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紅月に産まれる獣達~Vendetta ed espiazione~  作者: 羽鳥月桜花
紅に挑むもの
10/10

悔しさと憤り

 大量の出血をしながらも、由は全身から冷気を噴き上げ、襲って来る黒狼に対峙する。


「貫け!! 氷槍陣!!」


『ギャオオッ!!!』

 地面から発生した氷の刃が、黒狼の巨体を串刺しにし倒す。

「馬場ぁっ!!」

 黒狼を倒し馬場の方を見るが、既にそこに彼の姿はなかった。

「ちっ!」

 悔しげに舌打ちした由が、苛立つ奥歯を噛み締める。

 一方、逢莉も黒狼の群れとの闘いに幕を下ろした。紅蓮乱舞で黒狼たちを捕縛した次の瞬間、彼女は指を鳴らす。

「燃え尽きろ!!」

『ギャオオ――――――ン!!!」

 黒狼の体が一瞬にして紅蓮の炎に飲み込まれ、断末魔と共に炎の中に消えていく。多少、荒い息をしながらも、逢莉は由の元へ駆け寄る。

「由さん! 怪我は大丈夫!? 早く止血しないと……」

「こんなのかすり傷よ……。それより、してやられたわ」

 Gジャンの袖で乱暴に拭った由が、馬場親子が逃げていった方向を苛立ち気味に睨み付けた。

 その時、パトカーや救急車のサイレンの音が近づいて来たのに気づいた由が、表情を険しくする。

「……今頃になってのお出まし?」

 皮肉気に笑った由に複雑な笑みを返しながら、逢莉はハンカチで彼の傷口を止血してやる。

 そうこうしてるうちに現場に10数台のパトカーや救急車が到着した。

 そして、1台の覆面パトカーから降りてきた二人の私服刑事が、逢莉と由の姿を見つけ、会釈をしながら駆け寄ってくる。

「河内さん、櫻護さん」

「来るのが遅いわよ、いつもっ」

「由さん」

 会うなり毒づいたか彼を逢莉が宥めるが、20代後半のスーツ姿の青年刑事は申し訳なさそうに口開く。

「すみません……。警察の方に手動許可が下りたのは、ついさっきでして……」

「今回も生存者はなしか……」

 不意に、もう一人の50代くらいの刑事が、現場の惨状を見て深いため息を漏らす。

 しかし、そんな彼に逢莉が答えた。

「生存者はいますよ。無事、逃げてると思いますけど。でも、3人は犠牲になってしまいましたけど……」

 バスの運転手と二人の乗客、それでもこれまでの事件に比べたら天地の差だった。もっとも、犠牲になった命を比べる事を出来ないがと、逢莉は重く呟く。


 そして逢莉は、気持ちを切り替えると言葉を続けた。

「ただ、馬場 圭子は取り逃がしてしまったので、警察の方でも追跡お願いしますね、新居さん」

 そう新居(あらい)と呼ばれた年配刑事に頼み、隣に立つ腰の低そうな青年刑事が、ふと戸惑い顔で言った。

「それにしても、河内さんや櫻護さんほどの手練れが苦戦するなんて……。馬場 圭子の力は、そんなに強いんですか?」

「馬場 圭子の戦闘力はたいしてないわよ。ただ、今回は本部の調査ミスが痛手だっただけ」

 青年刑事の疑問に、由は苛立ち気味に髪をかき上げながら答えた。彼の言葉に、新居たちは不思議に思い訝しがるが、それには逢莉が説明を加える。

「糸使いと聞いていた彼女の能力ですが、実際はワイヤー使いでした」

「ワイヤー使い?!」

 新居たちも初耳だったのだろう、逢莉の説明に見張り驚きを隠せない。由の能力はともかく、逢莉の能力では圭子のワイヤーは対処が難しい。

 それでも戦闘力の差で、一時は圧倒したが、馬場の思わぬ援護により、立場は逆転してしまった。

「彼女の能力に物理的攻撃は効きません。新居さん達の方で足取りを掴みましたら、すぐ『朔夜』へ連絡をお願いします」

 頭を下げた逢莉に、新居は頷き応えた。

「……とにかく。あたし達は一旦、支部に戻るわ。後の始末は任せたわよ」

 そう冷たく言い捨てた由が、冷たい声色と表情で続けた。

「あんたたちの親玉に伝えときな。『朔夜』はあんたらの都合のいい飼い犬じゃない、毎回、何もかも終わってから来るなってね!!」

 言い捨てると同時に、由は逢莉を促し立ち去っていく。逢莉も心配げに新居たちを見遣った後、一礼すると、彼の後を追っていった。


 そんな二人を見送りながら、青年刑事の方が深いため息を漏らす。

「今のは……、少し傷つきましたね」

「そう言うな、樫元」

 新居が落ち込む青年刑事・樫元(かしもと)に告げた。

「本当の事なんだ、弁解のしようがない。以前の我々警察は事件が起きれば、いの一番に駆け付けた」

 新居の表情が苦渋に歪み、無意識に拳を握る。

 そして新井は怒りと悔しさを滲ませた声で言い募る。

「だが今はどうだ!? ……紅月が現れ、能力者による事件が起きてからは、我々は上の許可が出るまで主導は許されん!!」

 なぜなら警察期間内に、能力者は一人もいないから。

 いや、正確には多数の者が紅月の能力に覚醒した。だが、全員が能力に溺れ自我を失い、人々を傷つける側へと変貌していったのだ。そして彼らは何処かへと行方をくらまし、残ったのは能力の持たない人間だけになり、警察は力を失ったのだ。

「……おかしな話ですね」

 樫元が悲しげに呟いた。

 かつて人々を護り、平和と秩序ある世界のために戦った警察など、今はただ、紅月に怯え『朔夜』の背中に隠れるだけの存在でしかないのだ。



 一方、圭子は荒い息をしながら廃ビルの屋上に逃げ込んだ。

「ちくしょうっ……!! あいつらっ」

 舌打ちし、倒れ込んだ彼女の脳裏に逢莉の姿が浮かぶ。

「あの女……よくも!!」

 逢莉の炎熱鞭で傷ついた足首が痛む。自分の方が有利だと思っていたのに、まさかあんな圧倒的な差を見せつけられると思わなかった。

「……殺すっ!! 今度は殺してやるっ!!」

 逢莉への憎悪を膨らませながら、ふと圭子は父の姿を思い出す。


 ――『だが、お前の父親だ』――


 仲間を裏切り自分を助けてくれた父の行動が、圭子の心に棘のように刺さる。

「なんで……今さら……」

 奥歯を噛み締めた圭子が、身を縮めて体を強張らせた。

「……今さらになって、父親だなんて……いわせるものか……っ!!」

 吐き捨てた声は言葉とは裏腹に、か細く消え入りそうだった。

 紅月が消え、まぶしいばかりの太陽が圭子を照らしていたが、今の彼女には、そのまぶしさが目障りでしかない。



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