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夢幻泡影のカレイド・マジック  作者: 匿名Xさん
第二章 ~嘆く少女のアウフヘーベン~
30/96

2-1.プロローグ〈だから私は目を閉じる〉



 耳を塞ごう

 誰かの罵声が聞こえないように


 口を噤もう

 自分の嗚咽が漏れないように――



 誰かのためにしたことが、自分のためとは限らない。


 その時は無我夢中だった。

 結果なんて考える余裕すらなかった。


 1番初めは親友だった。

 2番目は親だった。

 最終的には皆が言った。


 『化け物』と――


 その一言で十分だった。


 小さかった私は、自分が間違えたことにようやく気付いた。


 敵意の視線。怨嗟の言葉。

 それらを背に受け私は逃げた。


 きっと彼らは間違っていない。

 きっと私は違ってる。


 正しいのは周囲。

 異なるのは私。


 誰も私を理解できない。

 受け入れられることは叶わない。




 耳を塞ごう

 誰かの罵声が聞こえないように


 口を噤もう

 自分の嗚咽が漏れないように


 瞳に映る嫌悪の視線

 この世は見たくないもので溢れていた――











 ――だから私は、目を閉じる






 ◇






 リヴァレンの町を出て二週間。


 わたしたちは開催が近いオークションに出るため、そして、スタンピードの報償を受け取るために王都へ向けて旅をしている。


本気を出せば五日の行程なのだが、観光……というより旅をかねて徒歩でゆっくりと向かっている。

 

 異世界だけあって、ここらの景色はすっごい綺麗なんだよね。

 人工物なんて全くない草原と、遠くに見える緑豊かな山々。澄み渡る青空に、排気ガスなんてこれっぽっちも含んでいない、澄んだ美味しい空気。


 景色がいいから昼ご飯がとっっても美味しい!



 この世界で目覚めてから一ヶ月とちょっと。


 いろいろあったな~。


 従魔のシリウスが仲間になったり、スタンピードに巻き込まれたり、天帝夜叉(オーガ・ロード)と死闘を演じたり。


 あの後、かなり魔法の練習をしたから、高威力の魔法でもイメージから発動までのタイムラグを大きく減らすことができた。

 数十秒かかっていた時間は数秒程度にまで縮み、いくつかの魔法なら実践でも十分使えるレベルだ。


 それでも天帝夜叉クラスとなると少し心細いので、毎日練習している。


 そして、腰に差した一本の刀。

 天帝夜叉の使っていた刀にも大分慣れてきた。


 無銘だったので、わたしが『黒夜叉丸』って名前をつけてみた。

 

 どんな名前にするかなんて1時間ぐらい悩んだし、付けた後は試し切りで100匹くらいは魔物をかったね。

 いやー、刀って中二心をこんなにも刺激するとは思わなかったよ。


 その甲斐あってか、以前までは技の収束が甘かった、戦技『薙雲(なぐも)』と、無駄にマナを消費していた、戦技『神威(カムイ)』は、今ではかなり上達した。


 他にも、オリジナル魔法や、オリジナル戦技なんかを考えてみた。


 魔法の発動時間短縮が進んでいないのは、断じてこのせいではない。


 そう!これは大切なこと。

 かっこ……強い魔法を開発することによって、戦いを有利にするためには必要なことなのだ!



 

 ◇




「グァン!」

「町だね、今日はあそこで宿を探そうか?」


 日が暮れ始めた頃、王都に一番近い、と言っても馬車で三日はかかるのだが、アンガルという町に着いた。

 この周辺にはあまり魔物が出ないためか町に壁はなく、門番はギルドカードを見せたらすんなり入れた。


 建物の多くは石でできていることと、道のほとんどが石畳になっていることから、どことなくヨーロッパの町並みのような雰囲気を感じる。


 この町は近くに大きな川が流れていることから、それを利用した交易によって発展したらしい。


 そのため、この辺りでは見かけないものを売っている店も多く、町の中をぶらつきたいところなのだが、時間をかけすぎると夜になってしまうので急いで宿を探すことにした。


 大通りをしばらく歩くと宿屋が見えてきた。


 路地裏にある安宿なんかだと防犯設備が整っていないところが多いため、通りに面している宿を取るように心がけている。

 こういった所は宿泊代は高くつくがその分良質な店が多いため、わたしが宿を取る時の基準の一つにしている。


 扉を開けると食堂で騒ぐ男たちの声が聞こえてくる。

 どのテーブルも埋まっていて大盛況だ。


「すまない、部屋を取りたいのだが?」

 

