不思議な少年ソウ
「うえ~ん。」
幼い女の子が、男の子に虐められて泣いている。するとそこに、一人の少年が駆け寄ってくる。
「こらー!風子を虐めるなー!」
「ヤベ!逃げろ!」
虐めていた男の子は、一目散に逃げていく。
「・・・もう大丈夫だぞ、風子。風子を虐めてた奴は、追い払ったからな。」
「・・・うん・・・ありがとう、お兄ちゃん。」
風子と呼ばれた女の子は、目に涙を浮かべながらも、笑顔で少年を見る。
「お兄ちゃんって、いつも風子を守ってくれて、まるで、ヒーローみたい。」
「ああ、お兄ちゃんは、風子のヒーローだ。風子が助けてほしい時は、いつでも駆け付けるからな。」
少年は、笑顔で風子の頭を撫でる。だが、次の瞬間、風子の顔は、まるで人形のように無表情に変わっていた。
「・・・嘘吐き。」
「!」
「助けてくれるって言ってたのに・・・どうして助けてくれなかったの・・・?」
「!!!」
「・・・嘘吐き。お兄ちゃんの嘘吐き。嘘吐き嘘吐きうそつきうそつきウソツキウソツキ・・・。」
風子の顔は、無表情から一変する。目や口がなくなり、まるで底なしの空洞に変わり、少年を呑み込まんとする。そして、兄を罵る声ばかりが辺りに響く。
「う・・・うわああああああああああああ!!!」
少年は、恐怖と絶望のあまりその場に崩れ落ち、絶叫する。
「!?」
あまりの夢の恐怖に、風太は目を覚ました。そこは、さっきメイドに案内された部屋だった。
(・・・夢?・・・嫌な夢だな。)
「起きたようだね。」
「!?」
突然、聞きなれない声が聞こえ、風太は声のした方を振り向く。そこには、風太と同い年か、それより少し若そうな黒髪の少年が、ベッドの上に腰かけていた。
「・・・誰だ?」
「僕?僕は、ソウだよ。」
「・・・ソウ。ここで、何をしているんだ?・・・いや、そもそもお前、この城の人間か?」
「違うよ。僕は、この城の人間じゃない。・・・ただ、君の敵じゃあないよ。味方さ。」
「・・・味方?」
いきなり現れて、味方なんて言われても、風太には信じられなかった。すると、風太の考えを察したのか、ソウは悲しそうな顔をする。
「酷いな。僕は、本当に君の味方なのに・・・。」
「こんなところにいきなり現れて、味方ですなんて言われても信じないぞ。」
「・・・まあ、そうだね。でも、少なくとも、君にかけられた眠りの魔法を解いたのは僕なんだから、少しは信じてほしいな。」
「?眠りの魔法?」
「君と彼女は、強力な魔法薬を飲まされたんだ。」
ソウは、机にもたれかかって寝ている渚を指す。
「!渚!おい!起きろ!」
「無理だよ。薬は、どんなことが起きても、一日経たないと目を覚まさない強力睡眠薬だから。揺らした程度じゃ起きないよ。」
「・・・どうしてこんなことを・・・?」
「君達を戦わせないためだよ。」
「どういうことだ?」
風太は、意味が分からなかった。どうしてそんなことをするのか。自分達が戦わなければ、魔物の群に王都は蹂躙されてしまうだろう。こんなことは、自殺行為でしかない。
「この城の人間達は、城下にいる人間と君達だけでも逃がそうとしているんだ。大規模転移魔法を使ってね。」
「大規模転移?モーゼが超級魔法を発動するまで俺達と騎士団で持ち堪えるっていう作戦じゃ・・・!」
「・・・普通の相手なら、その方法も取れただろうね。・・・でも、今回の相手は、あの魔王アロンだからね。アロンが動くとなれば、その作戦は必ず失敗する。」
「・・・どうしてそう言い切れる?」
「魔王アロン。彼は、かつてはモーゼと同じく賢者になるために共に修行していた間柄の人間なんだよ。」
「!知り合いだったのか!?」
