【27】大賢者の帰還
超魔王ギーガーは走りながら首を仰け反らせ、“炎の息”を吐き出した。
アレックスの障壁の後方へ紅蓮の奔流が過ぎ去ってゆく。
そして、視界が晴れた途端、アレックスは大きく目を見開いて頭上を見上げた。
「これは……」
超魔王ギーガーは、アレックスの周囲を覆う障壁のてっぺんの面に右足を乗せて体重をかけていた。
アレックスの目論みは、ギーガーが接近した隙を窺い“無敵の盾”を解いて、“石化の呪い”を接触して使うはずだった。
その場合、魔法が効いた瞬間にそのままの格好で固まってくれれば良い。
しかし、これでは石化に一秒もかかれば踏み潰されておしまいだ。
「……あああっ。もう、こうなったら!」
アレックスは結界越しに“石化の呪い”を使う事にした。
この魔法は対象に近づけば近づくほどに効果が高まる。
障壁一枚分ならば、相当な効果を得られるはずだ。
アレックスは頭上に右手をかざして“石化の呪い”の呪文を唱えた。
すると、超魔王の巨体が鈍色の光に包まれるが……。
「ああああ……効かない! 失敗したのかッ!!」
アレックスは叫ぶ。
この手の魔王が状異常耐性や即死耐性を持ち合わせているのは、お約束である。
魔王らしい魔王であるギーガーも、ご多分に漏れず、その手の耐性は完備していた。そして、そんなお約束などアレックスには知るよしもない事であった。
彼はパニックになりかけるが、すぐに“無敵の盾”の持続時間切れが迫っている事を思い出す。
慌てて魔法をコピーし始めるが……。
「駄目だ! 間に合わない!」
丁度、映像が終わった頃に“無敵の盾”の効果が切れる。
その瞬間にアレックスは叫ぶ。
「カリューケリオンッ!! 槍になれッ!!」
咄嗟にカリューケリオンを槍にして穂先を上に向ける。巨大な足の裏に突き刺さる。
超魔王が叫び、右足を上げた。
その隙にアレックスは、“無敵の盾”の呪文を唱えながら、右足の外側へと走った。
彼の頭上に巨大な足の裏が迫る。
しかし、何度も繰り返し詠唱した呪文だけあって唱え終わるのも早かった。
アレックスの上下四方を障壁が囲い、頭上に超魔王の足の裏が乗っかる。
再びアレックスは勢いあまって“無敵の盾”の壁面に顔をぶつけて尻餅を突いた。
「いててて……」
鼻を擦りながら起き上がる。
すると……。
「あああっ!!」
彼はとんでもない事に気がついた。
カリューケリオンがどこにもない。どうやら、どこかに落として来てしまったらしい。
見れば、超魔王の左足の内側から少し離れた位置に槍形態のカリューケリオンが転がっていた。
「カリューケリオン! 戻れッ!!」
カリューケリオンが長杖形態になって、くるくると回転しながら飛んで来るが……。
……かつん。
障壁にぶつかり、地面に落下する。
転がったカリューケリオンを眺めながらアレックスは、唇を戦慄かせながら呟く。
「これ……詰んだかもしれない」
一方のギーガーは右足を“無敵の盾”に乗せたまま、注意深く周囲を見渡す。
ギーガーはこの状態を保ちつつ、他の参加者がやって来たら“炎の息”や魔法で迎撃しようと考えていた。
高い再生能力を持つ頑強な肉体があれば、固定砲台に甘んじたとしても充分に戦える。ギーガーはそう考えた。
そして、もしも隙を突いてアレックスが何かをしようとしても、これでは“無敵の盾”の効果が切れた瞬間に押し潰されてしまうだろう。
長杖が槍に変化したのは彼にとっての誤算であった。しかしアレックスが槍を落としてしまった事により、今度は思いきり踏み潰しても足の裏を刺される事はない。
こうなってしまえば、もうアレックスが踏み潰されるのは遅いか早いかの違いでしかない。
……もうこの男との勝負は決した。
ギーガーはそう確信した。
しかしアレックスの方も、まだ諦めていなかった。必死に逆転の一手を模索する。涙目で。
外れスキル男と超魔王の奇妙な戦いはまだまだ続く……。
一方、その頃。
