ランクアップ(1)
うん、いい朝!
この町は四方を森に囲まれているだけあって、清々しい空気に満ちている。
なんだか中学校の林間学校を思い出す。
いつもなら布団から脱出するのに10分ぐらい格闘しなくちゃいけないんだけど、今日はすんなりと早起きができた。
わたしは胸いっぱいにおいしい空気を吸い込むと、ベッドから起き上がる。
「おはよう、シリウス」
「グァン!」
わたしはオーク肉と水をシリウスに出してやる。
そのついでに、昨日の夜にマジックバックへ放り込んだリンゴを確認する。
結果は成功。
中に入っていたリンゴは色が変わっていなくて、食べてみるとシャキッとした触感と瑞々しさが残っていた。
これでバックの中を魔力で満たしておけば、日持ちしない食べ物でも保存することができると分かった。
問題はどれくらい長く保存できるかだけど、リンゴを食べてみた感じからして、最低でも1、2週間くらいは中に入れた食材をもたせることができると思う。
この辺りの検証は時間がかかるから、暇なときにでも実験してみよう。
シリウスが朝ごはんを食べ終えたので、空になった食器を魔法で洗い、わたしも朝食を摂るべく一階へと降りた。
さすがに朝の早い時間帯だけあって、起きている人もまちまちだった。
それでも、冒険者なんかは朝の早い時間から活動する人も多いので、宿の従業員はきちんと働いていた。
わたしは厨房に立っている1人に朝食を頼んで、空いている座席に着く。
朝ごはんのメニューは、焼いた食パンとサラダと目玉焼き。
頼んでからそれほど時間もかからずに運ばれてきた。
うん、やっぱりサラダが凄く美味しい。
昨日はシーザーサラダっぽいのだったけど、今朝のはコールスローサラダだ。
葉物野菜のシャキシャキ感と、ドレッシングの酸味と甘味が絶妙にマッチした逸品だった。
食パンは上に目玉焼きが乗っている、いわゆるジブ○めし形式で、半熟の卵に悪戦苦闘したけれどもクセになるおいしさだった。
さて、朝食もしっかり済ませたことだし、当初の予定通りギルドに行こう。
今日することは、惨殺大熊と冷酷餓狼の報酬の受け取りと、新しいギルドカードをもらうこと。
その後、手頃な依頼があれば受けてもいいし、なかったらなかったで森に行って何か魔物を狩ればいい。
ああ、でも、シリウスのために肉を買わないといけないかな?
この子は昨日、買ったオーク肉の塊をペロリだったからな。
そういえば、野菜も食べさせないといけないか。
犬だってドックフードの原料の中に野菜が入ってるし、肉オンリーってのはさすがにまずい。
フルーツとかはどうだろう?
食べるのかな?
とりあえず、お金をもらったらまた買い物だ。
◇
「おう、シオン! ギルマスが呼んでるぜ! 三階のギルド長室に来いってよ」
ギルドに入ると昨日の狼男系獣人さんに声をかけられた。
彼の案内で三階にあるギルドマスターの部屋に行く。
「一応挨拶といこうか。ここリヴァレンの町のギルドマスター、ヴァーノルドじゃ」
へー、この町ってリヴァレンって言うんだ……ってか、国の名前知らないんですけど。
機会があったら誰かに聞いてみよう。
「今日お前さんを呼んだのは昇格についてじゃ。その前に形式として試験を受けて貰いたい」
まあ、そうだよね。
あの熊さんを狩ったとしても、正確な実力は分からないだろうから。
門番の兵士も『白金級と言えば一流の冒険者』なんて言ってたことだし、昇格するにしても色々と手続きが必要だろう。
そこに適当なこと書いて、いざその冒険者が大切な依頼――例えば貴族からの依頼に失敗でもしたら大変なことになる。
ギルドの面子は丸つぶれ、信頼もガタ落ちだ。
ここは素直に受けておこう。
「試験の内容は?」
「儂と模擬戦をしてもらう。場所はギルド裏手の広場じゃ――」
――ってことでギルド裏手の広場にやって来た。
わたしは剣も防具も持ってないから、着の身着のまま広場に来たんだけど……ギルマス完全武装じゃね?
ゲームの主人公がモンスターと戦うのに使うそうな戦鎚に、細かい傷が幾つもあるが、一目で頑丈だとわかる灰色のごっつい鎧。
兜のバイザーから覗く目は、これから戦争に駆り出される兵士のような決死の覚悟が伺える。
わたしを殺すつもりか!
試合が死合になってるんですけど!?
「その装備は冗談でも酷くない?」
「何を言っておる! 最低でもこれくらいの装備をせんと危ないじゃろ!」
そうなの?