 受付に行き、泊まりたい旨を告げた。


「申し訳ありません。本日は満室となっております」

 

 確かに人が多いからなー、たまにはこういうこともあるだろう。

 他をあたってみるかな。



 次の宿は通りの向かい側の、少し離れたところにある。


 扉をかけてみると、また喧噪が聞こえてきた。


「部屋は残っているか?」

「先程部屋が埋まってしまいました。申し訳ありません」


 ここもか。


 大通りに面しているから、どこも繁盛しているのだろう。


 次!


「当店は満室となっております。つきましては――」


 はい、他!


「すまねぇな、さっきのやつで――」


 もういっちょ!


 「生憎――」


 ここなら――


「――すみません」


 ぜ、全滅だと!?


 どうやらこの時期は、王都で開かれるオークションのために大量の商品が運び込まれるらしい。

 オークションの期間は平行して祭りが行われ、その後の王国会議でも貴族の家臣など多くの人が集まるため、商人や旅人、さらには冒険者たちも王都へと足を運ぶ。


 そのせいで、どの宿も満員になっているそうだ。


 不覚!


 一応、野営の準備はあるので最悪町の外で野宿をすればいいのだが、折角町に立ち寄ったのでベッドで眠りたい。


 冒険者ギルドでも泊まれるんだけど、ここ支部は小さいからな~。

 建物が小さいところだと二人部屋や四人部屋しかなくて、なんか落ち着かないんだよね。


「あの、教会に行ってみては如何でしょうか?」

「教会?」

「はい。もしかするとそこなら泊めていただけるかもしれません」


 困っていた私を見かねてか、受付の人がそう提案してくれた。

 もう日が暮れてしまったし他に選択肢は無さそうだ。


 わたしはお礼を言ってこの宿を出た。







 ◇





 教えてもらった教会は町の外れにある。


 しばらく歩いていると建物が少なくなっていき、町の外に出そうになったところでようやく目的の教会が見えてきた。っていうかほとんど町の外だし。


 結構遠いな。


 完全に日が落ちてしまっていて、今の時刻は夜の八時頃だ。


 ちなみにこの世界には時計がある。

 魔石を燃料とした懐中時計が売られていて、一般市民には高めな値段設定なのだが、どの町も鐘を鳴らすことによって、朝五時から夕方七時までは1時間刻みでなら時間が分かる。


 わたしは懐中時計持っているから関係ないんだけどね。


 とりあえず、敷地を示すための腰ほどの高さの柵まで近寄ってみんだけど……。


 平屋の古びた教会は所々修繕の跡があって、中に明かりが見えるのに、いや、見えるからこそ怪しい雰囲気がある。

 玄関のポーチライト代わりのランプなんて、古いからかなのか照らしている範囲が狭く、いかにも出ますって感じ。

 さらに、すぐ後ろにある森のせいで建物に陰がかかっていて、よけいにホラーテイストが増している。


 教会じゃなくて、教会をコンセプトにしたお化け屋敷じゃない?


 ……もう野宿でもいいかな?


 よし、野宿にするか!


 そう思って踵を返したところ、キイィィッ、っと音を立てて教会の扉が開いた。


 ザワザワと木立が揺れ、頬を生暖かい風が撫でる。


 心臓が早鐘のようにうるさく鳴り響くき、いつの間にか手のひらには手汗をびっしりとかいていた。


 首が錆び付いたように動かない。


 生唾を飲み込むとその音がやけに大きく聞こえた。


 嫌な予感がとてもするのだが、後ろを見なければいけないという謎の強迫観念に囚われる。


 身体ごと動かし、恐る恐る振り返ってみるとそこには――



















 ――白い布を纏った幽霊がポーチライトの下に立ってこちらを見ていた。



「(いやゃゃゃぁーーーーーーーー)っ!!!!!」


 心の中に声を押しとどめたわたしを褒めてやりたい。


 まてマテ待て!? 落ち着くんだ!

