カネこそすべて 5
二日かけて森を抜け、街に着いたのは太陽が高く昇ってからだった。
女頭目が金貨を手渡していく。受け取った手下たちは喜色を抑えきれずに頬が緩んでいた。
「三日後、正午に東門集合。分かったな」
手下たちは一様にうなずく。鎧はめいめい身につけているものの、槍や剣は布で厳重に縛り、すぐに使用できないようにしていた。既に街の中なのだ。
城壁で囲まれたこのティトラスの街は、シュベラウス公国第三の都で大規模な城郭都市だという。
俺のカネで東門から入門した女頭目一行は入ってすぐにあった広場で、一時の解散式をしていた。
「ソルリス金貨を2枚も持っているからと言って、それを周りに言い触らすなよ。必ずトラブルになる。このまますぐに両替商か商組合へ向かえ、必要な分だけ銀貨か銅貨に替えて使えよ」
案外、細かいところまで口に出す女だ。
「カネの使い道はお前らの自由だが、先に今後必要なものは買っておけ。遊ぶのはそれからだ」
それと、と女は続ける。
「ハメ過ぎるのは良いがハメは外し過ぎないように。以上、解散」
「はっ!」
同時に声を上げ、手下が散り散りに去っていった。
「変な顔をして、どうしたのさ」
こちらを見た女が言う。
「アンタ、結構えげつない下ネタを言うのな」
「男相手だからな。面食らったか?」
「い、いやアンタも大変だな」
「大したことじゃない」
がははと女が笑った。品の無さは素なのか、後から身につけたものなのか。ちょっとよく分からなかった。
どうせ行くアテも無いのだろう、と女頭目に連れられて東門のすぐ近くにあった宿屋に入った。
「あらレーン、まだ生きてたの?」
カウンターに座っていた女がちょっと驚いた顔を作って見せた。
肩にかかる程度の栗色の髪。ややつり上がった目。瞳は深い緑である。立ち上がってこちらに来るとかなり小柄で、レーンと呼ばれた女頭目より頭一つ分小さい。
「あらあら、それも男連れじゃない。珍しい。いくらで買っ……雇ったの?」
女は興味深そうに笑う。こちらを品定めをするように上から下まで眺めた。
「コイツは森で拾ったのさ。流れ者の……そういえば名前は何ていうんだ?」
名前か。そういえば、と思いを巡らそうとしてつぶやいた。
「俺は誰だ?」
記憶にもやがかかったように思い出せない。名前、生い立ち、森で野盗に囲まれる以前のことが一切思い出せない。
脂汗がにじむ。俺はどこから来たのか、どこへ向かうのか。すこし前は思い出せたような気がする。
しかし今は―――――――。
「あーはいはい、言いたくないなら結構。レーンってほんと、変な男ばっかりひっかけてくるのよね」
肩をすくめた女が呆れたように言う。
「食事と酒はすぐ出せるけど、風呂はすぐに用意できないわよ。公共浴場へ行ってらっしゃいな」
「それと、おカネ。悪いけど先払いね。最近ウチも景気わるくてさ。持ってるわよね?ツケは無しよ」
「キャー!レーンこれ本物!?アクロム銀貨じゃない!まさか悪いことやって稼いだワケ?」
「二月、いえ二月半は居ていいわよ。一番良い部屋を用意するわ。アーロイ、すぐに奥の部屋を片付けて!私は買い出しに行ってくるわ。最高の食材で久しぶりに腕を振るうわよ!酒も良いのを仕入れてきてあげる。楽しみにしてなさい」
「荷物はそのあたりに適当に置いて行っていいわよ。部屋に運んでおいてあげる」
「さあ早く浴場に行ってらっしゃいな。大いに期待して戻ってきなさい。戻ってきたら見たこともないご馳走を用意してあげるんだから」
「さあさあ!行った行った!」
押し出されるように宿屋を出た俺たち。レーンと呼ばれていた女頭目はじっとこちらを見ている。
すこし考えてから、口を開いた。
「あー、なんだ。その…………この街の公衆浴場はすごいぞ。期待して良い」
宿屋の女にレーンと呼ばれた女頭目が俺の手を引いて歩きだす。硬い手だ。これまでの彼女の努力の積み重ねが伝わる、鍛錬を続けてきた手だった。その握った手から伝わる微妙な力に抗えない。
「—―――――—―――俺は何だ?」
つぶやいた。
レーンは何かを話し続けている。ずいぶん遠くから、かすかな声が聞こえるようだった。