カネこそすべて 9
気が付くと、ポーション屋の床に寝転がっていた。見下ろしてくるレーンの冷え切った視線が痛い。
「俺は何時間寝てた?」
「十分も経ってない」
言葉も冷たい。置いて行かれなかっただけありがたいと考えた方がよさそうだ。
「そうか……。婆さん、回復のポーションをおくれ」
立ち上がると軽く目まいがした。左の頬も熱っぽく、少し腫れているようだった。
「あいよ。さっき試したのとあわせて、銅貨2枚ね」
匙と引き換えにカネを支払う。匙を口に入れると再びあの妙な味が喉を過ぎていった。
頭が冴えてくると同時に頬の腫れも引いていく。さすがの効果である。
「気に入ったよ婆さん、買おう」
このポーションの力は凄まじい。これを利用すれば、何かが成せるかもしれない。
カウンターに金貨を1枚置くと、老婆が揉み手をしながら満面の笑顔を見せる。
「うひょひょ。これはこれは旦那、お大尽じゃな。レーン、良い旦那を見つけたのじゃな」
その金貨の隣に、さらにもう1枚、と並べていく。
「嬉しいのう嬉しいのう、現品全部買い占めてくれるのじゃな」
5枚並べた所で、だんだん老婆の笑みが消えていく。
「ま、待つのじゃ。そんなにカネを出されても、売れるだけの品はない。予約ということなら書類を持ってくるから待っておれ」
「まだまだ足りないだろう。いいから婆さん見ておきな」
金貨をゆっくりと見せつけるように10枚並べ終えると老婆は気味悪げにこちらを見ていた。レーンは黙ってやり取りを見ている。
「こ、こここんな大金どうするのじゃ。店ごと買い占めるつもりか?」
「そうだよ。この店と婆さん。丸ごといただきたい」
もう10枚、ずらっと金貨をカウンターに並べた。計20枚のソルリス金貨である。
「このカネは、これからの仕入れの分だ。これから調達する薬草の量を増やす。人も雇う。ギルドに原料調達の依頼もこれまで以上に出す。ポーションをひたすら作ってくれ」
「ひいい」
「カネが足りなければ言ってくれ。婆さんのポーションはホンモノだ。俺は気に入った。作って作って作りまくって、売って売って売りまくるのだ」
「ひええ」
息を荒げる老婆。このまま卒倒してしまいそうで心配になる。
「それは承諾の返事でいいか?」
「ちょ、ちょっと考えさせてくれ」
深呼吸を繰り返し、息を整えた老婆は、目をつむって難しい顔をした。頭の中でそろばんを弾いているのだろうか。少し考え込んで目を開いた。
「分かった。分かったのじゃ。そこまで高く評価してくれるのなら、この老骨の腕と知識を売ってやるわい」
「それはありがたい。人やモノの手配などの業務の拡大は俺がする。なるべく婆さんの負担にならないよう気をつけるから安心してくれ。新しく雇う人間が慣れてきたら、婆さんは他の人間に仕事を任せ、指導や監督をしてくれればよい」
「それはありがたいのじゃが、一つワシからもお願いしたいことがある」
「何だ?できる限りのことは聞こう」
「実はポーション作りはワシとワシの孫娘の二人でやってきたのじゃ。だから雇うなら孫も一緒に頼む」
「喜んで雇おう。婆さん一人じゃ過労死してしまうかもしれないから、こちらとしてはむしろ好都合だ。俺がオーナー、婆さんには引き続き店を任せる。契約金はソルリス金貨10枚。賃金はこれまでの婆さんの月の利益の3割増しだ。その孫娘も同じ条件だ。問題ないか?」
「願ってもない条件じゃ。喜んで働くぞい」
袖をまくり上げて力こぶを作って見せる老婆。腕は痩せているが、そのポーズからはやる気を感じる。
「よし、細かい契約は後で詰めよう。今日は一旦ここまでだ。物騒だから、金貨はちゃんと保管しておくんだぞ」
「旦那……いやオーナー、そういえばお名前をまだ聞いていなかったのじゃが」
「ロスという。今日からここはロス商会の傘下に入る、ということだ。よろしく頼む」
老婆と握手を交わす。骨ばって荒れた手であったが、そこにはこれまでの経験が刻まれている感触があった。