1-20.『それは開幕の序章に過ぎず』
「「「『火炎槍!』」」」
「「「『水流刃!』」」」
「「「『烈風刃!』」」」」
最終的に詠唱を成功させたのは10数人くらいだった。
それでも、魔法は単純な物理攻撃の何倍、何十倍の威力と攻撃範囲がある。スタンピードでは大量の魔物が出現するので、戦いを有利に進めるために少しでも多く倒しておきたいところだ。
色とりどりの魔法が町へと殺到する魔物の群れに吸い込まれていき、その波は魔物たちの身体を焔やし、切り裂き、穿っていった。
そこに弓や弩砲などの遠隔攻撃も合わさり、群れの先頭にいた魔物たちが次々に倒れる。
魔物同士が密集していたこともあって、かなりの数が今の攻撃で倒れる。
よし、全員が魔法を打ち終わった。
遠距離攻撃の部隊が後退し、武器を持った冒険者たちが前に出ようとしたところでわたしも魔法を使う。
「『真空断』」
風が凪ぐ。
音が消える。
一瞬の沈黙が場を支配した。
直後、空間を無理矢理引き裂いたかのような鈍い音が響き渡る。不可視の斬撃が魔物たちの列に無数の線を刻み込み、その身体を細断した。
霧状になった血液が赤い靄となって空気中を漂い、しばらくすると地面には血だまりだけが残るだけとなった。おそらく、攻撃を受けた魔物たちは痛みどころか自分が死んだことすら認識できなかっただろう。
……自分でやっといてなんだけどエグい魔法だ。
目の前の光景に唖然とする冒険者たち。
でも、わたしが使う魔法はもう一つある。
「『大地の騎士』」
そう一言呟くとあちこちの地面がみるみるうちに盛り上がり、数秒の後100体の騎士の姿を形作る。
体長180センチほどの屈強な騎士たちは土からできた身体と剣や槍、戦鎚といった武器を持ち、魔物の大群へと向かっていく。
低級の魔物の攻撃は大地の騎士には全く効果がない様子で、逆に大地の騎士の攻撃は魔物の身体を紙のように切り裂いていった。
この魔法は始めて使ったけど、今回みたいな大規模戦闘だとなかなか使い勝手が良さそうだ。
見た感じ、大地の騎士の強さは金級冒険者から白金級冒険者に届くか届かないくらいかな。多少強さにムラがあるけど、これでこちらが有利になった。
「近接攻撃部隊、突撃じゃあ!!!」
「「「おおおぉぉぉぉぉお!!!」」」
ギルドマスターのヴァーノルドの掛け声によって我を取り戻した冒険者たちも魔物の群れへと突っ込んだ。
わたしの魔法と大地の騎士たちが出現したことによって魔物たちは完全に動揺しており、冒険者たちの攻撃に対応できない。人間側の猛攻に魔物たちの数は目に見えて減少していく。
その中でも、特にミスリル級冒険者、アダマンタイト級冒険者の奮闘は目を見張るものがあり、武器の一振りによって10体近い魔物が吹き飛ばされていく。
戦況が落ち着いてきた頃、わたしの元にギルマスが来た。
「シオン、お主のゴーレムたちのおかげでかなり有利に戦いが進められた」
「礼は要らない。思いつきでやったことだし事前に説明もしなかったからな」
ホント、開幕の一撃はビビった。自分で放った魔法だけど、あんなことになるなんてこれっぽっちも予想してなかったよ。
「確かに開戦前に一言欲しかったのは確かじゃ。ところでこやつらは後どれだけ持つ?」
ギルマスが最前線で奮闘している大地の騎士たちをチラリと見てわたしに聞いてきた。
マナの減りは……うん、全然大丈夫。
「一日は持ちそうだ」
「一日……、本当に化け物じゃのう……」
いや、わたしだって「化け物じみてるなー」とは思ったけど、それを本人の前で言う? もうちょっとオブラートに包むとか心の内に留めておくかしようよ。
「ともかく、ゴーレムたちの活躍によって怪我人も抑えられとる。お主はできる限り魔法の維持に努めてくれ」
「分かった」
それだけ話すとギルマスは戦いへと戻っていった。
◇
スタンピード防衛戦が始まってから2時間ぐらい経っただろうか?
