【25】覚醒
「うわあああああああっ!!」
アレックスは荒れ果てた墓場の中を駆ける。
「魔法……魔法……何か、魔法……うひひひひゃ」
とりあえず、パニックにおちいり、上手く考えがまとまらなくなっていたので“無敵の盾”をコピーする。
術者の四方上下に防御障壁を張り巡らせる。それはちょうど棺桶ぐらいの箱型になる。
効果範囲こそ狭いが対物理、対魔法両面に優れた防御魔法だった。
そしてアレックスは魔法をコピーし終わった頃、足を止めぬまま後ろを振り向く。
すると超魔王は、首をのけ反らせ、大顎を一杯に開いていた。その口腔には燃え盛る炎がちらついている。
「あああ……絶対にヤバい! ヤバいの来るッ! ヤバいの来るッ!」
アレックスは超高速で呪文を詠唱する。
超魔王がのけ反らせた首を彼に向かって突き出す。
その瞬間、特大規模の“炎の息”が放たれた。
すべてを燃やし尽くす業火がアレックスの背中に迫る。
同時に“無敵の盾”が発動した。
アレックスは……。
「痛っ!」
自分の張った魔法障壁に顔面をぶつけて尻餅をつく。
その棺桶状の青白い半透明の障壁をくるむ様に超魔王の放った業火が駆け抜けてゆく。
「やばかった……持続時間は、使用者のスキルのレベルによるらしいけど……」
それはコピー元に依存するのか、使用した側のコピースキルのレベルに依存するのかは良くわからない。
しかし、何にせよ、この魔法はかなり使えるどころか、魔法の選択やコピーに時間がかかる自身にとって生命線になりかねない。アレックスはそれを自覚した。
そうなれば、この隙に取り急ぎ威力のありそうな魔法をコピーする。
大爆発を巻き起こす“鏖しの大爆発”
呪文を眼鏡に標示させて詠唱を開始する。
ギーガーは首を大きくのけ反らせ、再び“炎の息”の予備動作を開始する。
それと同時に“鏖しの大爆発”が発動した。
アレックスは小山の様にそびえる超魔王の巨体に向かってカリューケリオンの杖先を指す。
目映い閃光と爆風。
ギーガーの身体が膨れ上がった灼熱の火球に飲み込まれる。
アレックスを取り巻く結界の外側を吹っ飛ばされた土くれや墓石が凄まじい勢いで、彼の後方へと向かって飛んでゆく。
その爆風が過ぎ去った頃にアレックスの周囲を覆っていた“無敵の盾”の持続時間が切れた。
賞味三分程度。
この時間を脳裏に刻む。そして“鏖しの大爆発”などの大量破壊魔法を使うときは、必ずこの魔法を使った方が良い事も理解する。
下手をすると自分自身の魔法で死にかねないからだ。
再びアレックスはすぐに“無敵の盾”をコピーする。
その間に舞い上がった粉塵が晴れて、超魔王の巨体が姿を表した。
それを見たアレックスは涙目で叫ぶ。
「ああっ、駄目だ!」
確かに彼の“鏖しの大爆発”は、ギーガーにかなりのダメージを与えてはいた。
しかし、大量破壊魔法によって爛れた超魔王の巨体のいたるところがぼこぼこと泡立ち脈動している。
超魔王になった事により獲得した“再生能力”であった。
アレックスは、すぐに“無敵の盾”を使う。
追い討ちでもう一発、“鏖しの大爆発”を使おうとするが……。
その頃にはすでに、超魔王の傷はすべて癒えていた。
「駄目だ……これじゃあ、倒せない」
“鏖しの大爆発”一発では屠れない。
更に追い討ちをかけるために次の魔法をコピーして、呪文を詠唱するうちに、向こうの傷は癒えてしまう。
「別な魔法を……」
と、探そうとしたところで、はたと気がつく。
敵が何もして来ない事に……。
「何だ……もしかして、こいつ、待っているのか? “無敵の盾”の持続時間が切れるのをッ!!」
ギーガーも、アレックスが魔法を連発できない事を見破っていた。
アレックスは慌てて“無敵の盾”をコピーし直して、魔法をかけなおす。
これでは別な魔法を探して戦略を立て直す暇がない。
「やっぱり、これ、外れスキルだーッ!!」
こうして、外れスキル男と超魔王の戦いは、しばらく膠着状態に陥る事となった。
その様子をラエル越しに見ていた神様は忌々しげに舌を打つ。
「……何だ、つまらんの……本当にこいつは……」
因みにメルクリアに砕かれた頭部は既に再生してある。少しツギハギの痕が浮き出てはいるが……。
そして、どうやらアレックスのかけている眼鏡が魔導端末で、その中に入っている映像から無制限に魔法をコピー出来る様になった事は悟ったらしい。
「……これで攻撃魔法をバンバンとぶちかまして、バカでかい超魔王とド派手なバトルを繰り広げてくれると思っていたのに……」
