賢者モーゼ対魔王アロン
渚の口調を変更します。
「【セイクリッドレイ】!」
「【ダークネスレイ】!」
「【セイクリッドフォース】!」
「【ダークネスフォース】!」
風太とヴァサーゴが戦っている頃、モーゼとアロンも壮絶な戦いを行っていた。互いに上級の光魔法、闇魔法を放ち、一歩も引かない戦いを展開していた。
しかし、ここでモーゼは疑問を感じていた。自身の魔力は、大半を大規模転移のために魔法陣に注ぎ込んだのである。なのに、徐々に自身の魔力が戻っていく感覚を感じていたのだ。同様に、自身の体調も回復し出しているのも感じ取れた。
(・・・どういうことだ?私に魔力が戻ってきている?それに、体調も。・・・何故?)
(・・・ちぃ!奴の魔法が徐々に強力になってきている・・・!力を隠していたのか!?ええい!いつもいつも気に食わん奴だ!)
モーゼのそんな理由も知らないアロンは、モーゼが手加減をしていたと思い、憤慨していた。
「・・・モーゼ・・・いつも私の癇に障る奴だ!修行時代からそうだ!私には劣るが、貴様は私に次ぐ力を持っていた!だが、貴様はいつもその力を隠していた!そのくせ、他の弟子達やじじいは貴様ばかり支持する!何故、実力のある私ではなく、力を隠してご機嫌取りばかりしていた貴様が評価されるのだ!納得いかん!」
「・・・私は別に、他者の機嫌を取っていたわけではない。師匠や他の弟子達、そなたも素晴らしいと本当に思っていた。それに、いたずらに強大な力を揮うのは愚かなことだ。そんなもの、暴力を揮うこととなんら変わりがない。それに気付かなかったから、そなたは誰に見向きもされなかったのだ。如何に力が強かろうと、己の力を見せびらかすことばかりしていたそなたのような器の小さい人間が、誰に支持されるものか!」
「黙れ!優れた者が頂点に立ち、全てを支配する!それがこの世の真理だ!私は、それに忠実なだけだ!」
「・・・愚かな・・・!」
アロンはモーゼの言葉に更に怒りを露わにし、攻撃を強める。しかし、モーゼはそれを的確に魔法で相殺していく。
(・・・やはり、私の魔力が戻ってきている。・・・いや、そればかりではない・・・。別の魔力が流れ込んで力を貸している・・・?しかし・・・いったい誰が・・・?)
モーゼは、今までにない感覚に困惑するも、今はアロンとの戦いに集中すべきと、一旦それは思考の外に置いた。
「・・・渚?どうしてここに・・・?」
ミリィは困惑していた。目の前に、師匠の薬で眠らされたはずの渚がいたのだから。
ここは、ドラン城地下の儀式の間と呼ばれる場所。普段は儀式的なことをする以外、使われることがない場所である。
現在、この部屋の床には巨大な六芒星の魔法陣描かれていた。その六芒星の中心に、ミリィは普段の恰好とは違う、ローブ姿で杖を持ち立っていた。
「・・・ソウって言う人から聞いたの。町の人と私達だけ脱出させる気だって。」
「ソウ?」
聞き覚えのない名前に、ミリィは首を傾げるが、今更隠し立てしても無駄だと思い、計画のことを口にする。
「・・・ええ、そうよ。残念だけど、今のあなたと緑川風太では勝てないわ。だから、町の人達とあなた達だけでも逃がす作戦なのよ。」
「そう。・・・彼の言う通りだったのね。じゃあ、あの話も・・・。」
「?」
「この魔法陣に、モーゼさんの魔力が込められているのね?」
「・・・ええ。」
「・・・この魔力をモーゼさんに戻すことはできるの?」
「え?・・・それは・・・できるけど・・・でも、そんなことしたら転移が・・・。・・・それに、戻しても、賢者様の力じゃ、アロンには・・・。」
「・・・私の魔力もここに注いで、モーゼさんに渡せば、力になると思うんだけど。・・・できる?」
「魔力の譲渡?・・・できないこともないけど、力にはならないわ。魔力譲渡は、実戦では役に立たない魔法なのよ。自分の溜めた魔力を戻すのならいざ知らず、他人に魔力を譲渡するのは、かなり効率が落ちるわ。それに、ここの魔力を賢者様に戻せば、転移はできなくなるわ。」
