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夢幻泡影のカレイド・マジック  作者: 匿名Xさん
第一章 ~哮る覇王のレゾンデートル~
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ある日、森の中…(1)



 森の中を進む。

 

 木々は広葉樹の多く、手入れの行き届いている自然公園のようだ。


 下草や灌木は多めだけど、鬱蒼とした森という感じは全くしない。


 むしろ、神秘的な楽園みたいな場所だ。


 ただ、何もいない。


 小動物の気配なんて欠片もないし、魔法の実験をしていたからか魔物はおろか虫や鳥の鳴き声も聞こえない。


 結構大きい魔法を使ったから、あれに驚いて隠れているのかな?


 まあいいや、そのうち何かが出てくるだろう。


 そう思ってわたしはさらに歩いていく。



 しばらく歩くと木の実の成っている木を見つけた。遠目で見ても色がすごく綺麗だ。


 気になったので近づいてみる。


 木だけに。


 ……。


 話し相手がいないと寂しい。


 えっと、樹木の高さは大体2,3メートルくらいかな?


 思っていたよりも高くない。


 縦よりも横に伸びていて、枝からはリンゴのような形の果実が実っていた。


 というか、見た目リンゴそのまんまなんだけど。


 異世界でも地球と同じものもあるんだね。


 それよかこの木の実、なんというか……めっちゃ美味しそう!


 わたし、リンゴって大好きなんだよね。


 あの酸っぱさと甘さの絶妙な感じと、しっかりとした歯ごたえがたまんない。


 安くて美味しいっていいよね。




――ちょっと待てって!ここは異世界だぜ? いくら地球と同じものでもこっちの世界だと猛毒だったりするかもしれないだろ


――それにこのリンゴの木、果実が沢山成っている。このことから考えて付近にに生息している動物はこの果実を食べない。つまりこの果物には毒がある可能性が高い! byわたしの中の悪魔



――そんなことはありません。単にこの果実を食べる動物がいないだけですよ


――それに見てください、この瑞々(みずみず)しい果実の色。いかにも食べて欲しいと主張しているではありませんか byわたしの中の天使



――てめぇはすっこんでろ! いいか、そもそもこんな所にリンゴが成っている時点で明らかに罠っぽいだろ!? byわたしの中の良心



――大丈夫ですよ。異世界ファンタジーを題材としたライトノベルの大半はリンゴっぽい食べ物が登場するではありませんか。 byわたしの中の食欲



 頭の中で天使と悪魔が戦っている漫才をやってみた。


 さて、冗談はこのくらいにしておいてこのリンゴをどうするべきか……。


 考えること数分、わたしの出した結論は――

 







「これだけ綺麗な果物なんだから毒なんてないよね!」


 威力を調節した風魔法でリンゴみたいな果物の軸を切り、手元に落ちてきたそれを観察してみる。


 表面の色はルビーのように情熱的な赤で、表面は太陽の光を受けて輝いて見える。


 魔法を使って果実を半分に割ってみると断面から果汁が溢れ出し、周囲に甘い匂いが広がった。


 果肉の色は水晶のような透き通った黄色で、全体が蜜入りリンゴみたいだ。


 一口かじってみる。


 ジューシーな食感と爽やかな酸味と優しい甘さのする果汁が口の中を満たす。


 さらに咀嚼すると、シャキシャキとしたほどよい歯ごたえとともに、みずみずしい果汁があふれてくる。


 気がつくと、リンゴを丸々一つ完食してしまっていた。


 口の中が幸せだ。


 これなら何個でも食べられる。


 リュックがあるんだし、いくつか持って行こう……その前に、もう一つ。



 わたしは次に食べるリンゴに向けて魔法を放った。






 ◇






 いやー、あのリンゴ、美味しかったな。


 ちょっと歩いた所にはミカンの木があったし、ここは果物の楽園か何かかな?


 ちなみに、ミカンの方も宝石のような色合いでとても美味しかったです。


 採取する量は、あんまり量があってもかさ張るから、それぞれ5つにしておいた。


 まさに断腸の思いだった……。

 

 それはそうと、大分歩いたんだけど全然魔物に遭遇しない。


 ちょっと面倒になってきたから、エンカウントまでの時間短縮のために走ってみた。


 あのリンゴの木を見つけてから大体3時間くらい。


 森の様相は湖から離れるにつれて木の密度も増していき、今では原生林と言う言葉似合うほど鬱蒼としてきた。


 それに伴って、だんだんと生き物の気配が感じられるようにもなった。


 周囲には樹齢何千年といったレベルの巨木が何本も立ち上り、天を衝くような高さのそれが本来なら地面に降り注ぐはずの日の光を遮り、森全体の印象を暗いものとしている。


 その他にも、トランポリンサイズの巨大なキノコ、自ら発光する蝶にしゃべる食虫植物など、段々と異世界の森と言う雰囲気の景色が見られる。



 さあ、あとは魔物だ!


