優しき王と冷酷なる王
先発隊を殲滅した風太と渚は、国王と共に、戦場の跡に立っていた。周囲には、夥しい魔物の死体が転がり、地獄絵図となっていた。
「あっけなかったな。」
「・・・そう・・・ね・・・。」
「さすがは勇者殿。感服の至りだ。騎士団だけでは、どれほどの犠牲が出たであろうか・・・。」
「敵に魔将軍も魔王もいなかったから、ここまでうまくいっただけです。そいつらがいたら、どうなっていたか・・・。」
「うむ。次に来るであろう敵本隊の攻撃、無傷ではすまんだろう。・・・?女勇者殿、どうかしたのかな?顔色が優れぬようだが?」
国王は、渚の顔色が真っ青で、今にも倒れそうな様子に見えたのを気にして声をかけた。
「・・・いいえ・・・大丈夫・・・です・・・。」
「・・・女勇者殿は、戦った経験がないと聞いている。この戦場の空気に当てられて、気を悪くしたのだな。」
「・・・その・・・。」
「無理をしてはならぬ。勇者殿は、この世界の希望、何かあってはならぬ身。しばし、後方に行き、休むといい。」
「・・・ごめんなさい・・・風太。」
渚は、完全に戦場の空気に当てられ、参っていた。無理もない。平和な世界で、平凡な生活をしていた人間が、いきなり魔物とはいえ、生き物を殺すのだ。しかも、大量に。戦っている最中は、無我夢中で気付かなかったが、終わってから周りが見えるようになって、罪悪感や嫌悪感、不快感といったものが生じ、心の整理ができなくなっていたのだ。
「気にするな。今は休んでいろ。ここからが本番だ。」
「・・・うん。」
渚は、申し訳なさそうな様子で、後方に下がっていく。
「・・・それにしても、勇者殿は、この戦場の空気を嗅いでもなんともないのかな?余も、少しばかり気が滅入っている。」
「・・・別に。こいつらを生き物とは、どうも思えなくて・・・。」
風太は、周囲に転がる魔物の死体を、まるで石ころか雑草を見るような目で見ていた。さっきまで自分達を殺さんと迫ってきていた敵なのに、風太は何の関心を持っていなかったのだ。
「・・・勇者殿も、女勇者殿と同じ世界から来たと聞いているが・・・どうやってそんな強靭な精神を手に入れたのか?」
「・・・俺のはそんな威張れるようなものじゃありません。・・・強いて言うなら・・・世界に俺の味方はいない・・・。そう思って生きてきたってことですね。」
「味方がいないとは・・・女勇者殿は、勇者殿の友人と聞いているが?」
「・・・あいつは・・・妹のことを死んだことにしようとしていた女です。・・・友人だったのは、妹が攫われる以前の話です。」
「・・・。」
国王は、風太が一瞬見せた表情を見逃さなかった。それは、とても寂しそうな表情であった。
(・・・ヤミーが依り代としているのは、勇者殿の妹。勇者殿は、その妹を救うためにこの世界に来たと賢者殿は言っていたな。・・・しかし、あの目・・・あれは、孤独の中で生きてきた者の目。・・・この世界に来るまで、一体どのような人生を歩んだのか・・・。)
「・・・勇者殿。勇者殿がどのような人生を歩んだかは分からぬが・・・一つ、人生の先輩たる余の忠告だ。」
「?何です?」
「人は、結局一人では生きてはいけぬ。・・・それだけは忘れないでほしい。」
「・・・。」
「・・・勇者殿も休まれるとよい。如何に圧勝とはいえ、体力は消耗しているだろう。」
「・・・分かりました。・・・失礼します。」
風太は軽く頭を下げると、後方に下がる。そんな風太の後姿を、国王はどこか悲しそうな目で見つめていた。
「・・・!捕捉した!」
「とうとう来たか!」
同時刻、偵察のために先行していた偵察部隊は、森の中を進軍する敵の本隊を捕捉した。
敵の本隊には、先発隊にいた魔物とは比較にならないほど強そうな魔物が多数見受けられた。そして、先頭には、馬型の魔物に騎乗する三人の鎧を着た男達、そして、魔物達が引く神輿のような乗り物の上に乗る、フードを被った男がいた。
「・・・あれが・・・魔王アロン・・・!」
「あの男達・・・魔族だな。・・・だが、一番先頭にいる男は、人間のようにも見えるが・・・。」
「アロンのように、ヤミーから力を与えられた魔人かもしれない。」
「・・・このままだと、そう時間もかからずに王都直前まで到着するぞ。」
「すぐに陛下にお伝えするのだ!」
「・・・羽虫がうるさいな・・・。」
「!!!」
唐突にアロンはそう言うと、偵察部隊が隠れている茂みに、魔法を放つ。
「【ダークバーン】!」
高密度に圧縮された闇のエネルギーが、凄まじい爆発を引き起こす。
「た・・・退避し・・・!」
茂みに身を潜めていた兵士達は、一瞬にして消滅した。
「!兄さん!」
「!馬鹿!」
「・・・最初から分かっていたに決まっているだろう。このまま隠れてアロン様の魔法で消し飛ばされたいか?」
「・・・っ!」
先頭にいた男の言葉に、隠れていた他の偵察部隊の兵士達が姿を見せる。彼らは全員、死を覚悟した表情で武器を手に、鎧の男達と対峙する。
「・・・二十三。一分も経たずに終わるな。」
先頭の男は、腰に差す剣を抜こうとする。
「ヴァサーゴ、待て。」
「!アロン様?」
アロンは、ヴァサーゴと呼んだ男を制する。
「・・・お前達、一つチャンスをやろう。一分だ。一分間、お前達に時間をやろう。その間にモーゼの元に行くがいい。」
「!」
「では数えるとしよう。・・・一つ・・・。」
「!全員、分散して王都に向かう!急げ!」
兵士達は、バラバラになってその場を離れる。一人でも生きていれば、本隊に情報を伝えることができる。だが、彼らが本隊に辿り着くことはなかった。それから一分後、彼らは全員、屍と化していたのだった。




