2-15.嫌なことは忘れた頃にやって来る
リード商会での商談が思ったよりも早く終わってしまった。
事前の打ち合わせだと、用事が終わったわたしが冒険者ギルドに向かってそこでクリスたちが受けた依頼を確認、現地に向かうことになっていたけど、ひょっとするとクリスたちは、まだギルドにいるかもしれない。
だってまだ9時半だもん。
リード商会が9時開店でわたしはそれに合わせて教会を出たけど、こんなことなら一緒に商会に行ってクリスたちには待っていてもらっても良かったかな?
冒険者組にどんな指導をしようかと考えている内にギルドに着いた。
アンガルの町の冒険者ギルドは二階建ての市民間みたいな感じだ。この辺りは討伐依頼で魔物の素材が運ばれることは少なくて、依頼と言えば王都への護衛依頼くらいだから建物の規模は小さい。
職員の人に伝言があるか聞いて、さっさと冒険者の仕事をしよう。
帰ったら子供たちにルーンチャームの作り方を教えないといけないしね。
◇
ギルド一階のフロアはなかなかに混雑していた。この時期は王都にオークションがあるから護衛依頼の数も多いのだろう。
カウンターに行ってギルド職員に話しかける。
「失礼、私は冒険者のシオンと言う者だが、銅級ランクのクリスから伝言はあるだろうか?」
「シオンさんですね、クリス君たちなら『ラッツ平原』に行くと言ってさっきギルドを出て行きました。粘性生物や草原兎を狩るそうです」
この口調を使うのは実に四日ぶりだ。最近は敬語口調かフェルアと素で話す機会が多かったからね。
舐められないためとはいえ、普段の口調と違う横柄な口調を意識するのはすっごいめんどい。
我慢だ、我慢。これもいつかオリハルコン級冒険者になるまでの我慢。
「助かった」
「いえ、どうやらあの子たちに指導を付けてくれるそうで。マリアンヌちゃんなんてすごいはしゃいでいました」
「それは責任重大だな」
「はい。あの子たちのことをよろしくお願いします」
「任せておいてくれ」
ここでも養護施設の子供たちは気に掛けてもらっているようだ。
この町の人はいい人が多いね。
「おっと、済まな――」
「あぁん? 邪魔だガキ」
前言撤回。今、わたしの中のアンガルの町の株が暴落した。
向かってくる拳を軽くバックステップで避ける。
つーか自分から当たってきといて邪魔はないでしょ。それにわたしはガキじゃ無い。
「まただぜ、白金級のジムだ」
「あの野郎か、これで何度目だ?」
「『烈火の赤竜』だろ? 王都で一番のクランだからって威張り散らしやがって……」
ふーん、そういうことか。
どうもコイツはアンガルの町に関係なさそうだ。株が大暴落とか考えてごめんなさい。
にしてもクランか。
大きな組織ともなると下っ端が粋がってるだけなのか上事態も腐ってるのか判別し辛いね。どんなとこでも一定数はいい人がいるかもだからさ。
「チッ、すばしっこい野郎だ」
野郎じゃないですー!
容姿端麗、才色兼備。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。花も恥じらう美少女ですー!
「はぁ、またなの? ジムさん」
受付カウンターの奥から男性職員が出てくる。
肌が白く、ヒョロッとした線の細い体系で、覇気の欠片も無いけだるそうな顔。
髪はボサボサ、実験とかで着る白衣っぽい服はヨレヨレ。おまけに目の下には濃い隈まである。
うん、ここのギルマスだね。だって普通の職員と比べてマナの量が段違いに多いもん。
戦闘は魔術師タイプで、強さはリヴァレンの町のギルドマスターであるヴァーノルドよりもちょっと弱いくらい。
それでもこのジムってヤツと比べれば断然強いから、この騒動の仲裁役として出てきたのだろう。
「あんまり騒動は起こさないでくれよ。ふぁあーあ。あ”ー、やるんなら僕の見ていない、どこか別のとこにしてくれないかな?」
「うるせぇなぁ、コイツがぶつかってきたのが悪いんだよ」
おい、ギルマス。あんた止めに来たんじゃないのかよ。
どのみちこいつはギルティ予定だったし別にいいけど。
このタイプのヤツはちょっとしたことでもつけ上がって終いには手を付けられなくなるから、ここら辺でその鼻っ柱をへし折っておくのがいいだろう。
何よりわたしが舐められたのは何かムカついたし!
さて、まずは軽い煽りから。
「いや、今のはこっちが悪かった。知能も視力も低い豚頭鬼に道を譲ることを期待するのは土台無理な話だった」
「おい……、今、なんてつった?」
「ん? 何だ、聞こえなかったのか? 赤竜の威を借る豚野郎と言ったんだ」
「クソ野郎が!!!」
よーし、食いついてきた!
激昂したジムは背負っていた大剣を抜き放つとわたしに斬りかかってくる。
うん、分かってたけど遅い。
装備の質からして冒険者ランクは精々金級の中位、ぐらいかな?
迫り来る刃を左手で受け止める。
弱い。
身体強化の魔法が発動しない程度、ごく少量のマナを手のひらに集中させて、筋力の強化と手の保護をさせてみたんだけど、この分なら必要なかったかな? ホントわたしの身体って化け物ー。
はぁ、言ってて悲しくなってくる。
強いのはいいんだよ? でもね、わたしも女の子なんだから、いくら体型がスマートでも怪力ってワードはあんまり嬉しくない。
「何だと!?」
「オイオイ、マジかよ!」
「素手で受け止めやがった……」
「誰だあいつ? 高位ランクの冒険者か?」
ジムは自分の斬撃が受け止められるとは思ってもみなかったのか驚愕に目を見張った。
野次馬になっていた冒険者たちも、小柄な少年が大人の振るった大剣を片手で受け止めるという信じられない光景にざわつく。
「クソッ、ウオオォォォオ!!!」
「フッ、こんなものか?」
決まったー!
一度はやってみたいことベスト20に入る『パワー系の相手に対してパワーでねじ伏せる』。
怪力を持ってること自体は嬉しくないけど、それを使うのは別!
あぁ、この爽快感! 驚きの視線がなんとも言えない優越感をもたらしてくれる。
「こんな小僧に!!」
「はあっ。こういうテンプレみたいな展開は、どうして忘れた頃にやって来るんだろ?」
さすがになんか飽きてきた。というかうるさい。
両手に握った大剣をどうにかして引き抜こうとするジム。
でも、それぐらいじゃあピクリとも動かないんだけどね。前衛職だから魔法は使えなかったとしても、わたしがやったみたいに、マナを直接操作した身体強化くらいは使ってくると思ったのに。
実際に、リヴァレンの町の金級ランク冒険者は、戦技は使えなくてもそういった技術を持ってるって人はたくさんいたし、彼らの方が場数を踏んでる分だけ体捌きとかにもキレがあった。
まあ、こんなところでお山の大将気取ってるヤツに実力求めるのも違うんだけど。
顔を真っ赤にして力を込めるジムのへそ辺りに空いている右手を持って行く。
さて、制裁執行の時間だね。
ジム「何だ、このガキ?」
シオン「イラッ☆」
ギルマス「!? なんか、今、悪寒がした……」