「そう、知り合いだった。しかも、実力なら、彼の方が上だった。モーゼは一度も彼に勝てなかったんだ。・・・でも、先代賢者が後継者に選んだのは、モーゼだったんだ。当然、プライドの高かったアロンは、それに納得できなかった。彼は、賢者すら超える力を求めるようになり、その結果、ヤミーの強大な闇の力に行きついた。まあ、彼自身が闇属性だったこともあるけどね。そして、ヤミーの僕となった彼は、圧倒的な力を手に入れて魔人となり、ヤミーの世界征服に加担しているという訳さ。」
「・・・そんなこと、一言も聞いていない・・・。」
「モーゼは、アロンに関しては、自分自身の手で決着を着けたいと思っているからね。私事に巻き込みたくなかったんだよ。・・・それに、今の君達では、アロンに絶対勝てないと分かっているからね。行けば、確実に殺される。そうなれば、この世界の希望は失われてしまう。それだけは絶対に避けなければいけない。だから、モーゼも王国軍も、自分達が囮となる作戦を立てたんだ。表向きは、モーゼの魔法で倒す作戦だって言ってね。」
「・・・。」
風太は愕然とした。自分達という希望を残すために、大勢の人間が犠牲になろうとしている。その衝撃が、風太の中にまだくすぶっていた何かを刺激した。
「・・・!」
風太は、部屋を飛び出そうとする。ソウは、それを静かに制する。
「行ったところでどうにもならないよ。モーゼは負ける。ただでさえ力に差があるのに、大規模転移のために、魔力の大半を使い果たしたからね。それに、行って君が死ねば、彼らは無駄死にだ。・・・そもそも、君の目的は、妹を助けることだ。妹さえ無事なら、君は他人に興味を持たない人間なんじゃないのかい?」
「・・・ああ、そうだよ。俺は、風子さえ無事ならそれでいい。それ以外の人間なんて、どうでもいいと思ってる。・・・俺の世界の連中なんて・・・友達だの、力になるだの、そんなこと言ってたくせに、風子がいなくなった時、何もしてくれなかった・・・何も・・・!」
風太は、昔の嫌な記憶を思い出すように言葉をひり出す。
「・・・でも、少なくとも、ここにいる人達は、俺達のために命をかけようとしてくれている。あいつらとは違って。・・・風子を助けることが目的じゃないのは分かってるさ。・・・でも・・・。」
「・・・君の世界の人間よりはマシだから助けたい?」
「・・・ああ。」
「・・・まあいいか。なら、これを持っていくといい。」
ソウは、風太に剣を手渡す。それは、風太が渡された制式仕様の剣とは違い、強い力を感じた。
「・・・これは?」
「魔法剣ブラフマーだよ。持っているだけで、使用者を強化してくれるし、魔力を込めることで切れ味を増したり、強力な斬撃を出すこともできるようになる。普通の人間なら、大して強くなれないし、すぐに魔力が枯渇するけど、君なら大丈夫だろうね。これがあれば、いい線いくと思うよ。」
「・・・ありがとう。」
風太は剣を受け取ると、部屋を立ち去る。残されたソウは、やれやれといった様子で風太の後ろ姿を見送る。
「素直じゃないな・・・君だって、本当は分かっているはずなのに。・・・まあ、今回はこの世界の人間達を守りたいと思ってくれていることが分かっただけでも知れてよかったよ。」
ソウはそう言うと、渚に向き直る。
「さて、彼女も起こさないとね。」
ソウは、彼女の耳元で指をパッチンと音を立てる。すると、渚はあっという間に目を覚ました。
「・・・あれ?私・・・。」
「起きたね。」
「?あなたは?」
「僕は、ソウ。君に、大事な話がしたくてね。」
それからしばらくして、渚は急いで部屋を出て行く。しかし、渚がいなくなった後、部屋には誰もいなかった。まるで、最初から誰もいなかったかのように。
今後の展開のために、最後の部分を修正しました。