とある種を埋めてみた。
立つ鳥、あとを濁しまくる。が、俺のモットーだ。
後は野となれ山となれ。お前らがやってきた正義の鉄槌とやらが、本当はたった一人の直結厨に踊らされていた結果だと思い知るがいい。
きっかけは、自分たちが悪いと思ってる。
けれど、だ。
始めて二ヶ月、三ヶ月のひよっこが、上級者向フィールドに連れて行かれて事故死した。
果たして、これは悪いことなのだろうか?
俺はいまだに正解がわからない。
wiki見とけよ。自分で調べておけよ。
はいはい、ごもっともごもっとも。けどな、全員が全員、そんな殊勝な真似すると思ってんのか?
その日、初めて名前を聞いたようなエリアの一体何を調べておけるというのか。
引率が用心のために、現地で一言注意すれば済むことじゃねーか。
丁度いいネタを拾ったとばかりに、それにかこつけて自分にとって邪魔な人間を晒し上げた。
馬鹿じゃねーの?あの場にいたのはたった六人。六人しか知らねーこと書き込んだら、消去法でバレるっつーの。
俺と、晒された奴と、俺たちのギルマスと他三名。
どう考えたって、俺たちのギルド以外の三人に晒したやつがいるって判りやす過ぎるだろ。
その三人の中から、一名除外。あの人はそんなことする人間じゃないって判ってるからな。で、残り二名だ。
この二名のうち、どっちが犯人か見定めるのに半年掛かった。全くもって無駄な時間だったと思うよ。
それでもな、俺としてはどうしてそんなことをしたのか。
なぜ、アイツにそんなにも粘着したのか知りたかったんだ。
そして観察していくうちに、意味がわからない理由だったって気づいた。
対人関係って難しいよな。
「アイツ、気に入らないからハブろうぜ。」ってやりたくても、自分のギルドじゃなきゃそれもできない。
「あの子と遊ばないで! 」って言ったって、そんなの当人の自由だ。
いくら止めたって、遊ばせたくない相手が遊びに行っちゃったらどうにもならないもんな。
だから、ゲーム自体から排除してやろう。
びっくり案件だぜ。
お前、思春期の子供か?
オメーの悪事は、きっちりオメーが囲いたかった奴に報告して差し上げたよ。
しかし、彼女も全部知って尚、あのギルドにいるってことは俺にとっては理解不能な状態だ。
まぁ、考えは人それぞれ。
俺の正義を相手に押し付けても仕方がない。
とはいえ、俺としてもきっちり代償は払ってもらわないと業腹が収まらない。
俺は更に観察を続け、地盤を固めることにした。
そして、待ちに待った今日。
リア友に遠隔操作やら、ブーメラン使いと言われた俺の本領発揮といこうか。
あ、言っておくけど、ブーメランっていうのは、自分に跳ね返ってくるって意味じゃないぞ。目の前に立っていて、ニコニコしてるのに後ろから攻撃を当ててくるって意味だ。
さてさて、目星をつけていたフレンドに接触を試みよう。
元々プレイヤーが全員、便所の落書き的巨大掲示板に出入りしているとは思っていない。だが、俺はちょっとしたきっかけから、この人はあそこに出入りをしている。って気づいてしまった。
俺は今日でこのゲームを辞めるから、まぁ正解でも違っていてもどっちでもいいんだけどな。
それでも一矢報いたいと思うじゃないか。
この一年で、ギルドはバラバラになり、辞めなくてもいい奴が風評被害で引退に追い込まれ、俺としては正直いい迷惑だったんだから。
「EBYさーん、お久しぶりですぅ」
街の雑貨屋の斜め前。彼はいつもそこで露天を開いていた。
最近は『ニーベルングの指環』という海外ゲーに行ってて、こっちのゲームにはなかなかインしてこない。
俺にとっては、彼ともう一人がインしてくる日を引退日に決めていた。
「やあ、久しぶり」
「なかなか見かけないから、引退しちゃったのかと思ってました」
「今、『ニーベルングの指環』ってゲームやってるんだよ。自分の家が持てたり、家の庭に畑作れたりして楽しくてね」
知ってる!
