隠されていた事実
『な・・・焔!お前、何でウチから電話かけてるんだ!学校はどうした!?』
受話器の向こうから、焔の父親の困惑と怒りの混じった声が聞こえてくる。だが、焔はそれには動じず、父親に自分の疑問を伝える。
「・・・そのことは、後で謝るさ。・・・でも、どうしても聞きたいことがあるんだよ。」
『・・・何だ?学校をサボってまでも聞きたいことなのか?』
「・・・風太の妹の風子ちゃん、行方不明になってるなんて、俺は一言も聞いてねーんだけどな。」
『!お前・・・どうしてそれを・・・!?」
受話器越しにも伝わってくる、父親の動揺。焔は、自分が長い間騙されていたことを確信し、声を荒げる。
「風太のおふくろからだよ!さっき、ウチに電話してきたんだ!風太が家出したから、そっちに来てないかってな!・・・その時聞いたんだよ。おばさんは、親父から聞いてないのかって言ってたんだ。」
『・・・。』
「親父!どうして何も言ってくれなかったんだ!何で俺に嘘吐いてたんだ!」
『・・・。』
「・・・なあ、まさか、俺がガキの頃書いてた手紙、あれも、風太に届いてないんじゃねーのか?どうなんだよ!?」
『・・・。』
焔は、心底父親の所業に激怒していた。焔の思っていたことは当たっていた。風太と連絡を取らなくなったのも、単に互いが筆不精だったからだけではなかった。実は、五年ほど前から、風太が遠くに引っ越すため、連絡先が変わったと両親に言われたのだ。当時、まだ小学生だった焔は、馬鹿正直にもそれを信じ、手紙は全部、両親を介して渡していたのだ。だが、返信は来ることはなく、気にしてはいたものの、両親を疑うことを知らなかった当時の焔は、風太が単に手紙を書くのを面倒くさがっていると思ってしまったのだ。まあ、二人が筆不精であったことは事実で、返信に半年かかったこともあったが。
そして、中学生になって以降は、部活動やら受験やらで、そっちに忙殺される日々となったため、手紙を書く暇などなく、すっかり連絡を取らなくなっていたのだ。
今までは、風太も自分のように大変だから連絡してこないと思っていたが、実際は両親が自分に情報が行かないようシャットアウトしていただけだったことを知り、焔は父親に理由を問い詰める。素行が悪いところがあるものの、焔は焔なりに、両親を、特に父親を尊敬していたのだから。こんなことをしていたことを知り、裏切られたように思ったのだ。
「おい!親父!」
『・・・焔。今日サボったことは見なかったことにする。このことには、もう関わるな。』
「・・・どういうことだよ?」
『文字通りの意味だ。お前が関わることじゃない。いいな。』
そう言うと、焔の父親は電話を切ってしまう。
「・・・どういうことだよ?何で何も言ってくれねーんだよ!?」
焔は、父親がどうしてこんなことをするのか理解できなかった。だが、このまま素直に従う焔ではなかった。風子が行方不明になったというこんな大事なことを秘密にされ、しかも風太との連絡もできないようにされていたのだ。そして、理由は何も言わない。焔にはもう、父親の言うことを聞く気などなかった。
「・・・震の奴に相談するか。あいつなら、何かいい考えが浮かぶはずだ。」
「よう、遅くなって悪い。ちょっと、こっちからかけなきゃいけねー理由ができてな。」
「・・・いや・・・別に・・・。」
「・・・風太。さっきかかってきた電話、お前のおふくろからだったぞ。」
「!母さんが!?」
「安心しな。お前のことは言ってねーよ。」
「・・・そうか・・・。」
「・・・聞いたぜ。風子ちゃんがいなくなったんだって?」
「・・・ああ・・・。」
「で、お前は風子ちゃんの法事を抜け出して、それからこの町まで来たんだな?」
「・・・抜け出したとは思う。・・・でも・・・どうやってこの町まで来たのかは・・・。」
「・・・そのことは置いとく。で、ここからが重要だ。お前のおふくろ、風子ちゃんがいなくなったことについて、俺の親父に相談してたらしい。」
「・・・そうなのか?」
風太は、そんなの初耳だと言わんばかりの顔をする。
「ああ。・・・で、当の親父だが、俺にはそのことを隠してやがった。」
「隠してた?」
「ああ。さっきも言ったが、俺はお前のおふくろの電話で、風子ちゃんのこと知ったんだ。それまでは、何にも聞いちゃいねー。それどころか俺は、どうやらお前に関われないよう意図的に遠ざけられてたっぽいんだ。俺、中学に入ってから手紙書かなくなったけどよ、少なくとも六年生までは書いてたんだぜ。・・・頻繁じゃなかったけどな。そして、書いた手紙は、自分達が出すってことで、親父達に預けてたんだ。」
「?手紙?俺は、何ももらってない・・・。」
「そう。つまり、親父達は嘘を吐いてたんだ。・・・ムカつくぜ。」
「・・・どうして・・・・そんなこと・・・?」
「それで、そのことを親父に問い詰めたら、理由も言わず、この件に関わるなって言いやがった。・・・絶対何かあるぜ。」
「・・・何かって・・・何が・・・?」
「・・・風子ちゃんがいなくなったのは、間違いなく誘拐だよ。しかも、警察が秘密にしなけりゃいけねーほど、ヤバい組織が背後にいるのかもな。」
「・・・そんな連中に・・・風子が・・・!?」
途端に、風太の心に絶望と諦めが支配する。焔の推理が正しければ、一介の高校生にすぎない自分にできることなどないのではないか。そんな感情が、風太を心に重くのしかかった。
だが、今までの風太を知る者-青野渚や風太の母親とか、今の風太の身近な人間とかが挙げられる-なら、こんな弱気な考えを抱く風太に違和感を覚えただろう。風太なら、妹を攫った連中を知れば、何とかして見つけ出し、風子を助けに行こうと言ったはずである。
だが、今の風太には、その執念や意気込みを感じなかった。まるで、どうしようもないことが分かっているように。
「まだ確証は持てねーけどな。だから、そいつを手伝ってくれる奴を呼んだ。」
「・・・呼んだ?」
その時、家のチャイムが鳴る。
「・・・来たな。」
「・・・相当彼の心はダメージを受けていたようだね。」
遠くから見るソウは、とても悲しそうな面持ちで、風太を見ていた。
「・・・記憶は消しても、ヤミーに対する圧倒的な敗北感と、緑川風子を救えなかった絶望感だけは残したのですね・・・。」
モーゼもまた、悲しそうな面持ちで風太を見ていた。
「まあね。絶望と敗北感。記憶を消しても、この二つによって、風太は今までにないほど消極的になっているね。」
「・・・どうして、それも消さなかったのですか?あなたのお力なら、それも消すことができたはず?」
「・・・あの時対峙したヤミー。ヤミーは全然本気じゃなかった。あの時のあれは、人で言うなら軽く息を吹きかけて、蝋燭の火を消す程度のものだった。本気のヤミーの力は、あんなものじゃない。あれで心が折れて、妹を助けるのを諦めてしまうのなら、残念だけど、その程度だったと切り捨てるしかない。・・・いや、寧ろそっちの方が、僕的にはいいのかも。」
「・・・。」
「でも、忘れないでね。君にはちゃんと、側にいてくれる人がいるんだから。」