2-24.『光を求めて』
倦怠感、寝苦しさ、食欲不振……。ついにNAYUBATEの猛威が襲ってきた。
くっ、今年は何事もなく乗り切れると思っていたのにっ……。皆さんも体調管理に気をつけて下さい。
牢獄を出て左右の通路を確認する。
部屋の数は私たちのいた所を合わせると全部で6つあって、一部屋当たり20人は収容できる大きさだった。けれど、どの部屋にも人はいなくて、私たち二人だけが捕まっていたみたいだ。
通路の一方は行き止まりになっていて、反対側には木製の扉が一つあるだけ。当たり前だけど調度品の類は置かれていない。
選択肢は一つしかないわね。
扉の向こうからいつ人が出てきてもいいように、魔法を準備しつつドアノブに手を掛ける。けれど、扉は外側から鍵が掛けられているみたいで、押しても引いても開く様子はなかった。
壊すしかないわね。あまり音を立てないように注意しないと。
「『烈風刃』」
ドアの隙間に威力を調節した魔法を放つと、小さい金属音がして金具が壊れる音がした。
もう一度ドアノブに手を掛けると、今度はあっさりと開いた。
扉の先には階段が続いていて、奥には同じようなドアがあった。この牢獄は地下にあったみたいね。
「薄暗いから段差に注意して」
「うん」
メアリちゃんに足元を注意するよう促して、私たちは歩き出した。
階段を駆け上がる途中、ここから逃げるための計画を整える。
これ以降、私たちの逃走を阻もうとするやつらとかなりの確率で戦闘になると思う。その中には、私たちを攫った魔法使いも含まれると考えた方がいい。
普通の魔法使いならともかく、上級魔法を使うことのできる相手に私は勝てるのかしら?
もしかしたら、本気で戦わなくてはいけないのかもしれない。私だけならともかく、今はメアリちゃんもいるのだから。
何としても、彼女だけは守り通さなくてはならない。その結果、この町を去ることになったとしても――
そうか。だからあの夢を見たのか。
目を逸らすなと、向き合い続けろと、覚悟を決めろと。
短いはずの階段は、体感ではとても長く感じた。
最上段に着き、二枚目のドアに手を掛けると、こちらの方には鍵が掛かっていなくて、少し押すだけであっさりと開いた。
その向こうには窓の一切ない、どこまでも続いていそうな廊下がひたすらに伸びていていた。明かりになるものは、一定間隔で天井から吊されているランプ形の魔法道具だけだ。
もし、哨戒のために人が来たら、物陰が無いから簡単に見つかってしまう。
さらに、もう一つ問題がある。扉の数が多いことだ。
これだけ部屋の数が多いと、いつ私たちを攫った人の仲間が現われるのか分からない。
戦闘になるのはやむを得ないけれど、できるかぎり人との接触は避けたいし、何より仲間を呼ばれると厄介だ。
私一人で大人数を相手にするとなると、それだけメアリちゃんが危険な目に遭うリスクが高くなってしまう。
それなら――
「来て、『イーリス』」
小声で呟くと、目の前で手のひらサイズの渦が巻き起こる。それは少しずつ形を変えると、やがて透明な少女の姿を象った。
彼女のは風を司る精霊だ。精霊は万物に宿る意思のような存在で、普通の人間には触れるどころか姿を認識することすらできない。
それでも稀に、特殊な眼を持つ人間は彼女たちを見ることができる。そして中には、私のように精霊と契約をすることができる人もいる。
今回イーリスを呼び出したのは、彼女の持つ力を貸りるためだ。
「ここにいる人の数と建物の構造を教えて」
イーリスが操るのは風。その能力を使えば風魔法の威力を増幅したり天候を予測するだけでなく、空気の流れから周囲の空間を知覚することだってできる。
私が右手を差し出すとイーリスが近づいてきた。彼女の小さな手が人差し指に触れ、そこから少しずつマナが吸われてるのが分かる。
十分な量のマナを渡したところで、イーリスは空気に溶けるように霧散する。それと同時に、私と彼女の間にある霊的なパスから情報が流れ込んでくる。
精霊には人と同じ感覚器官がないのか、伝わってくるのは実際に目で見たり耳で聞いたりするのに比べるとひどく大雑把で感覚的なものだ。
しかも、普段は使うことのない能力だからカバーできるのはこの階だけが限界だと思う。それでも、逃げるための手がかりが全くない今の状態だととても貴重な情報だ。
イーリスから送られてくる情報によると、ここには30人くらいの人間がいる。予想していたよりも人数多いけど、それよりもこの建物が大きいことの方が問題だ。
イーリスの能力は、私を起点として民家一軒分くらいの広が分かるはずなのに、今いる階の大部分が知覚の範囲から出てしまっている。こんな建物、アンガルの町にあったかしら?
