2-10.尽きない疑問
「きゃあっ!!」
先に逃げていた養護施設の子供の一人、メアリちゃんの微かな悲鳴が聞こえたのは、わたしが一角兎に群がっていた恐嚇狼を倒しきったところだった。
急いで身体強化の魔法を自分に掛け、声がした方向に最短ルートで走り出す。
低木や樹木が密集していて移動しづらい。もどかしい気持ちを抱きながらも藪の中を進んでいく。
――いた!
身体強化で上昇した視力が、遠くに見えるナターシャさんたち養護施設のみんなを捉えた。
そして、彼女たちの他にも三頭の恐嚇狼がいる。
倒した20匹以外にも他の恐嚇狼がいる可能性を考えておくべきだった。
「コイツらっ!」
「うわあっ!」
恐嚇狼たちはナターシャさんたちに襲いかかっているところだった。
それを冒険者組の二人が相手をして何とか抑えていた。
ポールは槍を使って噛み付きを防ぎながらもう一頭の牽制もしていて、ニールは飛びかかってくるのを必死になって避けている。
二人は攻撃よりも防御することを優先し、怪我をしないように立ち回っているが、恐嚇狼の方が力も強いし何より素早いのでかなりきつそうだった。
恐嚇狼たちの方は攻めきれないことに苛立っているのか、段々と攻撃が荒っぽくなってきている。
「しまった!」
ニールを攻撃していた内の一頭が、彼の隙をついて子供たちの方に向かった。
わたしが魔法を使おうにもメアリちゃんと恐嚇狼の距離が近すぎて危ないし、物理攻撃を仕掛けるには距離が遠い。
ヤバい、間に合わない!
「『――疾風槍』
恐嚇狼の牙が子供たちに触れようとしたところで、横から魔法が放たれた。フェルアの魔法だ。
圧縮された空気の槍は、メアリちゃんに飛びかかっていた恐嚇狼の胴体を貫通し、その息の根を止めた。
しかし、恐嚇狼が倒されたことで、他の二頭はフェルアのことを敵と認識したのか、ポールたちから標的を変え襲いかかろうと駆け出した。
でも、それだけの時間があればわたしが間に入れる。
その時、恐嚇狼の動きが止まった。
フェルアの方を見た恐嚇狼たちは、臨戦態勢だったにも関わらず急に怯えだす。まるで、この場から一刻も早く逃げなければならないという強迫観念に囚われているようだ。
このまま逃がすのは孤児院の子供たちにとって危険なので、わたしは刀を振るい、二頭の恐嚇狼の首を切り裂いた。
その攻撃が致命傷となり、しばらく荒い呼吸を繰り返していた二頭の恐嚇狼たちだったが、やがて眠るようにその生命活動を停止させた。
これでひとまずは安心だろう。
それにしても、首を刎ねたり内臓が飛び出ないように気を使って倒したんだけど、結構血みどろな感じになってしまった。
「すごい! シオンお兄ちゃん!」
「かっこいい!」
「ありがとう、シオンさん」
子供たちがたくましい。
この惨状を気にすることなく、恐嚇狼を倒したわたしに屈託のない賞賛の言葉を投げかけてくる。ナターシャさんからもお礼の言葉をもらった。
それはともかく、今回は間に合ってよかったよ。
魔物に襲われて怪我なんてしたら、冒険者の二人はともかく子供たちはPTSDにでもなりかねないしね。
でも、なんで草食系の魔物が少数しか生息しない森に、これだけ多くの肉食系の魔物の恐嚇狼がいたんだろ?
スタンピード?
いや、それはないか。
アンガルの町に防壁がないことから分かるように、もともとこの辺りには魔物が少ないし、大して強い奴もいないはずだ。スタンピードの前兆の可能性は低い。
それに、恐嚇狼の群れも約二十頭と数も多いし、痩せてなくて健康状態も良かったことから恐嚇狼同士、もしくは他の魔物との縄張り争いに負けてここまで来たとも考えにくい。
原因は何だろう?
気になるのはそれだけではない。
逃げ出そうとした恐嚇狼を倒した時、一瞬フェルアとすれ違った時に彼女の顔を見たのだが、何か違和感があった気がした。
それに、知能の低い魔物が人間の顔を見ただけで自分から逃げ出すなんて普通あり得ない。
恐らく彼女が何かしたんだろうけど――
「どうしたの? シオンお兄ちゃん?」
「うん? ああ、なんでもないよ」
考えにふけっていたら、いつの間にか足にメアリちゃんが抱きついていた。
魔物に襲われたのが怖かったのか、不安そうな顔をしている。
「まだ魔物がいるかもしれないから、急いで教会に戻ろうか」
わたしはメアリちゃんの頭を撫でながらみんなに号令を掛けた。
教会への帰り道は魔物に会うことなくスムーズに帰ることができたが、わたしの胸の中にあるモヤモヤは消えることはなかった。
◇
今日の森の散策は早めに切り上げたので、今の時刻は午前十時頃。
教会に戻ってみるとシリウスと子供たちが、教会の庭に生えている一本の木の下で眠っていた。
青空をバックにして木陰で犬……狼に寄り添って眠る数人の子供たち。
サーッと柔らかな風が草原を駆け抜け、そこにある草と木漏れ日が差す子供たちの髪の毛を揺らす。
ゆったりと、穏やかに流れていく昼間のひととき。
あ~、和む。
テレビのCMでゴールデンレトリーバーと戯れる子供みたいなのをよく見るけど、現実で見るとすっごい癒やされるわ~。
わたしもあのモフモフの中に飛び込みたい!
