ギルドへ(2)
受付嬢のお姉さんの言っていた部屋は、部屋というより倉庫と言った感じだった。
薬草のようなものに木材、毛皮や肉や骨、鉱石に魔石、武器に鎧といろんな物がある。
たぶん、依頼などによって集められた素材を解体したり、保管しておくための部屋だろう。
解体中の魔物もあるが、部屋の換気のしやすいよう窓や扉が全開になっているので、臭いはそれほど気にならない。
おお!
なんか豚頭鬼っぽいのがいる!
しかも、それを解体しているのは体長1メートル弱くらいの獣人――あれはリスの獣人かな?
小さい身体にも関わらず、流れるような手さばきで、自分の身長の3倍を超える大きさのオークをあっという間に解体してしまった。
他にも、猫耳の冒険者のお姉さんや、毛深い熊の獣人みたいな大男もいる。
この世界にはいろんな種類の獣人がいるみたいだ。
ちょっと視線を動かすと、正しく大剣!と言った感じの、人の身長と同サイズの両刃剣や、巨大なハンマーまである。
さすがに実践だと使いづらいだろうから、大きい魔物の解体とかに使うのかな?
普通の人間なら絶対に持てないだろうけど、ここは魔法がある世界だから、身体強化とかの魔法もあるだろう。
こういう光景を見ると、なんかファンタジーの世界にやって来たんだと思えてくる。
「よう新人! 換金か?」
そう声をかけてきたのは獣人族の人だった。
狼系の獣人で、人間をベースに狼の耳を生やした半獣人じゃなくて、ザ・狼男みたいなの。
身長が高く毛も灰色だから、森で遭遇したシリウスの率いていた群れ――冷酷餓狼たちを彷彿とさせる。
だけど……ふっ、勝った!
この人もなかなか格好いいけどうちのシリウスほどじゃないね!!
「ああ、換金だ。素材はどこに出せばいい?」
この男口調の喋り方めんどくさい。
常に意識して男っぽい口調を心掛けてると、なんだかイライラしてくる。
いっそのことローブも姿を変えてる魔法もやめよっかな?
魔物のランクの話から、わたしって結構強いみたいだし。
でもまあ、治安がいいのか今の時点じゃ判断できないから、しばらくの間は男装していよう。
もっとも身長が小さいから、その点で舐められそうではあるけど。
「素材って言っても魔石ならここに出してくれればいいぞ?」
「死骸もある」
「死骸? ……ひょっとしてマジック・バックか!」
あれ?
マジック・バックって貴重品?
もしかしなくても、一歩目でしくじった?
ファンタジーならこれくらいの魔法の道具なんかは一般的だと思ったのに。
「そんなに珍しいか?」
「そりゃあ持ってる奴は持ってるが、かなりのランクの奴だけだ。お前さんみたいなちっこいのが持ってるのを見るのは初めてだぜ」
よかった、高価ではあるけどあることにはあるんだね。
どうやって言い訳したらいいのか焦ったよ。
でも、ちっこいか。
確かにわたしは女だし、屈強な冒険者からすれば小さくて弱そうに見えるかもね。
「おっと、死骸ってことは解体だな。それならあそこに出してくれ。おーい、ギルマス! 解体だ!」
向かったのはギルマスと呼ばれた土妖精族の人の所だ。
身長はわたしと同じくらいだから大体150センチぐらい。
筋肉が凄いついていて背も低いから、童話みたいなずんぐりむっくりの体型で、加えて髭もじゃな顔をしている。
「見掛けないヤツじゃな……。そんで、解体するのは何じゃ?」
「熊みたいなの1匹と冷酷餓狼4匹」
「ほう、中々の獲物じゃのぅ。お前さんのランクは?」
「さっきの登録したばかりだ」
「そうか、なら後で上げてやろう」
おや?
自然な流れで話が進んだけど、これっていわゆる「主人公が知らず知らずの間に強いの倒していきなりランクアップ」ってテンプレじゃない?
やったー!
絡まれる系のテンプレは、いざ自分が被害者になると面倒だから嫌だったけど、こういうのは実力が認められた感じで嬉しいよね!
でも、そんなに簡単に上げちゃっていいのかな?
「私にそんな実力があるのか疑わないのか?」
「その後ろについとるヤツが証拠じゃ。換金が終わったらここの隣にある武器屋でそいつの首輪を買ってやれ」
ほう、ここもシリウスのおかげだったか。
狼男さんと言いこのドワーフと言い、冷酷餓狼を見ても怯えないことから、それなりの実力者なんだろう。
取り敢えず換金だ。
わたしはマジック・バックから解体した熊の魔物と5頭冷酷餓狼の死骸を取り出す。
「おい、あれって……」
「首がないが、あの赤い斑点……間違い無い、『カタメ』だ」
「『カタメ』って白金級のパーティーが遭遇したが手も足も出なくて、目ん玉潰してなんとか逃げ切ったってやつだろ」
「あいつは惨殺大熊だ。並の兵士なら一頭倒すのに数百人は死ぬらしいぞ?」
「それにあの数の冷酷餓狼……」
「何者ンだよあいつ」
やっぱりこの熊て強かったんだ。
これは高値が期待できる。
「驚いたのう……。この解体はお前さんがやったのか?」
「ああ。なかなかの出来だろ?」
「惨殺大熊の皮をここまで綺麗に剥ぐことが出来るのは熟練の職人ぐらいじゃ。こいつの毛皮は硬く討伐する頃にはボロボロで、その状態でも刃物を通すのに一苦労じゃ」
まあ、良く切れるナイフがあれば紙で工作して遊んでるようなものだったしね。
毛皮さえ切れたら後は剥がすだけだ。皮下脂肪には普通のナイフでも切れるけど皮は傷つかないから簡単だったよ。
「あのギルマスが褒めてるぞ」
「そりゃあ、あんなすげぇ綺麗な状態見たら称賛の言葉も出るぜ」
外野からめっちゃ褒められててなんか照れる。
「素材はこれで全部か?」
「そう言えばこれって売れるか?」
マジック・バックからリンゴっぽい果物とミカンっぽい果物をを取り出す。
湖から比較的近い所に群生してたんだよね。美味しかったです。
「こいつは、紅血林檎に神聖蜜柑! お前さん、『開闢の樹海』の最深部に行ったのか!?」
大袈裟な名前の果物だなぁ。
何か特殊な効果でもあるの?