 カモン、わたしの初めての獲物!


 魔法の使えるわたしに恐れるものはない。


「今、新たな伝説がここから──」

「グオォォォオオオッ!!!」


 灌木を薙ぎ倒しながら現れたのは巨大な熊。


 体高は前足を地面に着けていてもわたしの倍以上はある。


 その体躯は最早(もはや)、10トントラックが動いているみたいで、威圧感もハンパない。


 手のひらなんて岩みたいなサイズだよ。


 身体を覆うのは黒に近いような濃い茶色の毛皮、鋭い爪は一本一本が剣のような鋭さで、不用意に触れようものなら指がスパッといきそうだ。


 そして顔。


 思わずグリズリーって単語が出てくる凶悪な顔だ。


 片耳は千切れてなくなっていて、顔中、至る所に裂傷が走る。


 その中でも特に印象的なのが、潰れている片方の目だ。


 充血した眼球は周囲の景色を映してはいないはずなのにバッチリと私の姿を捕らえて離さず、殺意の滲むその視線は赤い燐光を放っている気さえする。




 これが正真正銘のモンスターか。


 日本にいた頃のままなら3秒でアウトだった。


 逃げる暇もなく叩き潰され、頭から噛みつかれておしまい。


 佐藤 愛は異世界に転生するも、熊さんに美味しくいただかれましたとさ。めでたしめでたし。


 だが、今は違う。


 わたしの手には魔法がある。


 負けるビジョンが全く見えない!


「かかって来なさい! 獣畜生!」

「グアァァァァアッ!!!」


――来た!


 トラックのような巨体を揺らしてこちらに突進してくる熊。


 速度も自動車並みだ。


 だが、その猪突猛進さがお前の敗因だ!


「『火炎乱舞(フレイム・テンペスト)』!」


 森の中を散策しながらも魔法を練習していたわたしは、魔法の威力、範囲ともに思いのままだ。


 そして、完璧に魔法を制御出来るようになった今、例え森の中で火魔法を使っても、周囲への延焼を気にする事が無いのだ!


 それに、動物は本能的に火を恐れる。


 もし怖がらないとしても、炎が毛皮に燃え移り全身の皮膚を焼かれれば、とてもじゃないが生きられない。


 暴れて灌木に燃え移ったとしても、いざとなったら水魔法で消火すればいいしね。

 

 熊の足元から炎が湧き上がり、全身を赤く染め上げる。


 炎の勢いは強いけど、それは熊の周りだけの話しで、周辺にある草木は燃えていない。


 さすがの熊も突進するのをやめて、二本足で立ち上がった。


 決まった!


 人生初の魔物退治。


 毛皮はダメになっちゃうけど安全第一を追求した結果だ。


 ……本当は火魔法で倒したかっただけとも言う。


 まあ、異世界初の戦闘としては大成功と言っていいだろう。


「フッ、他愛な──」

「グアァァァァアッ!!!!」


 あれー?

 

 わたしの決めゼリフを遮ったのはまたしても熊の声。


 なんていうか、心なしか怒りに満ちた叫び声だった。


 たったひと振り、腕を軽く払っただけで、全身を包んでいた炎は蝋燭の火のように呆気なく消えた。


 その中から現れたのは焦げ跡ひとつない毛皮。


 ひょっとすると魔法に対しての耐性があったり、そもそも体が炎程度じゃびくともしないほど頑丈なのかもしれない。


 さっきは見えなかったけど、胸元には返り血のような赤い(まだら)模様がある。


 ツキノワグマならぬ返り血グマ?


 これはヤバい。


 わたしも本気を出す必要がありそうだ。


 右足を軽く引き重心を落とす。


 右手を前に、左手を後ろに引いて軽く握り拳をつくる。


「グルルルゥゥゥ……」


 空気が変わったのを感じたのか、熊は低く唸り声を上げる。


 しばらくの間にらみ合いが続く。


 わたしと熊との間に静寂が訪れた。


 風が木葉を揺らす音がやけに大きい。


 1分とも1時間ともとれる張り詰めた沈黙が場を支配した。


 その均衡を破ったのはわたしだった。


 左足を軸足にして右足で地面を蹴り、目にも止まらぬ速さで駆けだし――



愛「何時から私が魔法しか使えないと錯覚していた?」

くましゃん「グッ……グルゥ……?(なん……だと……?)」

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