「大丈夫、魔将軍三人は風太が倒すから。それに、効率が多少悪くても、たくさん魔力を注げばいいはず。私ならできると思う。」
「どんなに大量に注いでも、大して魔力は渡せない!渡し損よ!それに、緑川風太じゃ、魔将軍三人は苦しいはず・・・無理よ!」
「これもソウって人の言葉だけど、風太にはブラフマーっていう魔剣を渡してあるんだって。だから、魔将軍くらいなら、倒せるって言ってた。そうすれば、あとはアロンだけ。アロンを倒すのには、私が魔力を渡してモーゼさんを強化させればいいって。」
「魔剣ブラフマー!?」
その名前にミリィは心当たりがあった。創造神が創ったとされる魔剣の一本だが、文献にのみその名が記載されているだけで、存在は確認されていないという。
(・・・そんな・・・創造神が創った伝説の魔剣を、ただの人間が?・・・あり得ない。ブラフマーかどうかはおいておいて、本当に魔剣かどうかも怪しいわ。・・・それに、アロンを倒す方法に魔力譲渡?魔力譲渡は効率が悪い方法よ。渚の魔力が膨大でも、雀の涙ほどの力しか渡せないわ・・・。そんな役立たずの方法を勧めるなんて・・・。そもそも、そんな得体のしれない人間の言葉、信じられるわけが・・・。)
その時、二人の声ではない、男性の声が儀式の間に響き渡る。
『ミリィ殿!転移中止!』
「!え?騎士団長?」
『勇者殿が何故か目を覚まされた!作戦に気付かれたのかもしれん!』
「・・・はい、騎士団長。彼らは作戦に気付きました。渚・・・女勇者様も目を覚ましています。」
『・・・やはりか。』
「団長、すぐに勇者様を城に・・・!」
『・・・その必要はないかもしれん。』
「え?」
『勇者殿の力が増しているのだ!信じられない強さになっている!魔将軍を二人も瞬殺したのだ!今は、最後の魔将軍と互角に戦っている!魔物の軍勢も、勇者殿の魔物達により殲滅状態だ!残りはその魔将軍と、アロンのみだ!』
「!魔将軍を・・・瞬殺・・・?しかも・・・もうアロンと魔将軍一人だけ・・・?」
団長の情報に、ミリィはただただ困惑した。何が起きているのか、まったく理解できなかったのだ。風太が魔将軍を二人も瞬殺し、魔物の軍勢も壊滅、残すは最後の魔将軍とアロンを残すのみ。そんな優勢に戦局が進むなど、想定できるわけなかった。
(・・・あり得ないわ。緑川風太はまだ、魔将軍と戦える段階じゃないって、賢者様も言ってた。私の見立てでも、魔法技術に関しては、渚より劣っていたはずよ。・・・それが、どうして急に?・・・まさか、ソウという人物の渡した魔剣・・・本物・・・?)
『一旦、転移の発動は待ってほしい。だが、いつでも発動する準備だけはしておくのだ。』
「・・・はい。」
「・・・その腕輪・・・通信機のようなもの?」
渚は、ミリィが付けている腕輪に目がいく。先ほどの声が、ここから聞こえているように思えたからだ。
「・・ええ、【通話の腕輪】。さっきのは、騎士団長よ。」
「・・・さっきの内容だけど・・・風太は勝っているの?」
「・・・みたいね。どうやら、ソウって人間の渡した魔剣は、ブラフマーかどうかは分からないけど、本物のようね。」
「それじゃあ!」
「・・・まだ不安なところは多いけど、そのソウという人間は、有益な人物ではあるわね。」
「じゃあ、この術式も信用できそうかな?」
「?何それ?」
「ソウって人が書いてくれたんだけど・・・魔力譲渡を効率化してくれるって。ミリィに見せれば分かるだろうって。」
渚は、ミリィに紙切れを手渡す。それを見たミリィの表情は、驚愕と困惑が入り混じったものだった。
(・・・嘘・・・これ・・・魔力譲渡の術式!・・・しかも、これなら放出した魔力の50%近くを譲渡ができるわ!・・・でも・・・そのソウって人物は、どうやってこれを導き出したの!?現在の魔力譲渡は、賢者様の考案した術式での1%程度が最大なのに・・・!)