取り敢えず、出入り口は移動しながら探しましょう。あまり一カ所に留まり続けると人が来てしまうわ。
◇
「『風弾』」
「ガフッ……」
「お、おい! 誰か――グハッ……」
抜き身の剣を携えた男たちに向かって『風弾』の魔法を放つ。
一つ一つの威力はせいぜい小石をぶつけた程度しかないけど、鳩尾や首などの急所を狙って数発撃ったから、騒がれる前に男たちの意識を刈り取ることができた。
戦闘をするのはこれで二回目。通路や空き部屋を使うことで基本的に人との接触は避けるようにしているけど、どうしても隠れられない場合は今みたいに不意打ちで気絶させるようにしている。いくら私たちを攫った相手だとしても、メアリちゃんの前で人を殺すわけにはいかない。
それにしても変だわ。出入り口がどこにもない。
あれからかなりの時間この階を探索している。その途中でどうしても外に繋がる扉はどこにもなかった。
もしかして、まだ地下の階にいるの?
……いいえ、そんなはずはない。窓がないから空気の流れが悪いけど、地下にあるフロアといった感じはしない。間違いなく地上のはず。
残るのは――
私の視線の先、薄暗い廊下の奥に上へと向かう階段が佇んでいる。歩き回っている途中でここの他にも一カ所、同じような階段があった。
その時は探索の途中だったから素通りしたけど、この階から外に出られない以上、もう上に行くしかない。
一段一段踏み出すごとに、木製の階段が悲鳴を上げるように軋む。
そして階段を上った先は、下の階とは比べるまでもないほど綺麗な内装をしていた。
木材を貼り付けただけのような見た目から一転して、床には絨毯が敷かれ、壁は清潔感溢れる白に変わり、さらには絵画まで飾られている。
定間隔ごとに花が生けられた花瓶も置かれていて、照明の魔法道具も数段ランクが高いものになっている。
何より、ここの階には窓があった。
そちらに近づき、外の様子を確認してみる。
「――海?」
小さい頃に一度だけ見たことがある。
太陽に照らされ青く透き通った、地平線の彼方まで続く母なる海。夜になった今は波も穏やかで、そのありさまは紺色に染まった大地のようだ。
「それならここは船の中?」
困ったわ、これだと逃げるのが難しい。空を飛ぶことができれば別だけど、生憎と私はそんな魔法を使えない。
こうなったら、船がどこかの港に寄ったときに隙を見て逃げ出すしかない。けれど、これだけ大きな客船を運航しているのだから、それだけ警備も厳重なはず――ッ!!
「……そこにいるのは分かってるわ」
「へぇ? 『不可視の領域』の魔法が見破られるとは思わなかったわ。あらかじめ魔法を使っていたのかしら?」
イーリスの探知が捉えた人間に向かって問いかける。
すると、廊下の向こうの景色が突如として歪む。そこから湧き上がるようにして現われたのは青いドレスを身に纏った女性。その周囲には今解いた魔法の残滓が黒い靄になって漂っている。
一見すればこの船の乗客だと思える服装。品を感じさせる佇まいや仕草は正しく上流階級の貴婦人。
でも、彼女がただの乗客でないことは一目瞭然だった。
「私たちを攫ったのはあなたね?」
彼女が使っていた『不可視の領域』は闇の上級魔法だ。これを行使できる魔法使いはそう多くない。
間違いない。彼女が私たちを攫った張本人だ。
「おねえちゃん……」
「メアリちゃんは私の後ろにいて」
いつ戦闘が始まってもいいように魔法発動の準備をする。それに伴って溢れ出たマナが私の周りで小さな竜巻を作り出す。
「確かに、あなたたちを攫ったのは私よ。それが仕事だったんだもの」
「そちらからしてみれば仕事でも、奴隷にされ掛かっていた私たちから見ればあなたは敵よ」
「敵……敵ねぇ」
「何がおかしいの?」
カラカラと上品に笑う女。
「そう言えば自己紹介がまだだったわね、私の名前はイザベル。あなたは?」
「……」
「そんな怖い顔しないの。折角の美人が台無しよ?」
「……」
応援を待っているわけでもなさそうだし、話の流れもイマイチ掴めない。とにかく気を抜いてはダメ。油断させてから、また私たちを眠らせるつもりなのかもしれない。
「つれないわねぇ。ここには話があって来たのよ」
「……話?」
「ええ、そう。悪い話じゃないはずよ――」
イザベルは口元に笑みを湛えると、耳障りのいい声で言った。
「――あなた、私たちの仲間にならない?」
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好き勝手に書いてる作品ですので、良くなかった所とか教えて頂けたら改善します。




