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カネこそすべて 3 

焚火が目にしみる。串焼きにした何かの肉から油が垂れて、地面に落ちる。

香ばしい香りがたまらない。口の中にたまった唾を飲み込んだ。


「もう少しで焼けるからな」

串焼きを眺めていると横から声をかけられた。

甲冑を脱いだ女頭目が束ねた髪を解きながら言う。周囲に女の匂いが広がったように感じる。飢餓状態が進んで自分の感覚が過敏になっているのかもしれない。


「お前は特別に2本食っていいぞ」

「ソルリス金貨4枚で串焼き2本か。良い商売だな」

ソルリス金貨の価値がどの程度かは、正直この世界の情報が少なすぎて分からなかったが、野盗一行の浮かれた様子を見るとかなりのものなのだろう。

手下が小躍りしながら火を起こしたり、口笛を吹きながら野宿の準備をするのを見ると、それが分かった。

「お前の命自体と、命を救う食事のカネだ。高くないだろう」

「そう考えれば、そうだけど」

「お互いに良い取り引きだった、ということだな」

女は、がははと声に出して笑った。豪快に振る舞う姿は、さすが野盗の頭目といったところだ。


「姐さん、ちょっといいですか」

胸甲をつけたままの手下が寄ってきて言う。

「やっぱりこいつ、怪しいと思うのですが」

ちらりとこちらを見て言った。肉の焼けた良い匂いが立ち上る。もうどうでもいいから早く飯を食わせてくれ。


「焼けたぞ、食え」

手下に話すよりも先に許可をだした。それに従い肉にかぶりつくと、ちょうどよい塩味と脂の甘味が口いっぱいに広がった。うまい、と思わず言葉にしていた。やや噛み応えがあるものの、噛めば噛むほど肉汁が湧き出て幸せを感じる。

「お前らも怪しいと思うか?」

集まってきた手下たちに問いかける頭目。一様にうなずく男たちに向かい、俺に指をさす。

「アタシはコイツが何者でもどうでもいいと思うのさ。見なよ、この貧相な顔、貴族じゃない。貧相な体つき、軍人じゃない。呪印がない、魔法使いじゃない。大した身なりじゃない、僧侶じゃない。道に迷って飢え死にしかける間抜けさは、商人のようにも見えないが、そんなことはどうでもいいとアタシは思う。カネを持った流れ者さ。コイツの生き死にはアタシらにさほど関りのないことさ」

「じゃ、コイツはどうするんですかい?」

「ティトラスの街に連れて行ってやるつもりだ。それでソルリス金貨がもう1枚手に入る。そしたら、アタシら五人で山分けだ。久しぶりに豪遊させてやる。それに、街に着けばコイツはもっとくれると言っていたぞ」

「一人あたり2枚になるようにやるから安心しろ。それで、好きなことをすればいい」

俺は二本目の串に手を伸ばしながら言った。

「な、コイツもそう言っているだろ?少なくともこの金貨だけは確かさ。コイツの言う通りにするだけの価値はあるだろう」

納得したのかこれ以上言うのを諦めたのか、男たちはそれ以上は何も言わなかった。

「肉が焼けてるぞ。持って行ってそれぞれの持ち場につきな」

女の言葉に従って、手下たちはめいめいの方へ歩いて行った。


「助かった。ありがとう」

お礼を言うと、ちょっと驚いたような顔をして、それから女は笑った。

「気にするなよ。お前はアタシらに運を持ってきてくれるような気がしてさ」

「運?」

「ああ。ちょっと最近ついてないことが多くてさ」

運勢だなんて、乙女のようなようなことを言うのか。と驚いて顔を見ていると、こっちの考えに気づいたのか。女が眉間にしわを寄せる。

「お前、失礼なことを考えているな」

「いや、運勢を気にするなんて乙女のようだ。なんて思っていない」

「思ってるじゃないのさ」

と、俺の串を奪って肉をかじった。

「アタシの故郷じゃ流れ者が福をもたらす、って言い伝えがあるのさ」

「流れ者っていうのは、旅人のことか?」

串を奪い返して、残った肉を口に詰め込んだ。我ながら意地汚い。女は苦笑していたが、特に何も言わず話を続ける。

「旅人もそうだけど、もっと広い意味も含める。『遠き場所より来る者』、異界から来た人間も流れ者さね」

「異界か」

「世界の果ての湖の向こう。地の底の死者の世界。異界はそんな所だって、伝承があるのさ」

「ずいぶん博識なんだな」

「野盗の女頭目が伝承に詳しいのは意外か?」

「いや、しっかりした教育を受けているのだとは分かる。野盗じゃないんだろ、お前ら。身なりが小綺麗だし、統率が取れすぎている」

少し間が空いて女が口を開いた。

「はあー、思ったよりアンタ、よく見てるてるじゃないか。アタシらは元々傭兵だよ。戦争の勝ち馬に乗るのが生業さね」

「だが、最近は運が無く負けが続いている、と」

「ま、そんなところさね。前は30人は手下がいたんだけどね。今はアタシ含めて5人さね」

女が自嘲するように笑う。

「忠義者が残ったんだろうよ」

「良い言い方じゃないか」

女がむしろを投げて寄越す。敷いて横になると疲労と空腹の解消からか、すぐに瞼が重くなる。

「機嫌を取っておかないとな。明日起きたら誰もいない、ってのは勘弁だからな」

「ふふふ、目が覚めた時がたのしみだねえ」

俺と同じようにむしろに横たわった女が笑みを見せる。


「そうだ。寝る前に一つ教えてくれ」

忘れていた。これを聞いておかなければ。

「カネについて、だ」



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