「・・・ミリィ?ミリィ!どうしたの?」
「!」
師の考えた魔法理論よりも遥かに上をいく理論。魔法使いであれば、どうやって導き出したのかという疑問と、これを考えた人物は何者なのかという好奇心がもたげてくるだろう。ミリィもそうだった。だが、渚の言葉により、現実に引き戻された。
「・・・ごめんなさい。これは、今までにないほど魔力を効率よく譲渡できるわ。賢者様の方法以上に。」
「じゃあ!」
「ええ、この術式を利用して、あなたの魔力を魔法陣に注ぎ込みつつ、賢者様に戻すわ。・・・魔法陣に触れて魔力を注いで。」
ミリィに言われ、渚は魔法陣に手を置くと、自身の魔力を放出する。
「・・・【魔力転送】及び【魔力譲渡】開始!」
魔法陣が、強く光を放つ。
「・・・どれくらい送れそう?」
「・・・すごい・・・この調子なら、賢者様の倍・・・いえ、五倍は送れるわ!・・・もしかしたら、もっと・・・!」
「・・・よし!」
渚は勝利を確信し、さらに魔力を放出し続けるのだった。
「ぬぅ!」
しばし膠着状態だった二人の戦いだが、次第にモーゼの方が押し始めていた。
「【セイクリッドジャベリン】!」
「ちぃ!【ダークネスジャベリン】!」
アロンの魔法はモーゼの魔法にかき消され、その直後にモーゼの魔法も消えたが、明らかにモーゼの魔法の方が強いように見えた。この時点で、魔法陣に込められた魔力はすべてモーゼに戻り、今は、渚の流す魔力を受けて、その分パワーアップしていたのだ。
「貴様・・・いつの間にこれほどの力を手に入れた!?」
「・・・そなたに話すと思うか?」
モーゼ自身も分からなかったが、わざわざそれを教えてやる必要もないので、無視をした。
「【セイクリッドジャッジメント】!」
「くっ!【ダークネスジャッジメント】!」
何度目かの魔法の激突。だが、今度の魔法は、明らかにモーゼの方が強かった。アロンの魔法は押し負け、モーゼの魔法はアロンに向かっていく。
「ぐっ!【ダークネスプロテクション】!」
アロンは闇属性の防御魔法を展開して身を守る。だが、モーゼの魔法の威力は凄まじく、防御魔法にヒビが入っていく。
「何だと!?馬鹿な!?」
「これで仕舞いだ!アロン!・・・!」
モーゼがこのまま押し切ろうとしたその時、彼は、凄まじい殺気を感じた。確実に自身に向けられたものだと分かるほどのものだった。
「!【セイクリッドプロテクション】!」
咄嗟にモーゼは、魔法障壁と防御魔法を展開する。展開を終えた直後、凄まじい闇の力がモーゼを襲う。防御魔法はミシミシと音を立てるが、幸いにも割れることはなかった。
(くっ!魔力が戻っていなければ・・・いや、何者かが譲渡してくれなければ、防御魔法と魔法障壁諸共貫かれていた!いったい・・・何者だ・・・!?)
しばらくして、闇の力は消え、モーゼは魔法を解除するが、周囲の状況に愕然とした。モーゼの周囲は、巨大なクレーターと化しており、モーゼのいる部分だけが、原形を留めている状態だった。
「・・・何だ・・・この異様な力は・・・!?アロンではない・・・!」
「・・・この力は・・・まさか・・・!」
『引け、アロン。』
「!」
突然、周囲に何者かの声が響き渡る。その声は、不気味な男の声と、可愛らしい女の子の声が重なっているように聞こえた。
「・・・まさか・・・!」
モーゼは声のした遥か頭上を見る。そこにいた存在に、モーゼは戦慄する。
「・・・暗黒竜・・・ヤミー・・・!」