かれこれずっと、“無敵の盾”をかけ直し続けての睨み合いが続いている。
「これだから根性なしの腰抜けキモ根暗は……そのまま、そこで飢え死にでもするつもりか……」
アレックスにも、このままではいけないとわかっているらしく涙目である。
「神様であるこのワシにあんな威勢の良い啖呵を切った癖に、やはりこいつには物語の主人公は荷が重すぎたか」
つまらなそうにそう言って、カイン達を映し出したモノリスに目線を向ける。
「……それに対して、こちらの方は面白そうな事になっておるのォ。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
時間は少し遡る――。
「あれは……魔王か?」
カインが訝しげな表情で、台地の上に生い茂る木立から突き出た巨大な獣の顔を見詰める。
やがて、その巨大な獣は台地の西側へと向かい、姿を消した。
「やれやれ……次はあのデカブツを斬り刻んでやるか。いひひひひ……」
そう独り言ちて、砂地に刺していたカネサダM892と祓闇の剣を左右それぞれの手で抜いた、そのときだった。
凶悪な殺気。
まるで、それ自体が研ぎ澄まされた銘刀であるかの様な……。
カインは咄嗟に大きく飛び退きながら振り向いた。
すると、死んだと思っていたミラ・レブナンが、ぬらりと起き上がる。
彼女のエクストラスキル【覚醒level1】が発動したのだ。
「バ、バカな……生きてい……」
生きている訳がない。
カインは、その言葉を最後まで発する事が出来なかった。
ミラの右拳が深々と彼のみぞおちをえぐっていたからだ。
「ごふぉッ!!」
盛大に吹っ飛ばされて砂地に三回バウンドして転がるカイン。
彼がチート無双のスキル持ちでなかったなら、この一撃だけで死んでいただろう。
カインは上半身を起こすとカネサダM892の引き金を問答無用でひいた。
しかしミラは右手の人差し指と中指だけで飛来する44―40マレキフィウム弾を挟み取る。
それを見たカインは、大きく目を見開きながら吹き出す。
「ひひひひひっ……テメー本当に化け物だったのかよ?」
そう言って、祓闇の剣を地面に突き刺しながら立ち上がる。
するとミラも飛び退き、地面に落ちていたガスヴェルソードを拾った。
「ヤベーな、こりゃ……ひひっ」
腹部に走る痛みを堪えながら狂笑を浮かべるカインだったが、その心は既に絶望に満たされていた。
戦闘の達人である彼は、今の短時間の攻防で悟ってしまったのだ。
目の前のクソガキに、自分は絶対に勝てないであろう事を……。
ミラの身に何が起こったのかは、まったくわからなかった。
しかし、彼女の戦闘能力が一気にはねあがった事だけは理解できた。
もう命乞いでもするか……と、半ば冗談混じりに思う。そして、その考えをバカバカしいと否定出来ない自分自身が滑稽で、腹の底から笑いが込み上げて来る。
「ぎひひひひひっ……よお。クソガキ」
ミラは何も答えない。
カインは狂笑を浮かべたまま言葉を続ける。
「……泣いて命乞いをしたら、オレ様を許してくれるか?」
ミラは無言でガスヴェルソードの剣先をカインに向ける。ひゅっ、と、首をかっ切る仕草。
それだけて、カインの首の皮が切れて、そこからゆっくりと血が滲む。
「だよなぁ……無理だよなぁ……うひひひひっ」
カインは腹をくくる。
すると、その直後ミラの身体に変化が訪れる。
“石炭の燃えさし”によって焼け爛れた皮膚が見る見る間に再生してゆく。
そして、彼女の全身を黄金色の光が包み込み、地面から少しだけ浮かび上がる。
するとミラの背中から三対の白い翼がまるで大輪の花びらの様に咲き誇る。
「ぎひひ……死にたくねぇよぉお、シルヴィア」
彼は笑顔のまま、そう言って武器を構えた。
神様はモノリスに表示されたミラのステータスを見て頷く。
・名前【ミラ・レブナン】
・クラス【おっさんの娘】
・種族【天使】
・スキル【 N.D. 】
・接近戦【 N.D. 】
・射撃【 N.D. 】
・魔法【 N.D. 】
・物理防御【 N.D. 】
・魔法防御【 N.D. 】
・機動力【 N.D. 】
・主な装備【ガスヴェルソード 練習用の胴着】
「なるほどのう。天使……つまり、ワシの娘かこやつは……ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
もちろん、それは単なる妄想で、この神様とミラの間には何の血縁関係もない。
自分が神様だと思い込んでいるだけの彼とは違い、ミラは本物の神の子だったのだ。
 