そこは狂ったゲームが行われている飛行島の外。
島が周遊している海上からほど近い場所にある浜辺だった。
「これで、だいたい良しかなー?」
大賢者メルクリア・ユピテリオは額の汗をぬぐう。
その傍らには、まるで邪教の偶像じみた奇妙な物体があった。
煩雑な構造で捻れており、彼女の身長の三倍ほどはある。
これは浜辺に落ちていた漂流物や貝殻、石、錬金術で精製した部品を使い、彼女が即興で組み上げた魔導装置であった。
その魔導装置とメルクリアの周囲の砂上には、何重にも折り重なった複雑な魔方陣が描かれている。
魔法装置のてっぺんには、例の板きれが微妙なバランスで乗っている。
彼女はその板きれを見上げながら呪文を唱えた。
すると板きれの回りに青い光の膜が覆い、それがふと消え失せる。
その瞬間、板きれは魔導装置のてっぺんから落っこちて砂浜に刺さる。
「これでよし……」
メルクリアは満足げに頷くと、その板きれを拾った。
この魔導装置は、狂ったゲームの舞台となっている飛行島を取り囲む時空結界と同じ物を展開できる。
ただし即興で、有り合わせの部品で作ったので効果範囲は狭い。
例の板きれ全体をくるむ程度で、それも十数分しかもたない。
しかし、メルクリアにとっては、たったのそれだけで充分であった。
彼女は板きれを持ったまま、砂浜に落っこちていた漂流物のデッキブラシに股がり、再び“飛行魔法”の呪文を唱えて浮き上がる。
そのまま高速で雲間を突き抜けると、飛行島の真上までやって来る。
「多分、上手く行くはすだけど……」
と、独り言ちたあとメルクリアは急降下する。
作戦はこうだった。
時空結界でコーティングした板きれをくさびにして撃ち込み(・・・・)、島を取り囲む時空結界を割り砕く。
実にシンプルでバカっぽい作戦だった。
しかし、すべての魔法をはじき、物理干渉をシャットアウトできる時空結界を外から撃ち破る方法は、同種の結界をぶつける以外にない。
それこそが大賢者の導き出した唯一の答えだった。
大賢者は雲を突き抜け、猛スピードで飛行島へと接近する。
そして両手を振りかぶり、板きれを思いきり叩きつける様に真下へと落とした。
「いけえええええええっ!!!」
すると板きれがある地点でぴたりと止まる。目視できない結界に突き刺さったのだ。
「まだ足りないか……」
メルクリアはいったん、“飛行魔法”を解除すると、そのまま板きれ目掛けて落下。
右足で蹴りつける様に板きれを踏んで体重を思いきりかけた。
すると、布に針を刺した様な音がして、板きれは再び落下を始める。
そのあとを追うようにメルクリアも落ちる。
結界を突き抜けたのだ。
因みに破れた結界は彼女が通り抜けたあと、自動的に修復された。
「よし! 流石、私って大天才っ!!」
すぐに“飛行魔法”を再び使い、デッキブラシに股がったまま、ゆっくりと地上に降り立とうとした。
その最中、メルクリアは念話でアレックスに語りかける。
(アレックス君、生きてる?)
返事は早かった。
(メルクリアさん……えっ? 何で? 本当にメルクリアさん?)
(本当も何も、天才のこの私よ。悪かったわね。今まで連絡できなくて)
(良かった! 生きていたんだね! まあ今は、俺が死にそうなんだけどさ……)
(今どこ? そっちに行くわ)
そこでメルクリアは砂地に着地する。
(今は、西側の墓地だよ。君が死んだ振りしたところ……)
(まだそこにいたのね)
(早く来て! ヤバい)
「おっと……」
メルクリアはそう呟いたあと、念話でアレックスに話しかける。
(ごめん。ちょっと……忙しくなりそう。もう少しひとりで凌いで)
(えっ?! えっ?! 嘘だろ!)
そこで強引に念話を打ち切った。
そしてメルクリアは正面に佇むその人物に向かって微笑みかける。
「ハイ。こんばんわ。立派な翼ね」
その人物――ミラ・レブナンは、殺意の籠った目でメルクリアを見詰めると、ガスヴェルソードを構えた。
 




