を貫くと、もとあった影へと消えていく。
涙で視界がぼやける。
内臓には届いてないみたいだけど、傷口が焼けるみたいに痛い。
気絶でもしてしまった方が楽になれるのに、魔法の効果なのか怪我のせいなのか、頭はむしろハッキリしている。
「おねえちゃん!」
ほら、メアリちゃんが泣き出してしまったじゃないの。
床に手を着くけど、震えてしまって力が出ない。立ち上がろうとするけれど、脇腹の傷口が開いて服を一層赤く染める。
私がしっかりしないといけないのに。
私が彼女を帰さないといけないのに。
「あら? まだ戦うの?」
ありったけの力を振り絞っても、立ち上がるので精一杯だ。
膝が笑う。
身体が熱い。
いっそのこと、ここで諦めてしまいたいと心の底から思う。
「『颶風障壁』」
メアリちゃんに向けて防御魔法を使う。
『凍結槍』を一つ防げるかどうかといった気休め程度の魔法だけど、さっきのような影に干渉するタイプの魔法ならマナが拡散してしまって発動できないはずだ。
こうなったら覚悟を決めよう。
自分に残っているありったけのマナを掻き集める。嵐のような風が周りを駆け抜け、ただでさえ荒れていた船内をさらに破壊する。
それだけに留まらず、空気中や地面に落ちている生け花、壁に使われている木材からもマナが集まってくる。
保有していたマナがなくなった空気は淀み、花は枯れ、木材は黒く変色した。
同時に、私自身に掛けていた幻術の魔法も解ける。
「魔眼持ち! これなら多少傷がついていても高く売れそうね!!」
魔眼なんて生易しいものじゃない。
これは呪いだ。
マナは全ての生の源。マナが無くなれば植物も動物も、水も空気だって死に絶える。
それを周囲にある物から際限なく無理矢理に吸い取るものが、魔眼なんてちっぽけな物であるはずがない。
初めてこの瞳が開いたあの日、私はエルフから魔族になった。
瞳の色は魔物と同じ紫色に変わった。
人類の敵対者、災厄を齎す者……。
魔族とは総じて人とは相容れない種族を表す言葉だ。
何度運命を呪っただろうか? 何度眼球を抉ろうと考えただろうか?
半ば追われるようにして里を出た私は死ぬことすら考えた。
そんな私を救ってくれたのはナターシャさんだった。彼女は何も言わずに私を受け入れてくれた。
あの日食べた野菜スープの味を私は一生忘れない。
あの暖かさがあったから私は今日まで生きようと思えた。
こんな醜い力でも、メアリちゃんを教会に帰すことができるなら、持っていて良かったとさえ思える!
「『聖浄天嵐!!』」
掻き集めたマナを一気に解放する。
吹き荒れる力の奔流は船内を駆け巡り、壁を抉り、天井を穿ち、完膚なきまでに破壊した。それはまるで、清濁全てを飲み込み、等しく浄化する嵐そのものだった。
シオンから借りた上級の風の魔法書にあった『聖浄天嵐』は、私が注ぎ込んだ潤沢なマナにイーリスの補助が加わって、超級魔法にも引けをとらない威力に膨れ上がった。
これだけの攻撃を受ければ、誰であろうと無事では済まない。
風が止む。
吹き飛んでしまった天井からは繊月が顔を覗かせていて、崩れた壁からは磯の香りのする風が静かに流れ込んでくる。
「――今のは危なかったわ」
「ッ!?」
あれだけの魔法を放ったのに、視界が晴れた先ではイザベルが悠々と佇んでいた。
彼女には怪我どころか髪が乱れた様子さえない。
よく見ると、彼女の周囲には薄い障壁のようなものが覆っている。
まずい、もうマナがほとんど無い。
それに引き換え、向こうには余力が十分にある。ここから逆転することは難しいだろう。
何か……せめてメアリちゃんだけでも逃がす方法は――
「痛っ!! 床が抜ける以前に爆発するってどういうこと!? 責任者出てこい!」
敗色が濃厚となった中、聞こえてきたのは場違いなほどに明るい声。
彼女はブツブツと愚痴をこぼしながら瓦礫をかき分ける。
「咄嗟に障壁張ったからいいものを、私じゃなかったら死んでるね! ていうか、この船無駄に広すぎでしょ! フェルアとメアリちゃんを探すだけなのに、なんでこんなに時間が掛かって…るんだ…ろ?」
神様だけは信じなかった。
人の身に余る不幸を私に与えた存在を敬うなんてまっぴらゴメンだ。
それでも、例え、私を救うためじゃなくて、メアリちゃんを助けるためだったとしても、今、この瞬間だけは神様に頭を下げても良いと思えた。
「あーっ! やっと見つけた!」
ローブについた埃を払いながら現われた少女。彼女は私たちの姿を見つけると笑顔で手を差し伸べ、こう言った。
「さあ、帰ろっか」
その小さい身体は絶望の中にいる私にはとても頼もしく思えた。
その声を聞いた途端、怪我の痛みからではない涙が溢れ出た。
――どうやら、私たちにとっての希望は上から降ってきたみたいだった
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