2-22.『潜入』
突然だけど、わたしはドラマが嫌いだ。
特に、感じの悪い面接官の圧迫面接よろしく容疑者を無駄に恐喝したり、睡眠時間を取らせなかったりで心理的に追い詰めるやり方は合理的じゃない。そういうアホ丸出しの捜査をするから冤罪は減らないんだと思います。
ん? 今さっき拷問まがいの尋問をしたヤツが何言ってるって?
あれはこっちを殺そうとしてきた相手だったし、嫌がらせの意味もあったからいいんですー。
で、何が言いたいのかというと、脅して手に入れた情報に一体どれだけの価値があるのか。
そもそも、犯罪者の吐いた情報をそのまま信じるってバカじゃないの?
確かに、毅然とした態度で取り調べをする必要があるし、結果として取り調べの言動が荒くなるのは分かる。けど、それと捜査は別の話だ。
ドラマだと証拠や確証もないのに思い込みの捜査をしたり、「犯人は絶対アイツだ!」とか粋がってる頭悪そうなベテラン刑事がいるせいで「いや、お前そんなんでよく仕事が勤まるな」と見ている最中に何度もツッコミをしてしまうのだ。ホント疲れるし意味が分からない。
結論、容疑者の言葉と自分の直感を頼りにするのは良くない。
相手の言っていることが真実か嘘か、曖昧な情報はしっかりと確認しないといけないよね。裏取りはしっかりやりましょう。
だから、現時点で1番怪しい領主の館にお邪魔するなんてバカのやることだ。
特に今回は襲撃者は「貴族が依頼主だ」と証言しているけど、その証拠はどこにもない。なんで彼らが貴族の依頼だと思ったのか、なんで養護施設の子どもを襲う必要があったのか、という謎は分からないままなのだ。
と言うわけで、アンガルの町にある兵士の詰め所?みたいなところで捕まえた襲撃者10人を兵士に引き渡した後、わたしは闇ギルドにお邪魔している。
今回潜入しているのは襲撃者の内、3人が所属していた闇ギルド構成員のアジトだ。一から探すのは素人のわたしには不可能なので、兵士・騎士の皆さんに協力してもらった。いやー、こんな所で王国からの感謝状とアダマンタイト級冒険者の推薦状が役に立つとは思わなかったよ。
どうやら騎士団の方でもこの組織をマークしていたみたいで、嬉々として協力してくれた。
わたしが探すのは養護施設の子どもたちを殺せとした依頼書。ついでに他の犯罪の証拠も入手して騎士団の検挙を手伝うことになっている。
まず初めに、目星を付けてある建物に、コウモリとかのやるエコーをイメージしてマナを薄く放出。この方法なら制度は悪いけど地下や部屋の間取り、屋内にいる人の人数を確認できる。魔法というかマナを応用した技術だけどなかなか便利だ。これからは『探索』と呼ぶことにしよう。
探す場所に見当を付けたら魔法を使って姿を消して潜入する。
この時重要なのが音を立てないこと、扉の向こうに誰もいないことを確認すること、自分の存在を希薄にすることの三つなんだけど、これらが意外と難しかった。
風魔法を使って空気の流れをコントロールして音が立たないようにして、扉の向こうに人がいないかを薄く放出したマナで確認。最後に自身のマナを不自然さが残らないように周囲とカモフラージュをする。
ここまでしなくてもいいのかもしれないんだけど、獣人や第六感が効く人間なんかは小さな物音に感づいたり、マナを感知する能力が高かったりするかもしれないと思って念を入れてみた。
バレないどころか侵入されたことにすら気付かせない徹底ぶりだ。
これこそ正に、完・全・犯・罪☆
その甲斐あってか30分もすると首領の部屋みたいなのにたどり着いた。
シックな色合いの扉を軽くノックする。もちろん、部屋の前にいた護衛らしき2人には、あらかじめ夢の世界に旅立ってもらっている。
そんなことを知らない首領は扉をノックする音を訝しんでこちらに歩いてくる。
ここで音が漏れないように魔法を展開。首領が扉を開けた瞬間に雷魔法で気絶させる。そのまま部屋に入り込んで部屋の鍵を閉める。
部屋は一見するとテレビとかで見るやっさんの事務所みたいな感じ。この部屋自体、建物の三階にあったしね。
中央にアンティークなローテーブルがあって、それを挟むように黒革のソファーが二つ向き合っている。ふかふかそうな結構良い品質のヤツだ。隅には観葉植物っぽい植木が一鉢置いてあって、窓際にはワークディスクが一つ。
壁際には本棚とティーカップとかが入った戸棚があるだけで、どちらかというとシンプルで飾り気の無いレイアウトだ。
さて。こういう場合、仕事の書類はどこに隠しておくのかな?
