モーゼの部屋
「何だここは・・・?」
モーゼの部屋に通された風太と渚は、自分の目に映る光景が信じられなかった。
賢者の部屋だと聞いて、たくさんの書物が陳列してある場所を想像した二人だが、そこは、一面緑の草原であった。頭上も、天井ではなく、雲一つない青空が広がっていた。そして、草原の奥には、小さな小屋がポツンと建っていた。
「・・・ここ・・・室内・・・のはずなのに・・・どうして外に・・・?」
「ここは、私の魔法で作り上げた空間だ。城にある私の部屋の扉を入口にしてある。」
「・・・この世界は、あんたの魔法で作ったってことか?」
「その通り。なに、そなた達の力なら、修行すれば、これ以上の空間を作ることも可能だ。」
モーゼはサラリと言ったが、風太は彼の凄さを感じていた。空間を作るなど、魔法を知らない自分でも難しいことくらい理解できる。それも、これだけの広さである。それができるのだから、彼はまさに、賢者と呼ばれるに値する人間なのだと、風太は納得した。
「この空間は、外の空間と隔絶されている。ここでどれだけの時を過ごそうと、外の世界では一刻も時間が経つことはない。」
「・・・凄いな。まるで、どこかのバトル漫画みたいだ。」
「ここで、この世界のことを学んでから、外に出なさい、と言うことですか?」
「そうだ。この場所なら、ヤミーの侵攻を気にすることなく、そなた達に知識を授け、鍛えることができる。打って付けの場所であろう。」
「・・・でも、賢者様はほとんどここで過ごすから、結構時間間隔がズレるのよ。この間も、呼びに来るまで十年分はこの世界にいたもの。」
ミリィは、モーゼがこの世界に籠ることに、苦言を呈した。
「・・・でも、ここには何もないぞ?あそこにあるボロい小屋くらいしか・・・。」
「ふふふ。ではあの小屋へ行き、扉を開けてみるといい。」
「?」
風太は言われるままに、小屋の方に向かう。小屋は、木造で、見た目は相当オンボロだった。
(・・・どう見てもただのボロ小屋だ。・・・中に何があるんだ?)
風太は、扉を開けて、中に入る。すると、風太は驚きの声を上げる。
小屋の中は、外から見た以上に広く、部屋中に天井に達するほど高い本棚と、その本棚に大量に本が陳列されていた。つまり、最初にイメージしていた通りの部屋だったのだ。
「・・・どうなってるんだ?この小屋も、魔法で別空間を作ったのか?」
「いや、この小屋の広さは、別空間を作ったのではなく、空間拡張だ。空間を作るよりは簡単だが・・・それでも、できるのは私くらいのものだ。」
「・・・もう何でもありだな。さすがは賢者、ってやつか。」
「・・・凄い・・・こんなに本がいっぱい!」
モーゼと共に小屋に入った渚は、膨大な蔵書に目を輝かせていた。
「ここには、世界のあらゆる文献や書物がある。私が長い年月をかけて集めたものだ。」
「凄い!世界中の本なんて!凄すぎです!」
「・・・渚。あなた、本が好きなの?」
「うん!大好き!」
「・・・渚は、昔から本が好きだからな。」
「なら、尚更読み書きができるようにならねばならんな。」
モーゼは、本棚から本を一冊手に取る。
「この本棚には、世界の全ての言語に関する本が収められている。この本は、この大陸で使われている言語、【ワルド語】に関する本だ。」
「・・・全ての言語ってことは、この世界には、たくさん言語があるのか?」
「そうだ。一応、世界共通の言語である【共通語】が存在するが、専らは自分達の住む大陸か地方の言語を使う。」
モーゼが言うには、アナザーワールドには、【共通語】と呼ばれる統一言語、それぞれの大陸で主に使われている【グロバー語】、【ユニバス語】、【ワルド語】、さらに、地方でのみ使われている【地方言語】が存在している。【共通語】は、基本的には他の大陸の人間と交流や交渉を行う者―王族や貴族、商人や冒険者が主だという―が使い、一般の人間は、自分の住む大陸や地方の言語を使用するという。
「そなた達は、世界中を回らねばならん。ならば、最低でも大陸の基本言語はマスターせねばならん。それと、【共通語】もだ。」
「・・・【共通語】っていうくせに、共通してないじゃないか・・・。名前詐欺だぜ。」
「世界は広い。その上、文化や民族の違いもある。簡単に統一言語を作ることはできん。できたとしても、外交や交渉が主な用途だ。」
「風太、英語が苦手だから、こういったの駄目そうよね。安心して。言語は私が習うから、風太は魔法でも・・・。」
「・・・いや、俺もちゃんとやる。通訳頼るなんて、面倒だからな。・・・それに、自分の力でやっていけるようにならないと、何かあった時に困るのは俺だしな。」
「では、初めは【ワルド語】を教えよう。そこにある机と椅子は、自由に使って構わない。」
「よし!さっさと覚えて、風子を助けに行くぞ!」