カネこそすべて 8
「ここではポーションが売っているんだ」
「ひひひ、いらっしゃい」
少し妙な匂いが漂う薄暗い店の奥で、老婆が座っていた。壁やカウンターにはフラスコが置かれ、それぞれ液体で満たされている。
「アンタまだ生きていたのかい?」
レーンは宿屋の女主人、ファトナと同じことを老婆に言われていた。
「しかも男連れだなんて珍しいのう」
笑みを浮かべたまま興味深げにこちらに視線を向けてくる。頭の天辺からつま先までなめるようにして見てから、こちらに話しかけてきた
「レーンを選ぶなんて良い目をしてるじゃないか。ちょっとガサツだけど、面倒見は良いし、なにより体が良いぞ。尻も大きいから、丈夫な子をたくさん産む。良いかかあになるよ。ひひひ」
「……褒められたな」
何と返してよいか分からずにレーンに話を振る。その際、話の流れで尻に目が行ったことに気づいたのか、レーンは睨んできた。
「婆さん、変な話はいいから。商売だ商売。治癒のポーションをこれに継ぎ足してくれ」
レーンが鉄の容器を差し出すと、老婆がそれに茶色の液体を注いでいった。
「あいよ。銀貨1枚ね」
「相変わらず高いな。もうちょっと安くはならないのかい?これで効果が持つのは一月くらいなんだろう?」
「ほほほ。仕方ないんじゃよ。作るのにもカネがかかるし沢山売れるようなものでもないのじゃ。それに、命には代えられないじゃろう?」
「それはそうだけど……」
と口ごもったレーンに代わって、俺は疑問を口にした。
「治癒のポーション、ということだったが、どの程度効果があるんだ?」
「あら、この色男は知らんのかいね」
呆れた顔をする老婆の代わりにレーンが説明を始める。
「これは、人の回復力を高めるモノだ。外傷や骨折なら瞬時に治す。腹に穴が開いても、場合によっては死なずに済む。ただし、ある程度大きくなった病には効かない。また、致命傷では間に合わないこともある。肉体が治っても心臓が止まっていたり、頭がつぶれていたりしたら助からない。まあ、魔物とやり合う上での傷なら、大抵のことはなんとかなるのだ」
魔物が出るような世の中では、こんなに役立つモノは無いだろう。素直にそう思った。
「そんな便利なモノなのに、この店は繁盛してるように見えないな」
「世間のモンは馬鹿ばかりじゃからな。カネばかりケチっておる」
「高価なうえに日持ちしないのが欠点なのだ。アタシだって、今日は余裕があるから満タンに入れたが、普段は半分も補充しない。手当てに使う時も、一滴も無駄にならないように使うんだよ」
「この小娘は少しは分かっておるが、冒険者だって兵士だって、こんな素晴らしいモノを一顧だにしない馬鹿ばかりなのじゃ」
老婆はやれやれと言ったようにため息を吐く。
「見よ。これは夜目が効くようになる。これは筋力を高める。これは視覚や聴覚などの感覚が鋭敏になる。これは魔力を回復させる」
効能を説明しながら老婆は色とりどりのフラスコを並べていく。
「ばあさん、それでこれらは一瓶いくらほどだ?」
「一瓶、銀貨4枚。これでも大サービスじゃよ。原料の薬草だって一月探し回ったり、ギルドに依頼してわざわざ集めてくるのじゃ。それを、ワシの極秘製法で調合しておるのじゃ」
老婆は四本の指を立て、笑顔を作って見せた。
「一般兵士の給料の2か月分以上だな」
レーンがため息を吐く。それから、本当にもう少し安ければ助かるのだが、と話を続けていく。
「なるほど、な」
確かにコストは高い。誰もが気軽に使えるような代物ではないのだろう。
「婆さん、ちょっと試してもいいか?」
どの程度の効果なのか、実際に試してみたかった。
「ほほほ。ならば、これとこれを舐めてみるのじゃ」
老婆は匙に二種類のポーションを一滴ずつ垂らす。
効果を重ねることができるのだろうか。そうなら、ますます有用になってくる。
「ポーションは一度に一つしか飲めないというわけではないのだな」
「うむ。今は筋力増強、感覚鋭敏の二つの効果を混ぜ合わせたのじゃ。複合して服用することができるのじゃぞ」
「本当に凄いな。これ、物凄い発明だろ」
「そうじゃろうそうじゃろう。さあ試してみるのじゃ。そして、もっと驚くのじゃ」
満足げにうなずく老婆から匙を受け取って液体を舐めた。
苦く、辛く、熱い。何とも言えない味である。熱さが喉元を過ぎて、腹にゆっくり流れていくのが何となく分かった。
「今、お主はその肉体の限界を超えておるぞ。試してみるのじゃ」
そうは言われても、いまいち自覚できない。体の内からあふれ出るパワーを感じるわけでも、髪が金髪になって逆立つわけでもない。重い物でも持ち上げようにも周りに見当たらない。
「レーン、ちょっと俺を本気で殴ってみてくれないか」
「別に構わないが、ケガをさせてしましそうでちょっとな……」
「なあ、頼むよ」
「うーん」
眉間にしわを寄せて考え込むレーン。丸腰の相手を急に殴るのには抵抗があるのだろう。額に掌を当てて悩んでいる。
仕方がない。
仕方がないので、手を伸ばしてレーンの尻を揉んだ。筋力増強のポーションを飲んでいたので、それはもう優しく揉んだ。
「ひゃ」
一揉みして軽く体が跳び上がり、二揉みして意味を察し、三揉みして殺気を乗せた視線をこちらに向けた。
「うん。柔らかい」
振り向きざまに、迷いのない拳が飛んできた。右腕の軌道が見える。性格に顔面を狙った一撃が頬をかすめる。
躱すと同時に、レーンの左腕はこちらの動きを封じようと、掌を広げ、首元に掴みかかってきている。
右手で払って後ろへ跳び、距離を取る。驚くほど体が軽い。
素人の自分がレーンの動きについていくことができている。ポーションの効果の高さに驚く。確認はここまででよいだろう。
ただ、
「殺す」
と呟いてじりじりと距離を詰めてくるレーンに、何を言えば許してもらえるのだろうか。
「婆さん、2,3発殴られても無事で済むポーションは無いか?」
「筋力増強の効果で、体も丈夫になっているはずじゃよ。ただ、一滴のポーションではもう効果が切れていると思うがの」
笑顔で答えるババア。
視界の端ではレーンが跳びかかってきている。右手からくるか左手からくるか、もう感知できない。
衝撃とともに、目の前が白くなった。