【30】就職
「……それは出来ぬ」
ギーガーは、アレックスの提案を断る。
「なぜだ!? 俺と組んで、あの神様をぶっ倒して、こんなクソゲー終わらせるんだ」
アレックスとしては、一刻も早くこの場を切り上げてメルクリアの元へと向かいたいところである。
だから、この戦いをこれ以上、引き延ばしたくはなかった。
しかし、ギーガーは首を横に振る。
「……我は約束したのだ」
「何を?!」
「このゲームの勝利と引き換えに、失われた我が軍団の再建をな……」
アレックスは舌打ちをする。
「クソッ!」
本当にあの神様はクソだな、と思った。
彼がメルクリアの言っていたゲームに積極的な参加者だったのだ。
「……あの神様に、そんな力があると思うのか?」
アレックスの質問にギーガーは唇の端を吊りあげた。
「さあな。だが、居城にいた我を強引に、この場所へと連れて来るぐらいの力はあるぞ」
アレックスは首を横に振る。
「あいつは五千年前の超古代文明の力を利用しているに過ぎない。……あの目玉だって、この杖や眼鏡と同じで五千年前の超古代の遺物だよ。特別な存在でもなんでもない」
「お前は、その情報をどこで得た? お前の言う事に何の確証があるのだ?」
「メルクリア・ユピテリオに聞いた!」
「メルクリア……あの大賢者か?」
当然ながら、かの大賢者の名前はギーガーも知っていた。
「ああ。あの寝巻き姿の眼鏡をかけた女の子がいただろ?」
「あれが伝説の大賢者……」
にわかには信じがたく胡乱げな顔になるギーガー。
アレックスは、まあ無理もないと思った。
「……この眼鏡も杖も彼女から借りた! スキルの使い方も彼女に聞いた!」
そこでギーガーは思い出す。あの寝巻きの少女が、同じ様な銀縁の眼鏡をかけていた事を……。
「彼女に会えばわかるッ! そして、今、その彼女が窮地に立たされているッ! お願いだから力を貸してくれッ!」
そこでギーガーはふと笑う。
そもそも、神様の約束が履行される保証は何ひとつないのだ。
初めから、もしも本当ならば儲け物程度だった。
彼は魔王らしい慢心と過信により、このゲームがここまで難しい物とは考えていなかったのだ。
だからこそ、神様の提案に半信半疑で乗った。
しかし殺されかけている今、そんな程度の約束を頑なに守る必要はどこにもない。
魔王は穏やかな微笑みを浮かべて頷く。
「わかった……お前に協力しよう」
「良し。今、回復してやる」
アレックスは“大いなる癒し”をコピーし始める。
そこで魔王は、たった今、閃いた思い付きを口にしてみる事にした。
「……ただし条件がある」
「何だ!」
「お前、このゲームが終わったら我の配下になれ」
「配下だと……?」
意外な提案に面食らうアレックス。
「我が神様と交わした約束は傾きかけた軍団の再建。つまり我は有能な配下が欲しい。我をここまで追い詰めた男ならば申し分ない。我が軍門に下れ」
絵に描いた餅の様な神様との約束よりも、目の前の有能な人材である。
ダメもとだった。
そもそも殺されかけているのはギーガーの方なのだから、アレックスが彼の提示した条件を飲む必要はまったくない。
対するアレックスは……。
「わかったッ!」
即答である。
ギーガーの唐突なスカウトは、むしろ願ったり叶ったりだった。
ゲームが始まる前は能無しとバカにされ、何をやっても上手くいかず、様々な職場を首になり続けて結局のところ無職であった。
良くわからないが就職はしたい。
軍団とか言ってたから、多分何かの軍なのだろうぐらいに極めて雑な認識でアレックスは返事をした。
「よ……良いのか? もっと良く考えた方が……自分で言っておいて何だが……」
流石に何かがおかしい気がして面食らう魔王だった。
しかし、アレックスは……。
「構わないッ!!」
躊躇なく魔王に“大いなる癒し”を使う。
ギーガーは、その目差しを見て思った。この男、本気なのだ……と。
ならば、自分も答えてやれねばらない。
立ち上がり、咳払いをひとつする魔王。
「その……何だ。ではまず、我はどうすれば良い?」
「北だ。多分、北でメルクリアさんは戦っている。まずはそこまで行こうッ!」
「お、おう……ところで」