本人忘れてそうだけど、二ヶ月くらい前に立ち話した時に同じ事言ってたよ。フレが多い人って、誰になに話したのか忘れちまうんだな。
「やばいっすね。楽しそうじゃないですか、俺もやってみてぇ」
「楽しいよー。月額制なんだけどね」
「マジっすか。いくらなんです? 」
「でも、新規受付はやってないんだ。もうすぐサービス終了しちゃうからね」
「ああ、それは残念ですね」
「うん。むこうがサービス終了したら、こっちに本格復帰するよ」
「そうなんですね」
俺はちょっと寂しそうな顔をした。
彼がやっているゲームをプレイできないのが寂しいとかじゃない。俺が、辞めてしまうことを報告するのが寂しい。という前振りだ。
「折角、EBYさんが戻ってきてくれるのに俺、今日でこのゲーム引退です」
「え、そうなのかい? 」
「はい。色々ありましたし……」
ちょっと聞く姿勢になってくれたところが、この人も根はいい人なんだよなぁって思う。だが、すまぬ。アンタのその優しさを俺は利用させてもらうぜ。
「今更なんですけど、結構前から晒し板にウチにいたKって奴が晒されてまして」
怒涛の告白タイムスタートだぜ!
「ギルド名も一緒に晒されていたから、俺と一緒にいたEBYさんにも、もしかしたら迷惑かけてたかもしれなくて。それを謝っておこうと」
「……迷惑って、そんなことないよ。というか、晒されていたの? 」
よし、食いついた。
「はい。元を正すとただの粘着なんですけどね。俺も仲良くしてもらっていたMって女の子がいるギルドのギルマスが、彼女とウチのKが仲良くしているのが気に入らなかったらしいんですよ」
ここから俺は、事の始まりから、あのギルマスが仕掛けた粘着コピペ定期晒しをぶちまけた。
元々、MちゃんはYsさんって人とべったり仲良しさんだった。
二人とも同じギルドで、ギルマスだってその間には入り込めなかったってわけだ。
そこに他のギルドのKが入り込んだ。
勿論、Kは直結ってわけじゃなくて、まぁグイグイ来るタイプだから、ウザがられても仕方ない面はあったけど。
Mちゃんは社会人で、ゲームをプレイできる時間が限られている。ログインしてきた時に、先に声をかけてくれたプレイヤーと遊びに行ってしまうタイプで、クエストを一つ二つこなしたら時間切れで落ちてしまう人だ。
あのギルマスがログインしてきた時に、既に俺たちと遊んでいたらMちゃんはそれだけで一日のプレイを終わってしまう。
自分のオキニが、自分を含む自分のギルドの人間じゃないプレイヤーと遊んでログアウトしてしまうのが気に入らなかったようだ。
なぜそこに気づいたかって?
俺たちとMちゃんが一緒にいる時に、必ずギルマスからMちゃんに呼び出しが入ったからだ。
ギルドで遊ぶから戻って来いってな。
自分が出来ないことをやってる奴らが気に入らない。特に何かとMちゃんと行動しているKが憎い。
嫉妬こわー。ってやつだ。あのギルマスが使っているキャラは女だけど、中身が女か男かは、知らん。
多分、男だと思う。
最初は、K狙いの女かと思ったんだけど、そう考えるとおかしな部分が出てくるからな。
あれは男だ。
「……とまぁ、そんなわけで。その噂を信じたやつらが、じんわりKに嫌がらせをしたりしてたんですよ」
死んだあいつの銀箱から、黒のスラックスを抜き取っていったのはちょっとひいたけどな。
ガチャ産のおしゃれ装備だし、流石に返してもらおうとKは戦闘ログ遡って周囲にいた人間の会話ログから抜き取ったらしい人物を探し当てた。
彼の名を街ン中でシャウトして探したけど返事はなし。
キャラクター名検索でログインしているのも、現在いる場所も割れてるのに、シカトを決め込まれた。
そこで終われば災難だったな。と、俺も慰めて終わったけれど、そのシャウトの内容を掲示板に書き込んで笑っていた連中がいて、まさに汚物って思ったぜ。
なんで俺がその流れを知っているかといえば、Kが漢字が読めん。て、連絡してきたからだ。
石刀柏ってちょっと読みにくいよな。俺は読めたけど。
そいつが所属していたギルドが、デカイわりにいい噂聞かないところなんだけど、そんな噂知る前に一度そこと一緒にクエスト出掛けた事があった。あとから噂知って、そんなギルドじゃないのにな。って思ってたのに、そんなギルドでした。ってオチで、まさかのだったよ。
「それ、本人反論とかしなかったの? 」
「最初の晒しがあった時に、それ教えてくれた他のギルドの人と色々相談して、本人にも言ったんですけど……放っておけばいいって言われて」
