嫌な予感
「ご苦労様です、勇者様!これでこの一帯の地域は、完全に解放されました!」
王国軍が設営した陣地にあるテント内にて、王国軍兵士が、焔と震に報告をしていた。二人は兵士からの報告を聞き、緊張が解けた様子だった。
「ここもこれで終了だね。」
「どんどん制圧する時間が短くなってるぜ。俺達が強くなった証拠だな。」
「・・・俺達というよりは、ブレイのおかげだと思うけどね。ほとんどブレイが片付けていたんだから。」
「俺が契約してんだから、半分は俺の力だろ。」
「・・・そういうことにしておくよ。」
震は呆れながら、外にいるブレイの目をやる。そこには、子供達と楽しそうに遊んでいるブレイの姿があった。ブレイは、自分の頭や背中に子供達を乗せ、上機嫌で笑っていた。
「わーい!たかいたかい!」
『そうか、高いか!』
「ぼくものりたいー。」
「あたちもー。」
『おう!乗れ乗れ!いくらでも乗っていいぞ!』
「・・・。」
今まで見たこともないブレイの姿に、二人は困惑気味だった。
「・・・プライドの塊みたいなあいつが、あんな楽しそうに子供背中に乗せてやがる・・・。」
「・・・意外だね。ブレイがあんな子供好きだなんて。」
「・・・なんか、俺達と旅している時より生き生きしてねーか?この調子じゃ、子供乗せたまま飛んじまいそうだぜ。」
「だね。」
(・・・いや、あれが本来のブレイなのかもね。)
「勇者殿、こちらでしたか。」
ブレイの意外な姿に驚きと微笑ましさを感じている二人の許に、騎士団長がやってきた。
「団長。何か報告ですか?」
「先行した勇者殿と女勇者殿が、近々、敵司令部を攻撃する予定と伝令があった。」
「じゃあ、風太は魔王と戦うのか!」
「そうなる。相手は魔王。非常に強力な相手だが・・・今の勇者殿なら勝てぬ相手ではないはず。」
「だな。フィードとエリアスがいるんだからな。」
「絶対とは言い切れないけど、負ける要素はないね。司令部は落ちるね。」
「その通り。・・・そして、先ほど勇者殿達が制圧した地域をもって、ヤミーに制圧された地域は、敵司令部を除き、全て解放された。勇者殿と女勇者殿が魔王を討伐すれば、ワルド大陸は完全にヤミーから解放されることになる。」
騎士団長はそう言うと、身体を震わせ、涙した。
「・・・ようやく・・・ようやく我らの悲願が・・・。勇者殿!ありがとう!本当に感謝する!」
目に涙を浮かべた騎士団長は、二人に深々と頭を下げる。
「喜ぶのはまだ早いですよ。このままヤミーが黙っているなんてあり得ないでしょう。」
「だな。絶対に何か仕掛けてくるぜ。」
「・・・うむ。陛下も私も、そして賢者殿もそれを危惧している。」
「寧ろ、今まで何もしてこなかったことがおかしいくらいだね。いくら自分の力に自信があるとはいえ、舐めすぎてる。まだ満足に動けないならいいけど、もし、何か企んでいるとしたら・・・。」
「・・・。」
先ほどまでの戦勝ムードから一転、深刻な雰囲気に変わってしまう。そんな空気を壊したのは、焔だった。
「じゃあ、ヤミーが動く前に俺達が動きゃいい。んで、常に俺達が先に行動し続けて、手が打てないようにすりゃーいい。」
「・・・そうだね。それがベストだね。ワルド大陸解放が済んだら、すぐにグロバー大陸に行って、土竜ランドと契約すべきだ。」
「騎士団長。グロバー大陸に渡る手筈はあんのか?」
焔は、団長に別大陸へ渡る手段について尋ねる。その問いに、団長が残念そうな面持ちで首を横に振る。
「残念ながら・・・海上もヤミーに制圧され、配下の魔物がひしめいている。海路を使うのは不可能だ・・・。」
「なら、ブレイ達に乗って、空飛んでいくしかねーな。」
「空も危ないと思うね。空を飛ぶ魔物もいっぱいいるんだから。」
「ですが、多くの鳥系の魔物を従える勇者殿と風竜がいるのであれば、海路より安全なのでは?」
「そうか・・・風太は上位ランクの鳥の魔物と多く契約している。それは使えるかもしれない。」
「決まりだな!空飛んで行こうぜ!」
焔達が、グロバー大陸へ行く手段を考えている間も、ブレイは子供達と楽しく遊んでいた。
『・・・!』
だが、突然、ブレイの表情が一転、険しいものに変わる。はたから見れば、変化に気付く者はいないだろうが、楽しく遊んでいた子供達はその変化に気付いた。
「・・・どーしたの、かりゅうさま?」
「なんだか・・・こわいよ・・・?」
『・・・すまない。これから仕事ができた。遊ぶのはおしまいだ。』
「・・・うん。」
ブレイのただならぬ様子を感じ取った子供達は、ブレイから降りる。
『・・・おい!お前達!乗れ!』
「?どうした、ブレイ?」
『乗れと言った!早くしろ!』
「!?あ・・・ああ・・・。」
ブレイのあまりの剣幕に、二人はテントからすぐに出、ブレイに乗る。
『・・・すまないな。終わったらまた遊ぶとしよう。』
ブレイは、子供達に微笑むと、すぐに真剣な面持ちに変わり、上空に飛び上がった。
「お・・・おい!どうしたんだよ!?いきなり乗れなんて言い出して、どこに行く気だよ!?」
半ば無理矢理連れ出された焔は、ブレイに急かした理由を尋ねる。
『・・・嫌な気配を感じた・・・!・・・この先にいる・・・!』
「この先・・・この先には、ヤミー軍の司令部があるはずだけど・・・。」
「!まさか、ヤミーか!?」
ブレイがここまで慌てるとなれば、ヤミーが来たのではないかと、焔は身構える。だが、それをブレイは即座に否定する。
『違う!こいつはヤミーのものじゃねー!・・・だが・・・近い感覚ではある・・・!』
「近い?じゃあ、眷属かい?でも、ただの眷属にここまで慌てるなんて・・・。」
『・・・魔王でも魔将軍でもねー・・・!・・・俺の知っている気配だからだ・・・!・・・昔っからのな・・・!』
「知っている?・・・!まさか・・・!」
震の脳裏に最悪の事態が過る。
『・・・信じたくはねーが・・・狂ったヤミーならやりかねねー!このままだと、エアリスとフィードが死ぬ!』
「・・・だ・・・大丈夫だろ?・・・風太と渚がいんだから・・・?」
焔は恐る恐る、ブレイに尋ねる。だが、ブレイは首を縦には振らない。
『まだあいつらは、エリアス達の力を出し切れるわけじゃねー!確実に死ぬぞ!』
「・・・。」
『急ぐぞ!今回は出し惜しみなしだ!お前の魔力、全部使うつもりでいろ!』
「・・・分かった・・・!」
ブレイは、全速力でヤミー軍の司令部がある砦へと向かうのだった。