1-24.エピローグ『斯くて血染めの夜叉は月に嗤う』
「ぐっ……」
全身が痛い。
両手で発動させていた戦技、『神威』もこれ以上持続させられず、空気に溶けるように消失した。
思わず膝をつき、喉の奥から込み上げてくる物を吐き出す。
傷口からの出血と吐血によって、足元の地面は真っ赤になっている。正直、生きていられるのが不思議なくらいだ。
「グアン!」
「ありがとう、シリウス」
シリウスは動くのもつらいはずなのに、魔法薬の入ったポーチを咥えて持ってきてくれた。
お礼を言ってその中から体力回復用の魔法薬とマナ回復用の魔法薬を取り出す。
口の中に含むとレモンジュースみたいな仄かな酸味と甘味、それを引き立てる苦みが味蕾を刺激する。
傷口は塞がり、マナの欠乏による頭痛と出血による倦怠感は少しではあるが和らいだ。
わたしが自作したからか非常に効果も高く、味も悪くはない。
「キ、サマ……」
大分気分が良くなってきた頃、天帝夜叉が声を発した。
凄まじい生命力だ。
その証拠に致命傷であるはずの脇腹の傷は塞がり始めている。
それでも、もう長くはないだろう。
筋肉は歪に癒着しているけど大半が未だ断裂し、ズタズタになったまま。
傷口からは血が止め処無く流れ出ていて地面を真っ赤に染め上げている。
多分、持って後数分と言った所だ。
わたしは天帝夜叉の元へと近づく。
「名ヲ、何ト言ウ? 冥土ノ、土産ニ、教エテ欲シイ」
「佐藤 愛。今はシオン」
「シオン、カ……グフッ。シオン、ソコニアル刀ヲ使エ、貴様ノ得物ハ折レタダロウ。ソレト、我ノ角ヲ武器ニ加工シロ、イイモノガ出来ル筈ダ」
血を吐きながらも必死で言葉を紡ぐ天帝夜叉。
「最初からそのつもりだったんだね」
「……」
「自分よりも強い奴と戦いたかった」
「……」
「そして、戦いの中で死にたかったんじゃないの?」
「……我は元々、矮小で薄汚い小鬼だった――」
天帝夜叉の声が急に流暢なものとなる。
そして、脳裏に広がる森の景色。
これは恐らく天帝夜叉の記憶。残り少ないマナと命を削ってこの光景を見せているのだろう。
「粗末な木の棒を振るい、自分よりも格下の魔物を殺しては喰らっていた」
兎系の魔物や小さな粘性魔物を狩る小鬼の姿。
「幸いにも人間や強力な魔物には遭遇せず、豚頭鬼、大鬼へと進化を重ねていった」
進化に伴って強い魔物にも挑むようになっていき、持っていた木の棒は天帝夜叉自身のマナと倒した敵の血と肉を取り込んでいく。
しばらくすると、その形状も棍棒のような形へと変化した。
欠けたり、曲がったり、時に折れたりしながらも使い続けられたそれは、今の天帝夜叉の姿へと進化した際には漆黒の刀へと変貌した。
「何度も死にかけた。それでも戦った。本能のまま、血を求め続けた」
名前も知らない、見たこともない魔物、多分、戦災級や禍災級であろう魔物と戦う天帝夜叉。
爪や牙、尻尾に角と言った攻撃や、毒や酸、魔法など天帝夜叉の回復力を持ってしてでも癒えない傷が刻まれていく。
それらはいつしか古傷となり、倒した高レベルの魔物は総じて天帝夜叉と刀の糧になった。
「我はこの森でも五本の指に入る存在となった。他の魔物に出会えばそいつは跪き、地べたに頭を擦り付け慈悲を請うた」
天帝夜叉は黎明の森の全ての亜人系魔物を統率する存在になった。
「そしていつしか、我はこのままでいいのかと思うようになる」
戦うことは少なくなり、せっかくの戦いでも本気を出すまでもなく終わる。
ひどくつまらない毎日。
素振りしかすることのない日々だ。
それはまるで、無情にも流れていく時間の中で、天帝夜叉の存在だけが停滞しているよう見える。
いや、これは――
「「――そう、死だ」」
機械的に食事を口に運び、夜になったら眠る。
惰性に生き、時間の流れに身を任せるのみ。
その先に待ち受けているものは緩やかな死。
心の死だ。
「だから我は剣を取り、人間を襲うことを決意した!」
生きるために、死ぬ決意をした。
「相反する衝動がもたらすままに、魔物の大群を率いた!!」
人を襲えば町が動く、町が沈めば国も動く、国が滅びれば強い者がやって来るだろう。
「いや、違うな。我は何かを残したかったのかもしれない。この世界に、我が生きた証を刻みたかったのかもしれない」
それだけの混乱を起こせば、人間たちの間では天帝夜叉の名前が広がり、長い間語り継がれるはずだ。
こいつは生きるために死に、死ぬことによって生きた証を残そうとした。
「だが、その計画も一歩目で潰えた。いや、目的は果たされたと言うべきか」
「最後は不意打ちみたいな真似をしてごめんね」
「何を言う。自然の真理は弱肉強食。正々堂々戦おうが汚い手を使おうが、勝者だけが生き残り、敗者はたダ、屍ヲ、晒ス……ノミ」