まずはワークディスクから探してみよう。引き出しの一つを開けて書類を見てみる。
ふむ、こっちの書類は仕入れに関するヤツでこっちのは建物の修理かな? 多分、表向きの仕事の書類だろう。他の引き出しを開いてみても、これと言った怪しい書類はなく、インクや白紙の用紙、権利書みたいなのがしまってあるだけだった。
やっぱり、見当のつきやすいところには犯罪の証拠を隠してなんか置かないよね。
でも、ここまでは想定済みなんだよね。今からが本番だ。
わたしは『探索』をこの部屋に向けて放つ。範囲は建物全体を見たときよりも絞ってあるから、どこに何があるのか詳しく分かる。
ほほう。確かにこれは気付きにくいな。
わたしはワークディスクの天板を引き剥がす。本当は何か仕掛けがあるんだと思うけど、めんどくさいので力業で突破した。
えーっと、これは誘拐の依頼書でこっちは密輸、そんでもってこっちは薬物か。おっと、お目当ての品を発見だ!
……なるほどね。
これだけ証拠があれば摘発するには十分だろう。おまけで本棚の裏にある隠し金庫とかも開いておいた。
よし、ここにはもう用はない。ずらかるとしよう。
首領を『浮遊』の魔法で浮かせて窓から飛び降りる。そして、待機していた騎士団の方々に証拠の書類や首領の身柄を引き渡すとわたしは黒幕のいる場所に向かった。
◇
アンガルの町のとある居酒屋。
店は別段変わったところもなく、人の出入りも多い普通の居酒屋だった。
当たり前だ。ここは依頼者と落ち合うための場所でしかないのだから。
カウンター席に1人の男が座って酒を飲んでいる。
男は紺のローブを羽織っているが、これも特に怪しいというわけではない。現に、他にもローブやフードを被った人間は店内のあちこちにいる。旅人や冒険者は日中に行動することが多いので、砂や日光を避けるためにこの様な服装をする者は多いのだ。
喧噪の中、ドアベルの音が新たな来客が入店したことを告げる。こちらも黒いローブを目深に被った男だった。
その男は、先に入店していたカウンター席に座る紺のローブを羽織った男の隣に着くと、店員に酒を一杯注文する。
しばらくして酒が届くと、黒いローブを羽織った男店員に代金を渡し、コップの中身を三回呷った。
「首尾はどうだ?」
予め決めてあった合図を確認すると、紺のローブの男が黒いローブの男に問い掛けた。
「問題があった」
「なんだ?」
「お前が雇った野良の1人が裏切った」
「……場所を変える」
2人は連れだって店を出る。
「それで、作戦はどうする?」
少し歩いた所にある裏路地で紺のローブの男が再び問いかけた。
「そのことなんだが……」
黒いローブの男の返答に疑問を感じた男だったが、首元に剣が添えられたことで身を強張らせる。
振り向くと、自分の背後には二体のゴーレムが路地を塞ぐようにして立っていた。
「見ての通り、計画は失敗だよ? さあ、知っていることを話してもらおうか?」
視線を戻すと先程まで話していた男の姿はなく、代わりに背の低い黒い髪の男が1人、黒いローブを纏っていた。
その男の青い瞳は空気が凍り付くような冷たさを放ち、視線は紺のローブの男を射貫いていた。