「魔法使い! コイツの回復を頼む!」
「おい、血が止まってねぇぞ! 襤褸切れでも何でも良いからキツく巻き付けとけ!!」
わたしの後ろ、簡単に作られた塹壕の向こうでは、戦いで負傷した人たちが運び込まれ、治療を受けている。
残念ながら、その中には死者も出てしまっていた。
胸を槍で貫かれたり、頭を鈍器でたたき割られたり、寄って集って殴られたり……。
治療を行う簡易テントの脇には、助からなかった人たちが間隔を開けて並べられている。
戦争映画とかだと、こう言った場合は死体に布をかぶせるイメージがあったけど、ここにいる犠牲者たちはただ並べられているだけだ。
なぜなら、布は貴重な医療物資だから。骨折した箇所を固定したり傷口を止血するのに多くの布を使うので、死体に被せるほど数に余裕がない。死んだ人間より生きている人間を優先するのは当たり前だ。
「『風弾』、『雷撃』、『炎矢』」
わたしの役目はこの拠点の守護なので、前線を抜けてひっきりなしにやって来る小鬼や魔狼といった魔物を片っ端から倒していく。
威力は最小限に絞ってマナは節約しつつ、それでいて後ろに一匹も通さないよう確実に仕留める。
「おい、シオン!」
不意にわたしの名前を呼ぶ声がした。
そちらの方に顔を向けると、今日の『開闢の樹海』の間引きを一緒にやっていた白金級冒険者のルークがいた。
しかし、彼には――
「その腕……」
「ああ、これか? 小鬼将軍にガブリってな。あいつ、土壇場で武器捨てて噛み付いてきやがったんだぜ! 相棒を大切にできないで何が将軍だってんだよ」
――左腕がなかった。
話しぶりからして、戦っていた最中に魔物の不意打ちを食らい、腕を欠損したんだろう。
「先の方は?」
「そんな暇なかったよ。今頃はそこら中にいる魔物の腹のどこかに収まってるか、踏み潰されてミンチになってるよ」
わたしの作った効果の高い魔法薬なら、指くらいの小さい欠損や部位の接合だったり古傷の治癒まではギリギリいけるけど、流石に無くなった腕ををまるごと修復することはできない。
「それより交代だ。お前一度も休んでないって聞いたぜ? そりゃあ、お前が片っ端から近づく魔物を倒すお陰で魔物が一匹も通ってねぇけど、後々倒れられたらそれこそ迷惑だ」
ルークはいつも通りに喋っているけど、内心ではかなりショックを受けているだろう。
「はぁっ……前線で戦いたいんだろ? 優しいお前のことだから、怪我人・死人が出てるこの状況でゴーレムに任せっきりなのが申し訳ねぇとか考えてるのか?」
「……」
「行けば良いじゃねぇかよ。ここの防衛は俺が変わってやる」
「でも……」
「そんな顔すんなって。元々俺は片手剣使ってんだぜ? 片腕だろうが仕事は十分続けられるよ。第一、ここを守るのは俺1人じゃない」
「……後は任せた」
わたしは後衛の拠点の守護をルークと他の冒険者たちに任せ、前線へと駆け出した。
◇
――誰も死なせないなんて綺麗事を言うつもりはないし、誰かが死ぬことなんて分かっていたはずだった
後衛の拠点を守っているとき、わたしの目の前で町に住む男性が1人、魔物にやられた。
相手は小鬼だった。
その男性は、粗雑で所々が錆びている、大して切れ味の良くなさそうな短刀で喉元を貫かれていた。
なおも短剣を捻り込もうとする小鬼を蹴り飛ばし、魔法でトドメを刺した後、彼に駆け寄った。
傷口から流れ出ている血は上着を真っ赤に染めていて、一目見て致命傷だと分かった。魔法薬を掛けたとしても出血が多すぎる。
彼は死に際に何を思ったんだろう?
焼けるような傷の痛みだろうか?
町を守ることに貢献できたという満足感だろうか?
それとも、助けることが間に合わなかったわたしへの怨嗟だろうか?