「何?」
魔王は何か色々とまずい気がしてもう一度、確認する。
「本当に良いんだな? このゲームが終わったら我の下で働くという事で……」
「だから、構わないッ! むしろよろしくお願いしますッ!」
勢い良く言い放つアレックス。
もちろん、彼は目の前の魔族が、あの世界を闇に包まんとしている魔王ギーガーである事を知らない。
「どうしてこうなった」とあとから頭を抱えるはめにおちいるのだが……それは兎も角として、アレックス・モッターは魔王軍に就職する事となった。
「……そういえば」
と、魔王ギーガーがラエルを見上げる。
「あの神を名乗る者は何も言ってこないな……」
「今は別の戦いを見ていて聞いてなかったんじゃないかな……今の俺達のやりとりを聞いていたら、絶対に文句を言って来るはず」
と、アレックス。
その推測は当たっていた。
神様は、ずっと膠着状態だった二人の戦いに飽きて、賢者VSおっさんの娘の激しい空中戦に熱中していた。
ゆえに、今のアレックスと魔王の会話を、まったく聞いていなかった。
「確かにずっと局面が動かなかったしな……おい、神よ」
ラエル越しに魔王が語りかけても反応はない。
「とりあえず、神様の事はあとだ。早く北へ」
アレックスが駆け出そうとする。
「待て!」
と、魔王は言って“変化”の呪文を唱えた。
すると、その姿は瞬く間に飛竜へと変化する。馬二頭分はありそうな立派な大きさだ。ご丁寧に鐙や手綱、鞍などもついていた。
「乗れ」
ギーガーに言われたまま、アレックスは背中によじ登り、鞍に股がって手綱を握る。
「行くぞ? 落ちるなよ!」
ギーガーは、そう言って翼をはためかせ、宙へと舞い上がった。
メルクリアはミラの懐に入り込み、思い切り左手を伸ばした。
渾身の“若返り”
ミラは右手へ急速旋回しながらガスヴェルソードを振るう。
翼の先にメルクリアの左の人差し指が触れた。
その瞬間、ミラの身体が黄色い光に包まれる。翼が消えて落下する。
魔法が効いたのだ。
「やった……」
と、安堵したのも束の間だった。
メルクリアの左脇腹が裂けて、盛大に鮮血が舞い散る。ミラの放った剣圧だった。
「ごふっ……」
血反吐を吐き散らし、メルクリアも落下する。
その様子をモノリス越しに見ていた神様は、右腕を振り回し、
「やったぞいッ!!」
と、言って叫んだ。
「あのクソ眼鏡賢者、ついに死におったわぁああああああああ!! ざまぁあああああああ……」
メルクリアは虚ろな表情で空を見詰めながら落下する。
一方のミラも、糸の切られた操り人形の様に落ちてゆく。
意識を失っているらしく、その目蓋は固く閉ざされていた。
「さてと……魔王とあのキモ根暗の戦いはもう流石に終わったかなっと……」
そう言って、アレックスを映し出していたモノリスに目を向けた神様は驚愕する。
飛竜に股がったアレックスが映し出されていたからだ。
魔王のモノリスにも、ほぼ同じ映像が映し出されている。
飛竜は湖の湖面に向けて急降下の真っ最中だった。
「何じゃこりゃ! どうしてこうなった……」
飛竜の右足がメルクリアの身体を空中で掴み取った。
そして、次に着水した直後のミラを咥えて、飛竜は再び高度を上げる。
それから湖の南の畔まで飛ぶと、メルクリアとミラの二人を優しく地面におろして着陸した。
アレックスが鞍から飛び降りてメルクリアの元へと駆け寄る。
「メルクリアさん!」
「アレックス……君……」
「待ってて、喋らないで。すぐに手当するから」
「……うん」
メルクリアは弱々しく微笑み、静かに目を閉じた。
アレックスは、すぐに“大いなる癒し”を使って傷の手当をし始める。
そこで飛竜に変身していたギーガーが元の姿に戻った。
「助かりそうか?」
「ああ。あんたは、そっちの女の子を見てやってくれ」
アレックスの問いに魔王は困り顔で答える。
「我は回復魔法は使えん。好きではないからな」
魔王とは得てしてそういうものである。
そのやり取りを目にした神様は、ようやく事態を飲み込む事が出来た。
「そうか。魔王までワシに逆らおうというのか……」
神様はその表情を怒りに歪め、盛大に歯軋りの音を立てた。