「ふーむ」
「まぁ、でもまさか当人も一年以上粘着してくるとは思わなかった。って所だと思いますよ」
「そうだね」
アンタも晒し板見てたんなら知ってるだろうよ。
俺はモニターのこちら側で小さく笑ってしまった。
キーボードを打ち文字を綴るわずかの間に、なんともいえない空しさと、出所不明の怒りがモヤモヤと胸に広がる。
そんな不快感をねじ伏せ、初志貫徹と俺は話を続けた。
ここで折れたら、あの頃の俺が本当にかわいそうになってしまう。俺だけは、俺の味方でありたい。
「それで、ピタリと晒し板に名前が貼られなくなったのが、Mちゃんがシャウトで誤爆して、それが晒し板に貼られたんですよ。「さすが、Kの嫁」って書かれて」
「へぇ」
Kが辞めずに粘っている間にYsさんがいなくなり、KとMちゃんがべったりになった。
「で、Mちゃんまで晒しの魔の手が迫りそうになって。以降、晒し板にKの話題が出ることがなくなりました」
「判りやすい」
「でしょー」
カラカラと二人で笑ってみるが、俺としては心中穏やかではない。
Kの名前が掲示板に書かれ、暫くしてギルマスが来なくなった。元からログインが疎らな人だったけど、流石に二ヶ月来なければ消えたんだと思う。
そして他のギルドメンバーもログインが疎らになり、やがて途絶えるメンバーが出てきた。Kは人が少なくなったからと、残っているギルメンを連れて自分で新しいギルドを作って出て行った。
俺は誘われたけど、断って残った。いつかギルマスが帰って来た時に、一人くらい残っていた方がいいんじゃないかって思ったからだ。
今思えば、とんだ甘ちゃん野郎だと思うよ。
俺は、あの人が多垢使いなのを知っていたのに。俺の知らないアカウントに転生して、新しいゲーム人生始めていた可能性に思い至らなかったんだから。
ギルドが別れてからKたちと一緒に遊ぶこともなくなり、彼と一緒に出て行った元ギルメンも、いつの間にかログインしなくなっていた。
KもMちゃんが「Kの嫁」って書かれる前からログインが疎らになり、最近は見かけない。ゲームなんて個人都合でいつだって辞めるし、思い出したように復帰したりするもんだから気にしなかったけど。
Mちゃんは今日も元気だ。彼女はきっと、ずっと元気だろう。
俺がいたギルドは出て行ったやつも含め、結局誰もゲームに来なくなり、気がつけば俺はぼっちギルドで一年待っていた。
オンゲのいいところって、ぼっちギルドでもフレさえいれば、何とかなるところだと思う。
『もう、待たなくていいんじゃない。』
同じ時期にゲームを始めたフレさんから、自分のところのギルドに来ないかと誘って貰えた。優しい人で、何度断っても気にかけて誘いの声をかけてくれる。
だから俺は、このゲームを辞める事にした。ゲームには、なんの不満もない。優しい人だっているって判ってる。アカウントを変え、ニューゲームもありだろう。
けれど、俺は身近に起こった悪意ある人災を「災難だったね」と笑えるほど心は強くなかった。
「ま。俺も、もう他のゲームいくからどうでもいいっちゃーどうでもいいんですけど。でも、もし俺と一緒にいて迷惑かけた人がいたら申し訳なかったんで、今まで有難うございましたってお礼と迷惑かけていたらごめんなさい。って謝っておこうと思って」
神妙な態度で頭を深く下げるモーションを行う。
俺、そこそこの課金勢だったから、ガチャ産のモーションは色々持ってるんだよね。
でも、このモーションを使うのは初めてだ。
「大丈夫、大丈夫。迷惑なんてかかってないし。でもそうか、辞めちゃうんだね。私も人のことは言えないけど、テスト時代からの知り合いが少なくなってきてて……。そうか、また一人いなくなるんだね」
「色々あったけど、一緒に遊んでもらって楽しかったです。またどこかで会ったらよろしくお願いします」
「うん。そうだね」
「それじゃ、他にも挨拶回りあるんで」
そう言って俺は、彼に手を振り別れた。
さぁ、種は蒔いたぞ。
これがどんな花を咲かせてくれるか楽しみだ。
それから三年。
すっかり自分でも忘れていた頃、ふと思い出して検索をした。
晒し板には、直結厨としてテンプレート入りした、かのギルドマスターが燦然と輝いていた。
そこにどんな経緯があったのか、俺は知らない。けれど、花は咲いたようだ。
どうやら俺のブーメランは、クリーンヒットしたらしい。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。