天帝夜叉の見せていた光景は無くなり、消え入りそうな言葉が響く。
もうあまり時間は無いのだろう。天帝夜叉の身体は末端から塵のように消え始めている。
天帝夜叉の記憶を覗いてみて、それがある光景と重なって見えた。
放課になっても教室の自分の席から一歩も動かず、本を読んでいるわたし。
生きることをどうでもいいと半ば切り捨てたような私と、生きるために自らを切り捨てた天帝夜叉。比べるのも烏滸がましいだろう。
もしかしたら、わたしには天帝夜叉の考えなんて1ミリも理解できていないかもしれない。
それでも、天帝夜叉が自身の生に賭けた想いは輝かしいもののように思えた。同時に、自分の命を投げ打ってまで目標を達成しようとする生き方に憧れた。
周囲はいつの間にか暗くなっており、一番星が顔をのぞかせている。
「嗤ウガ、イイ。愚カナ、魔物ノ、最期、ヲ」
「あなたは強かったよ」
「フッ、嬉シイナ。褒メテ、クレルノ、カ?」
「ああ、そうさ――」
その傍らに突き刺さった漆黒の刀を手に取り、掲げてみせる。
華奢な姿からは想像できないような重量だ。
謂わば、天帝夜叉の半身とも呼べる代物。
「約束しよう。わたしは最強の冒険者になってこの刀を振るい、あなたが生きていたことを証明すると」
その瞬間、わたしの魔力を吸った刀身には、精緻な銀色の紋様が刻まれる。
「ハハ、ハハハ! ソウカ!! 我ノ、生キタ証ヲ、残シテ、クレル、カ……」
星空に向かい哄笑する天帝夜叉。
その目にはうっすらと光るものが滲んでいた。
口の端から血が流れることも厭わず、全身が消滅し続けている状況でも笑い続けていた。
「……」
風が流れた。
地面には天帝夜叉の心臓のように赤く脈動する魔石と白く輝く角が残っている。
彼の最後の一言は言葉になっていなかった。
それでもわたしには聞こえた。
――ありがとう
彼は戦いに生を見いだし、命尽きるまでその魂を燃やし続けた。
夜空に昇った月があたりを照らす。
その顔には穏やかな笑みが浮かび、どこか満足げで、そして――
――とても嬉しそうな表情をしていた。
◇
あれから一週間が経つ。
この間、何をしていたかって?
ほとんど寝てたよ!
ギルマスや残っていた何人かの冒険者たちは話したそうだったけど、あの時のわたしはそれどころじゃなかった。
天帝夜叉の残した魔石と角を回収したら、途切れそうになる意識を必死で繋ぎ止めて、急いで宿屋の部屋に戻って鍵を閉めた。その日はベッドに入ることもできずに視界は暗転した。
次の日起きたら指一本動かせないほどの筋肉痛。
マナを使いすぎた反動で碌に魔法は使えないし、酷い熱が出て食事もままならなかった。
そんなわたしを介抱してくれたのは、他ならぬシリウスだ。
食材用の予備のマジック・バックからリンゴを取り出し、影の刃で綺麗に皮をむいてすり下ろし、影を手の形にしてスプーンを操り甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
そんでもってベッドに移動させ、トントン付きの添い寝まで。幼稚園の時に熱を出し、お母さんに世話をしてもらった事を思い出したよ。
そんな生活を四日も送ると、やっと身体が普通に動かせるようになった。
それでも錆び付いたような固まった筋肉は、動かす度にピリリとした痛みを伝えてくる。
指はうまく使えないのでシリウスに、あーんをしてもらった。
疲労感がなかなか抜けてくれないので、食後には魔法薬を飲むことにしてさらに二日。日常生活には支障が無い程度には回復した。
そして今日、実に七日ぶりの出勤。わたしはギルドへと足を運んでいた。
さて、依頼は何を受けようかな?
体調は万全とは行かないし、比較的簡単な依頼に――
「おう! 久しぶりだな、シオン! ギルマスが呼んでるぜ!」
……出鼻をくじかれた。
それになんか聞いたようなフレーズ。
クエストボードに向かおうとしたら、ガルさんに呼び止められた。
そういえば戦いの後に何にも話してなかったっけ。あんなことをした相手から事情聴取するのは当たり前か。
その後がどうなったかも知りたいし、おとなしくギルマスの部屋に行くことにする。今回はガルさんの同伴だ。
部屋に入ると応接用のテーブルにギルマスが座っていた。
なんか、めっちゃ疲れてない?
目の隈がくっきりとしていて、元々老け顔だったのにさらに老けて見える。
「大丈夫? ギルマス」
「あまり大丈夫ではないのう。わしはこの町の領主も兼任しておる。連日報告書を書き上げていて、昨夜にやっと終わったところじゃ」
ご愁傷さまです。
お疲れモードのギルマスの隣にガルさんが座り、その向かいにはわたしが座った。
わたしの座ったソファーは入ってきた扉から遠い方、つまり、上座に当たる。
悪い話ではないんだろうけど、一体何を話すんだろう?