「どんな果物なんだ?」
「これらは秘境や魔境と言った危険地帯にしか自生しない果物じゃ。1つ食べれば寿命が10年伸びるとも言われておる」
寿命が伸びる!?
それって不老不死の薬とかを作れそうじゃん!
そんな貴重なものならメチャクチャ高そうだ。
白金貨50枚がどれくらいの価値かはわからないけど。
「それと『開闢の樹海』って何だ?」
「この町の東にある森で、最深部の湖付近には魔王も近づかないと噂が立つほどの危険な場所じゃ」
……その湖、わたしが起きた所じゃね?
五体満足で抜け出せて良かった~。
魔王も近づかないとか、邪神か何かでも住んでいそう。
その割には綺麗なところだったし、魔物なんて一匹も遭遇しなかったんだよね。
「それで、買い取ってくれるのか?」
「すまないがここでは買い取れるほどの金が無い。じゃが、3ヶ月後に王都でオークションが開かれる。それに出品する方がいいじゃろ。このランクの素材はマナを豊富に含んでいるから数十年は腐らないしの」
マナってのはMPのことかな?
なら、マジック・バックの中をマナで満たしておけば食材が腐るのを防げるんじゃない?
棚ぼたで有用な知識が手に入った。
後で果物とかをマジック・バックの中に入れて実験してみよう。
成功すれば冷蔵庫とかよりも長持ちさせられそうだね。
ともかくこれらの果実は売るとしても1個ずつだけだ。
間違ってもバックの中にそれぞれ数十個あるなんて言ってはいけない。
「マジック・バック」が作れて持ち物を気にする必要がなくなったから、「『フライ』」で空に飛んでこの町の位置を確認するついでに、群生してる所にささっと戻って取り尽くさない程度に採集しちゃった♪
美味しいは正義!
甘いは至極!
これが世界の真理なのだ!! 異論は認めん。
「分かった、王都に行くことにしよう。解体の方はいつ換金できる?」
「試算に少し時間をくれ。それと登録証も預かろう、明日までにはどっちも片付ける」
わたしは登録証のバングルを渡して、シリウスの首輪を買いに行くことにした。
◇
──ギルドマスター ヴァーノルド視点──
一目見て恐ろしいヤツじゃと思った。
冷酷餓狼、しかも異常種が恭順してるのなんかどうだっていいぐらいじゃ。
わしは元アダマンタイト級の冒険者じゃった。
今だって惨殺大熊なら、一週間ぐらい魔物を狩って勘を取り戻せばギリギリ討伐できるくらいには強いじゃろう。
じゃが、こいつには敵わん。例え全盛期で完全装備だったとしても、戦闘にすらならん。精々、数秒生きられるかどうか、といった所じゃろうて。
エルフほどではないが、これでも一応は妖精種のドワーフじゃ。
マナを見ることはできずとも、感じることなら容易く出来る。
人族でもミスリル級の勘の良いヤツならば出来る者は多いしのう。
じゃが、それが出来ん。
有るのは分かってるのに感じられんのじゃ。
一瞬、無いとも思ったんじゃがそれは違う。植物も動物もすべての生き物は大なり小なりマナを持っておるものじゃ。
――完璧に隠しておる。
儂に一切魔力を感じさせないとなると竜王、魔王クラスのバケモノくらいか……。
それに、惨殺大熊の死骸。
首から上がごっそり失くなっておった。
切断したのなら一緒に持ってきても良いはずじゃ。
それが無いとすると魔法か何かで吹き飛ばしたか、或いは消し去ったか……。
解体された毛皮には傷1つ無いことから恐らく一撃で殺したんじゃろう。
毛皮の切り口がスムーズな直線じゃったから、剣に大量のマナを纏わせて一思いに裂いたとわかる。
つまり、剣技、魔法の両方に優れておる。
話した感じからして15ぐらいの人族に思えたがどうだかの。
人か魔物か、そんなことすら分からないほど実力差がありすぎる。
会話中は平静を装うので必死じゃった。
下手に尾行をつけるのは悪手じゃ。
今は冒険者ランクを白金級にして様子を見るしかないの。
強さを見るってことで模擬戦でもやってみるか?
まあ、一歩間違えれば死ぬかも知れんが。
頼むから人類に敵対する存在であって欲しくないものじゃ。




