決戦直前
「陛下!偵察部隊、全滅しました!」
「全滅!?」
団長と軍議を行っていた国王の元に、伝令から偵察部隊全滅の報が入る。
「生命伝達の石が砕けました。・・・これは、彼らの命の波長と連動しています。それが完全に砕けたということは・・・!」
「・・・全滅か。」
国王は、悔しそうな面持ちで項垂れる。
「・・・陛下、彼らも覚悟の上です。今は・・・。」
「・・・分かっている。・・・全軍、迎撃態勢に入れ!ただし、勇者殿には気付かれてはならんぞ。」
「はっ!」
伝令役は、その場を立ち去る。残されたのは、国王と団長だけとなった。
「・・・団長。我が軍はどこまでもつと思う?」
「・・・一時間・・・いえ、三十分・・・或は、もっと短いかと・・・。」
「・・・そうか。」
「陛下。」
そこに、モーゼが入室する。だが、モーゼは顔色が悪く、フラフラしていた。
「賢者殿!首尾は!?」
「・・・ご安心を。大規模転移魔法は、いつでも発動可能です。二人が大いに活躍してくれたおかげで、準備に集中でき、スムーズに行きました。」
「そうか!では、我が軍が敵と接敵したと同時に発動を・・・。」
「いいえ、発動は、ミリィに行わせます。彼女でも発動は可能です。」
「賢者殿?」
「・・・アロンが来るのならば、私が出向かざるを得ません。・・・奴の気を完全に逸らすには、これが一番です。」
「!賢者殿!それは無茶だ!大規模転移のために、賢者殿は魔力を・・・!」
団長は、モーゼのやろうとしていることを止めようとする。実は、モーゼは魔力の八割以上を失っていたのだ。そのため、モーゼは、はたから見ても顔色が悪く、今にも倒れそうな様子だったのだ。
「・・・アロンに気付かれれば、大規模転移は失敗するでしょう。少しでもそれを防ぐためには、これしかありません。」
「だが・・・賢者殿は、民になくてはならぬ存在。賢者殿がいなくなれば、いったい誰が、民を導くのか?」
「・・・ご安心ください。既に、私の代わりは用意してあります。・・・それに、私は長く賢者の地位にい過ぎました。・・・そろそろ、身を引く時期です。」
「・・・賢者殿・・・。」
「・・・陛下、アロンがあのような存在になったのは、私に責任があります。・・・これは、私自身のケジメでもあります。・・・申し訳ありません・・・。」
そう言い残すと、モーゼは退室した。その足取りは覚束なく、今にも倒れそうであった。
「・・・賢者殿・・・。」
国王は、モーゼに言葉をかけたかったが、結局何も言うことができなかった。
「勇者殿と女勇者殿は、こちらでお休みください。」
メイドに連れられ、風太と渚は城の一室に案内された。
「城壁前の陣でいいって言ったのに・・・どうしてここに?」
「陛下のご命令です。勇者殿と女勇者殿は、万全の状態で臨まれてほしいと。」
「・・・気を利かせすぎだって。なあ?」
「うん・・・。」
風太と渚は、用意されていた椅子に座る。
「どうぞ。お二人には、気持ちを落ち着ける紅茶をお入れします。」
メイドは二人に紅茶を入れる。二人は、すぐに口を付ける。
「・・・変わった味だな・・・。」
「そうね・・・でも、気持ちを落ち着けるのなら、普段とは違う味なのかも・・・。」
二人は、あっという間に紅茶を飲み干す。すると、渚は急に、強烈な睡魔に襲われる。
「・・・あれ?・・・何だか・・・眠い・・・。」
「?どうした、渚?」
「・・・くー・・・。」
そのまま渚は、机にもたれかかるように眠ってしまう。
「・・・仕方ない奴だな。これから忙しいっていうのに・・・!・・・!?」
その時、突然、風太の方も、強い睡魔に襲われる。風太は立っていられなくなり、その場に崩れ落ちてしまう。
「・・・な・・・何・・・が・・・?」
そのまま、風太は意識を失ってしまう。最後に一瞬見えたのは、メイドの申し訳なさそうな顔だった。