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夢幻泡影のカレイド・マジック  作者: 匿名Xさん
第二章 ~嘆く少女のアウフヘーベン~
41/96

2-12.3と2の狭間で


 晩ご飯の恐嚇狼(ダイヤウルフ)はとっても美味しかったな~。


 サイコロステーキにした恐嚇狼(ダイヤウルフ)は野生動物特有の獣臭さが全然なくて、脂身が少なめな赤身肉は鶏肉のような淡泊な感じがした。

 鶏肉ってパサつきやすいとか聞いたんだけど、調理を担当したナターシャさんとフェルアの料理技術が高いお陰かそんなことは全然なく、むしろジューシーで子供たちが先を競ってたべていた。


 赤ワインベースの甘めのソースが肉の臭さを消して、素材の味を引き立てていたのがとても良かった。……断じてわたしの味覚が子供っぽい訳ではない。

 ちなみにワインはわたしが提供したものだ。旅の間に料理をするので、調味料はある程度揃えてある。



 そして夜。

 この世界では風呂の文化がないので、代わりに濡らしたタオルで軽く身体を拭くだけだ。しかも朝だけ!

 魔法の中には身体の垢や脂を落とすものがあるし。


 ここの辺りは川が近いので行水はするのだが、風呂となると燃料である薪を大量に使うか魔石を消費して水を温めることになるのでお金がかかる。

 そのため基本的には貴族か大金持ちぐらいしか入浴しないそうだ。


 なんて恨めしい、もというらやましい。守銭奴共め、こっちなんかしばらくの間、熱いお湯にはご無沙汰だっていうのに。

 わたしは魔法があるから風呂に入らなくても清潔でいられるんだけど、この頃はあっついお湯につかりたいと切実に思う。


 あー、足を思いっきり伸ばせるくらい広い湯船に、40℃くらいのちょっと熱めのお湯とかいいな~。

 うちの浴室小さかったんだよね。王都の高級宿屋とかならないかな?

 

 そんな訳で、子供たちは晩ご飯を食べたら、基本的に眠りやすい服に着替えてすぐに眠る。


 明かりを灯すための魔石を節約するためにも年長組やナターシャさんも早めに眠るのだが、今日は魔法薬(ポーション)を作るために起きている。

 薬草をすり潰して恐嚇狼(ダイヤウルフ)の魔石の粉と水で混ぜ、そこにナターシャさん、フェルア、マリアンヌがマナを注ぐ。


 マナを注ぐ作業に一番時間がかかるのだが、作り始めてから一時間もすれば青汁みたいな魔法薬が三十本くらいできた。

 一番多く作ったのはフェルアが31本で、次にナターシャさんの23本、マリアンヌが8本で合計62本という結構な数ができた。


 ナターシャさんがこれだけ多くの魔法薬(ポ-ション)を作れることに驚いたんだけど、元々彼女は別の大きい教会で務めていたらしく、小さい頃から魔法薬(ポーション)を作っていたそうだ。


 わたしはというと、その間に余った恐嚇狼(ダイヤウルフ)の肉でジャーキーを作っていた。

 耐熱皿に薄めに切った肉を並べ、その上に魔法で炎を浮かべて水分を飛ばす。5分くらい加熱したら反対側に裏返してというのを、肉がカリカリになるまで繰り返す。


 その数およそ恐嚇狼(ダイヤウルフ)24頭分。


 夕飯で約一頭分の肉を使ったので、余った分は保存出来るように全部ジャーキーにする。

 この作業を一時間、ひたすらに行っていた。気分はオーブンレンジだね。

 魔法がなかったらどれだけかかったんだろうと考えて、改めて魔法の便利さを思い知った。


 魔法の練習のために、マリアンヌにジャーキー生産を任せてもいいと思ったんだけど、わたしが作った高品質な魔法薬は間違いなく騒ぎになるので自重しておいた。

 薬草の品質は低いし、マナも込める量を少なくすれば大丈夫だと思うんだけど、質の悪い薬をわざと作るのって、倫理的にどうかと思うんだよね。





 ◇





 「あ~、疲れたーっ!」


 所変わって、教会にあるわたしに与えられた部屋、通称『()()()()()()』のベッドでだらけているのはフェルアだ。

 彼女は魔法薬(ポーション)作りでマナを使ったから、今はマナが減少した事による倦怠感に襲われているのだろう。なんか火魔法を喰らったスライムみたいにぐで~っとしている。


 「お疲れー」

 「本当に疲れたわ。何でシオンはそんなにマナが続くのかしら?」

 「何でだろ? わたしにも分かんないや」


 ほんと、不思議だよね。

 わたしのマナの総量は、正確には分からないんだけど一般人の何百倍とかでは済まない量がある。転成特典ってやつなのかな?