 だ、だいいちぃぃい、こっ、ここはファンタジー世界なんだから、浮遊霊(ゴースト)骸骨霊(スケルトン)なんて魔物の一匹や二匹いるはずぅぅっ!


 大丈夫! 実態のない魔物でも、魔法攻撃なら有効なはずだ!

 そう! この時のためにわたしは魔法を練習してきたに違いない!


 先手必勝――


「誰かそこにいるの?」


 えっ?


 魔法による先制攻撃を仕掛けようと思ったら声が聞こえた。


 幽霊がしゃべった?

 いや、よく見たら幽霊だと思ったのは女性で、白い布も修道服だった。


 驚かさないでよ。心臓止まるかと思ったじゃん。

 よかった~、お化けじゃなくて。


 危うくこの人を殺しちゃうところだったよ。


 安心したせいか、その場にへたり込んでしまった。


「大丈夫?」

「はい、いきなり扉が開いたのでちょっと驚いてしまって」


 心配した女性がこちらに歩いてきた。

 彼女に手を借してもらいながら、わたしは立ち上がりつつ返事をする。


 女性の歳は七十くらいで背格好は小柄だ。

 白い修道服から覗く顔や手は皺が刻まれているが、腰は曲がっていないのでしっかりした印象を受ける。


 顔も綺麗だし、若い頃は美人できっとモテたと思うな。


「ひょっとしてお客さんなのかしら?」

「えっ? ええ、どこの宿も空いていなくて泊めてもらえたらと。無理にとは言いませんが……」


 言えない! お化けが出そうだから泊まりたくなくて、野宿しようかと考えてたなんて失礼なこと言える訳がない!

 人からの好意を無下にできない日本人の性が裏目に出た!


「それは子供たちも喜ぶわ。どうぞ上がって下さい」


 はい、確定で泊まることになりました。

 こんなことならベッドで寝るのは諦めて、宿を出たらさっさと野宿しとけばよかった。


 ん? 子供?

 孤児院みたいなこともしてるのかな?


「ここは養護施設も兼ねているのですか?」

「そうよ、今では五歳から十八歳の子供が十七人いるわ」

「それは大変ですね。財源の方は大丈夫なんですか?」

「寄付や国からの支援金だけでは足りないの。だから裏の森で取ってきた薬草を使った魔法薬(ポーション)の販売などで生計を立てているわ」


 ここでは貧困で育てられなくなった子供や、先祖返り――人族同士の間から生まれた先祖の獣人の特徴である持つ耳や尻尾を持ち、そのために捨てられてしまった子供たちを引き取っているらしい。


 確かに、それだけ多くの子供たちを養っているのなら、建物を建て直すだけの資金を用意することもできず、生活は苦しいだろう。


 でも良かったー。免罪符とか売ってるなんて言われたらどうしようかと思った。


 偏見なんだけど、宗教って言葉を聞くとどうも悪徳商法の魁って感じがするんだよ。

 ラノベの読みすぎだね。


 それにしても、この人としゃべるのが楽だ。


 町とかギルドでは舐められないように男口調だったけど、今は声色こそ男性のものに聞こえるよう魔法で変えているのだが、敬語で普通にしゃべっていても問題ない。

 こちとら五年間くらい陰キャで通してきたんだ! 流れるように標準語が出てくるぜ!


「こいつも入れてやってもいいですか?」

「構わないわよ。そう言えば自己紹介がまだだったわね、私はここの管理人をしているナターシャよ」

「シオンといいます」


 ナターシャさんと話している間に玄関に着いた。

 近くで見るとドアの塗装も剥がれていて、よけいに古びて見える。


 ナターシャさんが吊してあるランプを消した。

 どうやら彼女は明かりを消すために出てきたみたいだ。


「ようこそ、セトリル教会へ」


 わたしは彼女に導かれるままに教会へと入った。



シオン「ブルブル……(お化け出そう。コワイ……)」

ナターシャ「どうかしました?」

シオン「ひゃい! 何でもありません」

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