ちなみにシリウスは足元にいて、興味がないとばかりに欠伸をしている。
この部屋日当たり良くてあったかいもんね~。わたしにとってはちょっと暑かったのでフードを降ろした。
「お主、もう姿を隠さんで良いのか?」
「姿を隠してたのは面倒ごとを避けるため。できればこのまま普通に暮らしたいよ」
「そうじゃったのか。わしなんか初めてお前さんを見た時、魔王か何かが人間を滅ぼす為の偵察に来たと思ったわい」
「人をなんだと思ってるの……。そう言えばガルさんはわたしに気付いてたよね、変装はバッチリだったのになんで?」
ギルマスの失礼な返答に苦言を呈して、ふと、疑問に思ったことを聞いてみる。
「あん? そりゃぁ声は男のモンだったけどよぉ、体臭が女のだったからな」
「えぇ~……変態?」
「おい! 変態呼ばわりはねぇだろ! こちとら嫁さんだっている!」
「うそ! マジで!?」
「ガルの嫁なら『ガルダの塒』という宿の女将じゃ」
それ! わたしが泊まっている宿なんですけど!
「……攫ったの?」
「大概失礼な奴だなお前……。若い頃、と言っても十数年前か? 依頼でエルフの住む森に行った時に魔物に襲われていたあいつを助けたら懐かれたんだよ」
「もうそんなになるか。森に軍隊蜘蛛という魔物が大量に発生してのう――」
エルフの集落に行くと住民が襲われていて、10歳くらいのエルフが、今まさにとどめを刺されようとしていた。そこををガルさんが身を挺して護ったそうだ。
依頼が完了してリヴァレンの町に戻って数年、スタンピードで怪我をしたガルさんの元に成長した少女が現れた。
それはそれはお熱い求婚だったらしく、屈したガルさんは結婚したそうだ。
「ふ~ん、隅に置けないねぇ~」
「うるせえ、これでも幸せな生活送ってるんだよ」
おーおー、ラブラブだねぇ。
「ガルの惚気はこのくらいにしておいて――」
「惚気てねぇ!」
「分かった分かった。シオン、まず先に礼を言おう。先週のスタンピード防衛戦での活躍、並びに天帝夜叉の討伐、お主は今回の戦いに多大なる貢献をしてくれた」
「俺たちだけなら天帝夜叉一体に全滅。しかも、町の住民まで危なかった。ありがとな、シオン」
いや~、これだけ褒めちぎられると頑張った甲斐があったね。
あの苦労が報われるようだよ。筋肉痛は少し残ってるけど。
「これだけの功績はオリハルコン級冒険者でも不可能じゃ。あの場にいたアダマンタイト級冒険者二人とわしとの三人で推薦状を書いた。王都の冒険者ギルド本部でそれを提示すればアダマンタイト級冒険者と正式に認められる」
そう言って卒業証書入れみたいな三つの筒を渡された。
よっし!
アダマンタイト級冒険者と言えば準貴族並の権力が持てる。具体的に言うと国に仕える上級騎士や準男爵相当。
「お前の実力だったらすぐにでもオリハルコン級冒険者になれるぜ」
「儂もそう思うておる。さらに、王国の危機を未然に防いだことが評価され、国王陛下から感謝状と白金貨十枚が下賜されることとなった」
100・億・円!
太っ腹だね、国王様!
「準備やその他諸々の用意があるので謁見は二ヶ月後、国主催のオークション後の王国会議で行う。この会議では他の者の表彰などもあり、国中の貴族が集まる。儂も参加する予定じゃ」
なんかハードスケジュールになりそうだなぁ。そういった作法って全く知らないし。
卒業式では右手の上に左手を乗せましょうレベルの知識しか無い。
「謁見ってどうするの?」
「それについては心配ない。最低限のマナーは必要じゃが、国王陛下も冒険者をしておったから、謁見直前に控え室で言われるであろうことを聞いていれば良い」
うん、下の者の気持ちが分かると言う点は好評価かな。
「変装し行ってもいいかな?」
「あまり良くないんじゃが、お主はこの町を、ひいては国を救ってくれた。国王の暗殺とかはせんじゃろう。それに、お主の変装なぞ近衛兵では見切れるはずもない」
よし、言質は取った。
わたしだってお洒落はしたいけど、もしもの時は心置きなく変装して行ける。
「わたしの変装に期待しててね」
「いや、そんなものに期待しろと言われても……」
微妙な顔をするギルマス。
まあ、この話はここまでにしておこう。
「そういえばさ、腕のいい鍛治師って知らない?」
「武器なら天帝夜叉の使ってたヤツがあるだろ?」
「もう一本剣を作って貰いたいんだ。天帝夜叉が死に際に自分の角ならいい武器が作れるってさ」
「それなら土妖精族の里に行くと良い。場所は王都の北西の山の向こうじゃ。お前さんなら山越えも簡単じゃろ」
そのあと、幾つか世間話をしてお開きとなった。
王都に出発するのは数日後だ。
それまでに旅の準備をしないとね。
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