酸味を噛む
ベッドの上、裸で目が覚めた。
隣を見るとあの人はもういなくて触ってみると温もりさえなかった。
いつものように私が目覚める前に出て行ったのだろう。
乱れた髪を掻き上げて、ゆるゆるとベッドから出る。
床に転がっていたバスローブを拾い上げて適当に羽織る。
お腹が空いた。何かあっただろうか。
冷蔵庫の一番上の扉をあけるとレモンが1つぽつんと入っていた。
何にもない。
昨日の夜はどこで食べたんだっけ。
ああ、そうだ、いつもの店でいつも通り食事をしたんだ。
お酒を飲んだあの人は酷く上機嫌で饒舌だった。
自慢の息子くんの話。
今度のテストで100点を取ったら好きなものを買ってあげると約束したらしい。
あいつは俺に似て頭が良いからきっと約束を守らなきゃいけない。どうしよう。
そう言ってちっとも困っていない様子で笑っていた。
レモンを手に取る。
洗った後、真ん中から半分に切ると瑞々しい果肉が姿を現す。
どうして、こんなところにレモンがあるんだろう。
ああ、そうだ、あの人がくれたんだ。
奥さんの実家から大量に送られてきたから貰ってくれと職場で配っていた。
かぶりつく。
今頃、あの人は家族と過ごしているだろうか。
頭の良い息子くんにねだられてどこかに遊びに行っているかもしれない。
ぽたり。
女の涙が武器になるのは何歳までだろう。
私が泣いたらあの人は心配してくれるだろうか。
ぽたりぽたり。
私が泣いたらあの人は傍にいてくれるだろうか。
全てはレモンのせい。
全てはレモンのせいにして好き放題に泣きじゃくる。