あの時に、これが命をかけた戦いだと分かったつもりでいたんだけど、どうやらまだ認識が甘かったみたいだ。
知り合いの怪我をした姿がこんなにもくるものだったなんてね。
――私は神様じゃなくて、手の届く範囲の命すら守れない、ちっぽけな人間だ
「アアアァァァァァァアア!!!」
「クソッ、単眼巨人まで出てきやがるか!」
「戦災級……いや、デカすぎる。コイツは災害級だ! ギルマスかアダマンタイト級のヤツ呼んでこい!」
「おい、誰だあの馬鹿は!」
「逃げろ坊主!!」
――だからこれは、八つ当たりだ
「『幾千億の血涙』」
冒険者たちの制止を無視して単眼巨人に近づき、構築していた魔法を展開する。
空中に無数の水滴が出現し、それら全てが単眼巨人へと殺到し、小規模な爆発を引き起こす。
「グギャアアァァァァアア!!!」
絶え間なく続く破裂音の向こう側で単眼巨人悲鳴が轟く。近くにいた魔物たちにも魔法は襲いかかり、その頭を、その胴を、その命を散らしていく。
澄み切っていたはずの水球は、いつしか魔物の血が混じり始め、紅く染まってしまった。
――今、わたしの頬を伝う水飛沫が、死んでいった人たちを偲ぶ涙の代わりになるだろうか――
◆
「――グギャアアァァァァアア!!!」
単眼巨人の叫び声か。
今の魔法はきっとシオンのヤツがやったんじゃろ。
確かに、あの単眼巨人は小山のような大きさじゃったが、間歇泉でも吹いたかと思うような威力……明らかに過剰じゃ。血の臭いがここまで届いてきそうじゃわい。
はぁ、間歇泉か……。
しばらく働きづめじゃったし、この戦が終わったらゆっくり風呂にでも浸かりたいのう。故郷の温泉が恋しいわい。
「グオオォォォオオ!!!」
「――やっと来おったか」
軽く頬を叩いて気合いを入れ直す。
木立を引き倒しながら現われたのは豚頭大王鬼。
災害級ランクの上位に位置づけられる強力な魔物じゃ。
体長は3メートルを優に超え、深緑色の肌は鉄のような硬さ。
顔は鬼の形相という言葉が似合うような醜悪な見た目で、口から飛び出た二本の大きな牙はどのようなものでも噛み砕くことが出来るじゃろう。
ワシたち人間を睨み付けるのは黄色く濁った瞳。鋭い眼光は仲間である多くの亜人系の魔物を倒されたからか、怒りや憎悪といった感情が読み取れる。
ぶ厚い脂肪とその下にある筋肉は、生半可な攻撃ではダメージを与えられないほどの強靱さを誇り、腕と脚は大木の幹のように太い。
そして岩のような大きさの手に持つのは柳葉刀。
刀身が肉厚で軽く反りがあるが、刃は欠けておったり凹んでおったりと碌な切れ味はない。アレでは剣本来の用途である「斬る」といった使い方でなく、棍棒やハンマーのような「叩き潰す」攻撃になるじゃろうて。
そんで、恐るべきはそのサイズじゃ。
魔物の持つ武器は魔物の成長とともに大きく、強く、禍々しくなる。アレは最早、東の帝国にある最上級ダンジョンで見つかる魔剣レベルじゃ。宿っているマナも相当なモンと見える。
豚頭大王鬼が手にしているので片手剣のような大きさに見えるが、実際には刃渡り2メートル近い大剣。かなりの重量と破壊力があることが分かる。
それが二本。両腕に一本ずつ携えられておる。
剛力を誇る腕も相まって、柳葉刀から繰り出された攻撃を受ければ人間などひとたまりも無いじゃろう。
間違いなく、今回のスタンピードを起こしたのは此奴じゃ。
「ここからは討伐部隊の7人が戦闘をする! 他の者は町の防衛に専念するのじゃ!」
ワシの言葉とともに高ランク冒険者たちが豚頭大王鬼へと向かっていく。
どれ、町の命運を決める戦いじゃ! 一丁、盛大にやってやろう!!
「オォォォォオオオ!!!」
「『破山豪鎚撃』!」
左上段から振り下ろされる柳葉刀の一撃。
それに対し、ワシは両腕で構えた戦鎚に大量のマナを込めて迎え撃った。
――戦技
それは、才能と技量を併せ持った達人が努力と研鑽の末にたどり着く奥義。
武器にマナを纏わせることによって何倍にも威力が高められた攻撃は魔法と同等以上の効果を発揮する。
その道を極めた戦技の使い手には炎や雷といった魔法現象を発生させ、大岩をも砕く強力無比な一撃を放つ者さえおる。
すくい上げるようにして放たれた戦鎚による大振りの攻撃。土色の輝きを帯びたそれが柳葉刀と交錯する。
互いの得物が激しくぶつかり合ったことにより大量の火花が飛び散り、大気を震わす鈍い金属音が戦場に響いた。
くっ! 久々の全力は応えるわい!!
