カネこそすべて 12
「なにそれ!おもしろーい!」
宿に戻って今日一日の話をすると、ファトナが腹を抱えて笑っていた。
レーンは心労のせいか酒を一杯あおって、カウンターに伏せてぐったりしている。
カタリナと関わるとどっと疲れるのだ。よく分かる。
「それで、ロスさんはカタリナ様のこと本当に知らなかったワケ?」
「お偉いさんの娘だってことしか話からなかったな」
騎馬隊を率いたり、様付けで呼ばれたり、父上がどうとか言っていたことを思い出す。典型的な、威光を笠に着ている人間だろう。
「うわー、ロスさんちょっとマズいですよそれは」
「じゃあ教えてくれ」
「いいですよ、カタリナ様はこのティトラスの街の総督、ヴェリダス様の一人娘で、母君は……あ、もうお亡くなりになっているんだけど、シュベラウス公家に連なる方だったんです。つまり」
「公位継承権を持つ、公国の権力者に喧嘩を売ったんですよ!」
パン、と手を叩いて嬉しそうに話すファトナ。完全に状況を楽しんでいる。
「思ったより大物だったんだな。喧嘩を売った俺は、打ち首にでもなるかな」
「大丈夫ですよ。カタリナ様はぶっ飛んだ方ですが、私情で人を害するような方ではありません」
私情でレーンを思いっきり脅していたような気がするが、あれは何だったのか。
「ぶっ飛んでる、か。確かに話の通じない女だった」
「すごいんですよ、カタリナ様って。婚約者の貴族をこてんぱんに叩きのめして婚約を破談にしたり、軍の糧食をちょろまかした役人を探し出して城壁に吊るしたり、前の戦争では戦功を立てまくって、勲章を三つも四つももらって、もう公国将軍位をもらってるんですから」
「本当は首都で公国親衛隊を率いることになっていたんですが、現シュベラウス公ハグス様と喧嘩して、お父様が執政官を務めるティトラスの街の騎馬隊にすぐに左遷させられたくらいなんですからね」
「本当にどうかしているな」
「どうかしてますよね」
ははは、とファトナと一緒になって笑ったが、カタリナに名前を覚えられた以上、今後何をしてくるか分かったものではない。
これから商売の準備を始めたいというのに、自分のしたことに頭が痛くなってきた。
「あら、噂をすれば何とやら。兵士さんが来ましたよ。もしかしたらカタリナ様の部下かもですね」
などとこちらをからかいながらも、いらっしゃいませ、とファトナは客の対応にうつる。
窓の外は既に夕闇が覆っている。ファトナの宿屋は食事だけの客も多く、暗くなってくると店が賑わうのだ。
「で、お前はどうするんだ?レーン」
「知らん。アタシはもう知らーん」
やさぐれたレーンが力なく言う。
「そもそも断る必要なんてあったのか?カタリナは百人隊長だの将校だのに取り立てると言っていたじゃないか。ただの野盗崩れの傭兵にとって、これ以上ない出世だろう?」
「普通に考えればそうだけど、さ」
レーンはカウンターに体を倒したまま、顔だけをこちらに向けて話を続ける。
「前の戦の時、公国軍側の傭兵としてアルバ王国との戦ったんだけどさ、アタシの部隊はヴェリダス総督に捨て駒にされたのよ。殿軍なんて命令だったけど、他の部隊が全て撤退しきるまで退却の許可が出なくてさ。約束されていた援護もないまま、部隊がすり減っていって……最後はほぼ全滅。アタシらの孤軍奮闘で他の軍団に被害は無かったから、戦略上正しい判断だったのかもしれないけど、捨て石にされた方はたまったもんじゃない。だからアタシはシュベラウス軍に戻らないで、山中に残った」
「それで、野盗をやってしのいでいたのか」
「他に食っていく方法なんて知らないからね。……カネは奪っても命を奪ったことはないよ」
けれどそんなことを誇ったところで、とレーンが自嘲する。
「とにかく、賊をしながら今後のアタシの身の振り方を考えていたのさ」
「で、今日の様子を見るに、まだ考えは固まっていないのか」
「ここで仕官するとなれば、信用できないヴェリダス総督の下で働くことになる」
それに、とレーンは続ける。
「またすぐに戦争が始まる。始まれば多分、公国が負ける戦争が。もう捨て石にされるのはまっぴらさね」
言い終えて、また一杯、酒を飲みほした。