模擬戦って話しだったから、もっと軽いやつだと思ったんだけど……。
まあ、たしかにわたしも人と闘うのなんて初めてだし、上手く手加減できるか怪しいから、重装備をしてくれる分には安心して魔法を使える。
「ギルマスの本気が見れるのか?」
「あくまでも模擬戦だろ? 軽いスパーリングくらいじゃねぇの?」
「ギルマスは元アダマンタイト級冒険者だぜ。見ておいて損はねぇ」
「新人が何秒立っていられるか」
「俺は30秒に銅貨2枚」
「武器持ってないから魔法使いだろ? 10秒に銅貨3枚」
「大穴狙いで1分に大鉄貨6枚」
ギルマス、アンタ、元アダマンタイト級冒険者かよ。
それと、集まってきたギャラリーが勝手に賭け事始めちゃってるし。
それと最後のやつ! 大穴狙いならせめて銅貨ぐらい賭けろ!!
「シリウスー、いい子でいるんだぞー」
「グァン!」
シリウスには観戦スペースに待機をしてもらっている。
ちゃんとお座りしてて偉い。
10代前半の新人っぽい冒険者は、シリウスのことを撫でたりして可愛がっているんだけど、ベテランっぽい冒険者は一切近づかない。
やっぱり、戦災級の魔物がかなり怖いんだろう。
新人たちがシリウスを撫でるのを見て顔が引き攣りまくっているのがよく分かる。
しばらくすると、広場の一角にわたしたの模擬戦用のスペースができる。
ギャラリー達は試合が始まるのを今か今かとソワソワし出した。
「それでは、試合開始!」
審判を務める冒険者が声を上げた。
その合図と共にギルマスが突っ込んでくる、って速っ!?
大きく横に跳んだ直後、今までわたしが立っていた所にはギルマスの持っている戦鎚が叩き付けられた。
地響きと共に戦鎚が広場を大きく穿ち、小さい隕石でも降ってきたんじゃないかと思うほどのクレーターができる。
「危なっ!? 当たったらどうする!」
「よく言うわい、儂の全力の一撃を軽々と避けおって……。お前さんも何か攻撃せい。ただし、加減はしてくれよ?」
いやいや、たしかに避けられたけど、惨殺大熊の突進よりは速かったよ?
明らかにパワーとディフェンスに能力が偏ってそうな見た目なのに、そんなスピード出せるなんて思わないじゃん。
まあ、今のでギルマスの大体の強さは分かった。
頑丈そうな鎧もあるし、多少威力の強い魔法を使っても大丈夫だろう。
まずは小手調べと行こうかな?
「『火炎槍』」
魔法を唱えると、空中に出現した炎の塊が槍を象った。
総数十本の炎の槍は、その内に秘められている熱量を物語るように、周囲の空気を揺らめかせている。
「スゲェぞあの新人!」
「火炎槍を一度に10本使ったぞ」
「それだけじゃねぇ、詠唱だって省いてやがった」
これくらいの魔法でも、普通の冒険者から見れば凄いのか。
槍系の魔法なんてゲームだと精々中級魔法で、主人公がちょっとレベルを上げればすぐ使えるくらいの魔法なんだけどな。
「――行け!」
短く命令すると、火炎槍はそれを待っていたと言わんばかりに、わたしの指を指す方向――ギルマスへと一直線に飛翔する。
だが、ギルマスもただ突っ立っている訳ではない。
自らに向かってくるを火炎槍を左右に躱し、回避が間に合わないものは戦鎚で打ち落としている。
結局、わたしの放った十本の火炎槍全てを捌ききった。
この分なら、もうちょっと威力を強くしても大丈夫そうだ。
「『水流弾』」
次に放ったのは小さな水の弾丸。
親指ほどの大きさで、銃弾と呼ぶにしては少し大きいサイズだ。
今度の数も十発。
しかし、先程の火炎槍より遙かにスピードは速いので、さしものギルマスも易々とは躱せないはず。
同じ判断をしたのか、ギルマスは戦鎚を振るって迎え撃とうとするが――
「ぬっ!」
インパクトの瞬間、大量の水しぶきが飛び散り、ギルマスが吹き飛ばされる。
何が起こったのか分からないといった様子のギルマスだったが、その理由は簡単だ。
この水流弾には火炎槍よりも多くのマナを込めてある。
その威力は見た目の小ささとは裏腹に、かなり凶悪なものとなっている。
さて、この攻撃にいつまで耐えられるかな?
わたしはサディスティックな微笑みを浮かべながら、空中で体勢を立て直すギルマスに向けて、次の水流弾を放った――




