知らされていなかった幼馴染
「ここが、俺んちだ!・・・って、知ってるよな?」
二人が再会して十分後、二人は焔の家の前にいた。
「・・・悪い。十年ぶりだから、あまり覚えてない・・・。」
「ははは!まあ、入れよ。今、親父は仕事でおふくろも町内会の旅行に行ってるからいねーんだ。」
「?おい、それじゃあお前、学校サボってるのか?」
「固いこというなよ。お前だってサボりだろ?わざわざこんな遠くまで来たんだからよ。・・・いや、家出か。」
「・・・家出したつもりはないんだけどな・・・。」
少々複雑そうな表情を浮かべながら、風太は焔の家に上がる。そして、焔に案内され、二階の焔の部屋に入る。
「・・・酷いなこれは・・・。」
焔の部屋に入った風太は、あまりの乱雑さに絶句した。床一面に、漫画雑誌やら単行本やらよく分からない紙が散乱し、足の踏み場もなかったのだ。
「仕方ねーだろ。最近じゃ、ダチはおろか、親父達も入れてないんだからな。」
「・・・片付けろよな。」
「ははは!気が向いたらな!」
「・・・。」
そういえば、子供の頃からこんな奴だったなと、風太は思っていた。だが、同時に何も変わっていない彼に対し、どこか羨ましさを感じていた。
「ここ座れよ。」
「・・・ありがとう。」
「いいってことよ!にしてもお前、どうしてこんな遠くまで来たんだよ?」
「・・・それが・・・覚えていないんだ。・・・気が付いたら・・・この町のはずれにある林の中で倒れていて・・・。」
「なんだそりゃ?夢遊病・・・なわけねーな。」
「・・・。」
「・・・まあ、とにかく風子ちゃんにだけでも連絡しとけよ。ほら、携帯貸してやるから。」
「・・・。」
「?風太?」
風子の名前を出した途端、風太の表情が曇ったことに、焔は気付いた。いや、何か不自然な感じはしていた。風太は、幼い頃の自分と過ごしてきたことは、楽しそうに話していたが、会わなくなってから五年後以降のことは、あまり話そうとしなかった。それも、妹の話になれば、露骨に話題をはぐらかしていたのだ。
「・・・やっぱり何かあったのか?」
「・・・。」
「・・・まあ、お前にも色々あるんだろう。無理して聞きはしねーよ。じゃあ、ゲームでもして、時間でも潰すか。」
「・・・いや・・・いい・・・。」
「?どうしたよ?お前、ゲーム好きだったろ?通信対戦やりまくったじゃねーか。」
「・・・最近やってないんだ・・・。だから・・・全然・・・。」
「大丈夫だって。こいつはRPGだぜ?【ユニバースワールド】。古典的なRPGだけどよ、人気あるんだぜ?」
「・・・古典的RPG?」
「ああ。勇者が魔王に攫われたお姫様を救うっていう、ベタベタなRPGだ。」
「・・・攫われたお姫様・・・。」
風太の脳裏に、一瞬妹の姿がよぎる。だが、その妹は、自身が知る無邪気な笑顔を浮かべる妹ではなく、まるで人形のように無表情で、ゾッとする雰囲気を醸し出す妹だった。
(?・・・何だ・・・さっきの・・・?)
「・・・でさあ・・・。?おい、聞いてるのか?」
「!ああ・・・悪い。・・・どうした?」
「聞いてなかったのかよ・・・。本当に変わったな、お前。」
「・・・そういうお前は変わらないな。ある意味羨ましいよ・・・。」
「何だ?未だにガキだって言うのか?」
「いいや・・・本当にいい奴だなってな・・・。」
「・・・風太・・・。」
勘が鈍いと自負する焔でも、今の風太の異常さには気付いていた。だが、風太が話したくないのなら、無理して聞くのは悪いと思い、それ以上聞こうとは思わなかった。しかし、何かモヤモヤした気分になった。
その時、突然、焔の家の電話が鳴った。
「?誰だ、いったい?悪い、ちょっと待っててくれ。」
焔は、風太に断ると、部屋を出て、電話の置いてある場所に行く。そして、受話器を取る。
「もしもし、赤羽です。」
『!もしもし!赤羽さん!?私です!緑川です!』
「え?・・・もしかして、緑川のおばさん?」
電話の相手は、なんと風太の母親だった。予想もしていなかった電話の相手に、焔は思わず自分が誰か分かる情報を与えてしまう。
「!焔君!?どうしてこんな時間に家に!?」
「あ・・・その・・・これは、親父達には内緒にしてください・・・。・・・特に、親父にバレたらどんな目に遭うか・・・。」
『・・・分かったわ。深くは聞かないでおくわね。』
「すみません。・・・でも、どうしたんですか?そんなに慌てて?」
大方、風太のことだろうと焔は考えていたので、あえて知らないふりをすることにした。
『・・・実は・・・風太が帰ってこなくて・・・町内にはいなかったから、知り合いの所を片っ端からかけているの。』
「帰ってこないって・・・どれくらいなんです?」
『もう、十日は帰ってないの。・・・法事の日にいなくなったから、間違いないわ。」
(十日?やっぱり家出じゃねーか。何が、気付いたらここにいた、だ。まったく、おばさん心配させるなんて、とんだ親不孝・・・。?法事?)
自分のことを棚に上げたことを考えた焔は、ふと、彼女の言葉に何か引っ掛かるものを感じた。
「・・・そうですか。でも、法事の日にいなくなるなんて何かあったんですか?」
『・・・あの子の・・・風子の法事だったから・・・あの子はそれを嫌がっていたの。多分、それで・・・。』
「!ちょ!ちょっと待ってください!・・・法事って・・・風子ちゃんの・・・!?」
予想にしていない風太の母の言葉に、焔は思わず聞き返してした。風子が死んでいたなど、焔は知らなかったからだ。
『?あれ?お父さんに聞いていないの?風子は五年前に行方不明になったって。』
「行方・・・不明・・・?・・・五年前・・・?・・・いいえ・・・。」
焔は困惑する。風子が行方不明になったなど、自分は聞いていなかった。そもそも、父親どころか、両親からそんな話は一切聞いていなかったのだ。
『?おかしいわね。あなたのお父さんにも手伝ってもらったのよ?』
「・・・あの・・・すみません。詳しく聞かせてくれませんか?」
風太の母親が言うには、風子は五年前に突如として行方不明になり、地元紙に載るほどの事件になったという。そして、警察官である焔の父親は、この件の捜査には加われないものの、色々彼女の相談に乗っていたというのだ。しかし、捜査の甲斐なく風子は見つからず、現在は死亡扱いになっていると彼女は言った。
「・・・そうだったんですか。すみません、俺、何も知らなくて・・・。」
『いいのよ。ウチもバタバタしてたから。・・・急に電話かけてきてごめんね、焔君。』
(・・・そういうことか。あいつは風子ちゃんを可愛がっていたからな。死んだことにされて、相当頭にきたんだな。だから家出した。そんなところだろう。)
「いいえ、構わないでください。・・・じゃあ、もしあいつを見かけたら、家に帰るよう説教してやりますよ。」
『お願いね。』
電話は切れた。焔は、何かを考え込むと、意を決して電話をかけるのだった。自分の父親の職場、警察署に。