渚救出作戦
「・・・これは・・・!」
渚の眠る部屋に来た三人は、室内の光景に絶句した。ベッドに眠る渚の周囲には、何かモヤモヤしたものがかかり、彼女は苦しそうな寝顔をしていた。
「・・・彼女の魔力を吸って、相当成長しているな。・・・でも、この成長は、魔力だけじゃないね。彼女の負の感情も相当吸っているみたいだ。」
「・・・なあ、二人には何が見えるんだ?俺には、モヤモヤしたのが漂っているようにしか・・・。」
「漂っているのが見えるなんて、それ時点で凄いよ、君は。普通の人間じゃ、それすら認識できないから。」
「魔力を感知する訓練はしたであろう。そうすれば、自ずと見えてくる。」
「・・・分かった。やってみる・・・。」
風太は、意識を集中し、周囲の魔力を探ってみる。すると、次第にモヤモヤしたものが、形ある何かに見え出す。それは、瞳のない空洞な目と、同じく空洞な口を持つ顔をし、半透明な身体をした背の高い人型の魔物だった。その魔物は、渚に覆い被さるようになっていた。
「・・・これが・・・ソウルイーター・・・!」
あまりに悍ましいソウルイーターの姿に、風太は一瞬たじろぐ。まるで、ホラー漫画に出てくるお化けのようだったからだ。
「そうだ。・・・この様子では、青野渚の精神は、かなり侵食されているようだ。」
「でも、まだソウルイーターは完全に成長し切っていない。まだ、彼女が生きている証拠だ。・・・時間は残り少ないけどね。」
「・・・なら、早速例の禁術を頼む。俺が精神に入って、こいつを追い出す。」
「うむ。・・・では行くぞ。」
モーゼは、魔法の詠唱に入る。その時、モーゼが発する言葉は、風太も知らない言葉だった。
「【スピリットダイブ】!」
魔法の発動と同時に、風太の意識は遠くへ飛ぶ感覚に包まれる。風太の身体は、その場に崩れるように倒れた。
「・・・!ここが・・・渚の精神か・・・?」
気が付いた風太は、周囲を見渡す。そこは、ピンク色の空に、綺麗な星やハートが浮かび、地面はピンク色の風船が一面に敷き詰められた空間だった。そして、道端には、可愛らしい動物のぬいぐるみや、美少女ものの人形がたくさん置かれていた。
[風太、聞こえるかい?]
「!ソウ!ああ、聞こえる。」
[よかった。無事に入れたみたいだね。]
「なんとかな。・・・でも、どうしてソウの声が?」
[一応、神様だよ僕は。僕の声を君に届かせるくらいはできるよ。これから君を、渚のいる所まで案内するね。そこに、ソウルイーターもいる。]
「案内できるのか?」
[大丈夫。僕の感知力は、人間とは比較にならないからね。そのまま真っ直ぐ進むんだ。彼女はそこにいる。]
「分かった。」
ソウに指示され、風太は風船でできた道を歩いていく。意外なことに、風船は割れることなく、風太は真っ直ぐ進むことができた。
「・・・それにしても、このピンクの空や大量のぬいぐるみに、風船でできた道は何の意味があるんだ?」
[ここは、彼女の心の中だ。彼女の心理が投影されている。彼女の好きなものなんじゃないかな。]
「・・・でも、あいつがピンクなんて似合わないな・・・。おまけに、ぬいぐるみに美少女人形。あいつ、下手な男より気が強いのに。」
[・・・君、女の子に結構失礼だね。可愛いものが好きでも、それを見せない子は多いと思うよ。]
「・・・。」
(・・・そうだとしたら、俺、渚のこと・・・全然分かってなかったのかもな。普段の渚は、そんな素振り見せなかったから・・・。)
そう思って、風太はハッとする。風子がいなくなる前の渚のことを。どこにでもいる普通の女の子で、風子と一緒に可愛いものを愛でていたこと。美少女ヒロインアニメのキャラクターが好きで、自分にウンザリするまで話してきたこと。そんな渚がいたことを思い出したのだ。
(・・・違うな。見せなかったんじゃない・・・。俺が忘れていたんだ・・・。俺が、見えなくなっていたんだ・・・。・・・くそ!)
自身への苛立ちを覚えつつも、風太は先へ進んでいく。しばらくして、風太の目の前に、小さな子供が姿を現す。
「?誰だ?・・・!」
風太は、子供の顔を見て驚く。なんと、子供の顔は、幼い頃の渚だったのだ。
「・・・渚!?どうして渚が!?」
[当たり前じゃないか。ここは、彼女の心の中なんだから。]
「・・・そうだな。でも、どうしてここに?」
「・・・風太。お願い。ここから出てって。」
「え?」
幼い渚は、風太にここから出て行くよう言ってきた。
「・・・どうしてだ?このままだとお前、ソウルイーターに食い殺されて・・・!」
「・・・いいの。私、酷い人間だから・・・だから、死んじゃった方がいいの。」
「・・・何を言ってるんだ?意味が分からない。とにかく通して・・・。」
「来ないで!」
幼い渚は、鬼のような形相でそう言うと、大量の水を風太に放ってくる。
「!?」
突然のことに、風太は反応できず、水に流されてしまう。残された幼い渚は、悲しそうな、どこか嬉しそうな表情になる。
「・・・これでいいの。本当の私、醜いの。風太は絶対に嫌いになる。だから、これでいいの。」
そう言う幼い渚の目には、涙が浮かんでいた。