 しかも、天帝夜叉(オーガ・ロード)と戦った後で更に増えた感じがするし。


 まあ、あって困るようなものではないし嬉しいんだけどね。


 「今度は何をしてるの? 危ないことだけは止めてよね?」

 「だから、アレは事故なんだって」


 寝る前にちょっとした工作でもしようとしたら、安全に注意しろとフェルアに注意された。

 どうやら木刀の件を相当気にしてるらしい。


 「今回は大丈夫だって。試し斬りなんかしないからさ」


 今回チャレンジするのはファンタジーの定番、ルーン文字だ。

 安直!と思うなかれ。実はこれ、超難しい。


 当然ながら文字をただ刻むだけだと大した効果は出ないし、刻み方を間違えると本当にヤバい。

 『豊作』の効果を持つルーンを軽い気持ちで農具に刻んでみたら、その年の作物の収穫量が50%ダウンとかになったり、『破邪』の意味を剣込めてアンデッド退治に行ったらその剣にアンデッドが取り憑き、魔剣になってしまった!とか面倒い。ルーン文字、ツンデレか!


 まあ、例に挙げたのは最悪のパターンであって、失敗しても大抵は効果が出ないだけなんだけどね。

 成功しても効果は薄いからすっごいマイナーな文字。古本屋で買った本なんて銅貨一枚の捨て値だったよ。


 で、それを使って何をするのかというと、率直に言って金儲け。養護施設の資金源にするつもりだ。

 ルーンと聞いて真っ先に思いついたのがお守り。具体的にいえば神社で売ってるみたいなのを作る。


 用意するの材料は木の板、竹ひご?みたいなの、接着剤、魔石、以上。



 1.まずは木の板をお守りの形にカット。今回は試作品だから縦6センチ、横4センチのシンプルな長方形でいいかな? これを2つ作る。

 木材同士がしっかりと重なるようにヤスリで削ったら、四隅に竹ひごが通るくらいの小さい穴を空ける。


 2.このうち1つの表面になる方にルーン文字を刻んで、裏面になる方は真ん中辺りをヤスリで軽く削って凹みを付ける。


 3.凹みに魔石の粉末を乗せてたら、接着剤を塗って木材同士をくっつける。それだけだと剥がれたりしそうだから四隅に空けた穴に接着剤を塗って、竹ひごを差し込んだら余分なところを切り落とす。


 4.接着剤が乾いてきたらヤスリを使って形を整えて完成。


 「え? それだけ?」

 「そう、これだけ。普通の木のお守り……はどうなってるか知らないんだけど、作りやすいとは思う」


 ルーン文字を刻んだだけでは大した効果は出ない。大きい効果を出すためには材料に希少な物を使ったり、何日にも渡る儀式だったりをする必要がある。さらには失敗したら失敗したで、その時の反動も大きい。

 大きな力を得るためにはそれ以上のリスクを背負う覚悟が必要なのだ~、なんてね。


 そんな使い勝手の悪いルーン文字に代わって発達したのが魔法刻印と魔法付与だ。こっちなら術式といった形で簡単に、安定して、そこそこ高い効果を着けることが出来る。

 でも、子供には魔法刻印は出来ないと思う。わたしだって魔法が使えなかったら絶対にやらないってくらい緻密な模様を刻まないといけない。


 それに対してルーン文字は効果が薄いながらも1文字から効果が出るから作りやすい。さらに魔石の粉を入れることによって効果が高まるしね。


 「はい、これ持って」

 「うん。……ん? ちょっとひんやりするわね」


 わたしが刻んだのは『水』と『氷』のルーン。魔法で刻んだから文字は完璧な()()で、さらには効果が高めていたとしても、精々炎天下のアスファルトに打ち水をした程度の涼しさしか得ることは出来ない。


 逆に言えばそれくらいの効果の方がちょうどいい。

 ほんの些細な効果でもあるのと無いのでは全然違うし。第一、効果があるだけましだろう。


 「次はコレ」

 「昨日買ったハンドベル?」


 試しに鳴らしてみると、抽選とかでお馴染みなあの音がした。ポケットティッシュかゴミ袋を告げるあの音。3等以上が当たった所なんて見たこと無いよ。


 「次は、コレに『招福』と『癒し』、それに『安定』のルーンを刻んでみた。ならしてみるよー」

 「あっ、なんか優しい音色になった!」


 ……まったくわからない。違いなんてあったかな?

 音楽の評価なんて、いくら頑張っても限りなく2に近い3だったからなー。

 ハッキリ言ってしまうと、このハンドベルが『ド』なのか『ソ』なのかすら分かんない。断じてフェルアの反応が普通で、わたしの感性がひねくれているわけではない!


 まあ、金属製のハンドベルに刻印するのは難しいし、効果の検証のために作ってみただけだからいいか。

 これは養護施設に寄付することにしよう。


 「どうしたの?」

 「何でもない。ともかく、ルーン文字で何かを作って養護施設で売ってみたらどうかな?」

 「売れるかな?」

 「売れるよ。人間は験担ぎだったり、心の拠り所があるだけでも安心するからね」

 「そうね……」


 わたしの意見に賛同したフェルアの言葉は、どこか憂いを帯びている気がした。


シオン「なんか音楽の成績って悪いんだよね。アニソンは好きなんだけどなー?」

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