「あれ? 早かったですね、院長先生。どうかしたんですか?」
「森に魔物が現れたのよ」
「魔物ならたまに出るじゃないの」
「それが恐嚇狼だったんだ」
「大変じゃない!」
「それで、子供たちは大丈夫ですか?」
「ええ、魔物はシオンさんが倒してくれたわ」
院長のナターシャさんとクリスたちがさっきの戦闘についての話をしている。
教会のすぐ裏まで森は続いているので、やはり不安なのだろう。
それに、薬草や木の実が採れなくなったらここの運営にも関わる。
「ナターシャさん、私はシリウスと森を見てきます。シリウス、ちょっと付いてきてくれるか?」
「ヴァン!」
「お願いします」
「シオンさん、よろしくね」
「ええ、任せてください。少し時間がかかるので、昼食は子供たちと食べていただいて結構です」
シリウスに手伝ってもらえば何か分かるかもしれない。
さて、森の様子をざっと見てみることにしよう。
◇
わたしはシリウスを伴って再び森の中に入った。
やはり、どう見ても魔物の少ない普通の森にしか見えない。
鬱蒼と木々が立ちこめる森どこか怪しい毛雰囲気を纏っているようにも見え、時折聞こえてくる鳥類の声が一層不気味さをかき立てる。
だが、実際は草食系の魔物の餌となる草や木の実は豊富にあるし、これといってヘンな所はない。
小さい森なので三時間もすればあらかた捜索し終えてしまった。
「シリウス、魔物はいる?」
「クゥ~ン……」
教会に面している森の反対側――最後のポイントシリウスに問い掛けてみるも、彼女は首を左右に振った。
やっぱり、ここにもいないか。
かなりの範囲を見て回ったのに草食系の魔物の姿をほとんど見なかった。恐嚇狼が食べてしまったのだろうか?
この間に、さっき倒した恐嚇狼はすべてマジック・バックに収納した。血やその臭いは魔法で完全に消しておいたので、新しく肉食系の魔物が集まる心配はないだろう。
結局、これといった異常は見当たず収穫はなかった。
収穫といえば、捜索の途中でさっきはあまり採集できなかった薬草や木の実をたくさん取ったことぐらいだ。
もちろん、本を見て確認してあるので毒草は取っていない……はず!
倒した恐嚇狼も食べれるので、今のうちに捌いておいて帰ったら夕御飯に使ってもらおう。
余った物は干し肉にでもすれば保存食になるだろうしね。
◇
教会に戻ったわたしとシリウスは遅めの昼食を取った。
庭では子供たちが元気に遊んでいて、食堂にも賑やかな声が聞こえてくる。
そして、食後のティータイムと洒落込んでいるわたしの膝ではメアリちゃんが静かに寝息を立てていた。恐嚇狼に襲われた後だし、精神的に疲れたのだろう。
森から帰ってきた時に一番この子が一番に出迎えてくれて、懐かれたのか、それからはお昼を食べている間はずっとわたしの隣にいた。
メアリちゃんの髪を撫でながら、ナターシャさんに森の様子について詳細を伝える。
「――じゃあ、森には他に危ない魔物はいなかったのね?」
「はい、もともとこの辺りには危険な魔物はいないので大丈夫でしょう」
「よかったわ」
蒸らしていたハーブティーをナターシャさんがティーカップカップに注いだ。
テーブルの上に置かれたわたしとナターシャさんの二つのティーカップから湯気が立ち上り、ハーブの爽やかな芳香が部屋いっぱいに広がる。
ハーブはこの教会で育てたもので、乾燥させてお茶として飲んだり売っているらしい。
「話が変わるのですが、フェルアは一体何者ですか?」
「何者って?」
「恐嚇狼を倒した魔法はかなり高位の魔法でした。それも詠唱を省略して。エルフだからと言ってあそこまで魔法を使いこなせる人は少ないでしょう」
それに、恐嚇狼を追い払ったときのフェルアの顔。
あのときの顔はなんて言ったらいいのか――とても悲しそうな顔だったように思えた。
ナターシャさんがカップを手に取り、ハーブティーを一口飲む。
そして、淡々と語り始めた。
「あの子はね、この養護施設の子じゃないの」
シオン「次回! 『フェルアの過去。呻れ!怒りの疾風槍<ゲイル・ランス>』でお送りするよ」
フェルア「そんな話じゃないわよ!?」