ワシの攻撃は豚頭大王鬼の体重の乗せられた一撃を見事に弾き返し、その身体を大きく仰け反らせた。
無論、全身全霊の戦技を放ったワシも一瞬硬直する。
じゃが、こちとら戦っているのはワシ1人じゃぁない。6人の冒険者達もこのチャンスに連係攻撃を仕掛ける。
斬撃や刺突といった攻撃が硬い皮膚と分厚い脂肪に阻まれながらも小さなダメージを与えておる。
「『爆炎刃』!」
ミスリル級冒険者の一人が戦技を使う。
燃え盛る炎を纏ったロングソードの一撃に、さしもの豚頭大王鬼も危機感を煽られたのか、左手に持ったもう一本の柳葉刀でその攻撃を受け止めた。
よし! 掛かった!!
「『飛竜墜葬斬』!」
今のでがら空きとなった右の脇腹にアダマンタイト級冒険者がすかさず戦技を叩き込む。
刀身からマナが溢れ出し、蒼く発光する大剣の一撃が肉を抉るようにして放つ。
「グオォォォォオオオッッ!!!」
その攻撃が如何に恐ろしいかを直感で悟ったんじゃろう。豚頭大王鬼は身体を捻り避けることを試みる。
それでも完全に躱すことはできず、腹部に大きな傷を受け、膨大な量の鮮血が飛び散った。
たまらず距離をとり、体勢を立て直そうとするが、それをワシらが許す訳ないじゃろ!!
ワシらはここぞとばかりにラッシュを仕掛ける。
速さに自信のある者は豚頭大王鬼の身体のまわりに張り付くように攻撃をし、その他は一撃を入れたら直ぐに離れるなどといった立ち回りを心掛け、ヤツを休ませる隙など与えない。
ヤツは思ったように攻撃ができないからか、ワシたちをなんとか引き離そうと腕を振り払ったり足で蹴り上げるといった動作の大きい攻撃で応戦する。
舐められたものじゃ。そんな出鱈目な攻撃が当たるはずもないじゃろう。
その間にもワシたちは冷静に攻撃を加えていく。
柳葉刀の攻撃は躱すか武器で受け流すようにして、背後や注意の逸れた足元にダメージを蓄積させていく。
戦技級のような攻撃でなければ大きなダメージは与えられんが、繰り返される攻撃は浅い傷を幾つも作り、確実に豚頭大王鬼の体力を削っておる。
あからさまな攻撃はワシが弾き飛ばしてやり、他の者が戦技を叩き込むといったパターンが確立する中、ヤツは行動を起こした。
「グルルルルルルゥゥゥ……」
豚頭大王鬼は低くした頭を両腕で抱え込む様にし、身体を極限まで縮める。
む、何じゃ? アレと同じ動作をどこかで見たような気が……ッ!
「ガアァァァァァアアアッ!!!」
「退け!!!」
一見すればそれは、先程までと同じ力任せの攻撃のようじゃった。シンプルに両腕に持った柳葉刀を高く掲げ、地面に向けて叩き付ける、それだけの技とも呼べないような一撃。
しかし、威力が桁違いじゃった。
肩から剣の先までを薄らとした山吹色の光が覆い、それが地面に打ち付けられた瞬間、大気を震わす轟音とともに爆散し、大量の土砂を巻き上がらせる。
――『竜斬剣』
本来は大剣を肩に担ぐようにして構え、溜めたマナを一気に解放する戦技。『飛竜墜葬斬』の様な亜竜を屠るための戦技ではなく、文字通り、真竜を斬るための技!
それをヤツは左右の腕で同時に使いおった!!
吹き荒れる暴風。
土煙が晴れた後には、豚頭大王鬼を起点として、広範囲の大地が円形にめくれ上がっていた。
ワシが一旦退くよう号令を出したが、攻撃の余波に捕まった冒険者の二人が負傷した。
致命傷とまではいかないが、全身を強く打っており、回復するまで時間がかかるじゃろう。もうこの戦いには復帰できん。
じゃが、これだけの攻撃を放った豚頭大王鬼も身体への負担が大きかったのか息が上がっており、全身の傷口から血を流している。
今のが死力を尽くした一撃じゃろう。無理に撃った戦技で両腕は潰れていて、あれでは剣を持ち上げることすらままならない。
「反撃じゃ! 一気に畳み掛けるぞ!」
ワシたちは再び駆けていく。
豚頭大王鬼も残り少ない気力を振り絞り向かい打とうと腕を振り上げ──
──ワシの目の前で、豚頭大王鬼の首が宙を舞った。
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