少女の代償
次に案内されたオフィスでは、研究服やスーツを着た人間がパソコンに向かって各自業務にあたっていた。
隣に座っている太田が九条に話しかける。
「君は前の現場では、囚人を人として扱わないことで有名だったそうじゃないか」
そんな噂が流れていたのか。
しかし九条にとって、そんなことに関心はなかった。
「普通ですよ」
パソコンの画面から視線を動かさずに返事をする。
「いやいやいや、謙遜しなくていい。ここはそういう人間しか続かないんだからさ」
太田はよく曲がる背もたれに全身を預け、大きく伸びをしながら椅子を軋ませている。
「まぁ…。奴らは同じ人間ではないですから」
「ハハハ。言うねぇ」
数多くの人間の中からたった一人の同類を見つけたかのように、顔を微笑ませながら太田はコーヒーに手をかける。
「……あのテロ事件は悲惨だったねぇ」
「なんでも知ってるんですね」
20XX年。
東京で大規模テロが起こった。
死者は5000万人を超え主犯格は全員死刑となった。
当時一歳だった主犯格の子供も、主犯格の命だけでは償いきれない罪の余りを背負わされることになった。
裁判でその子供の終身刑が決まり、その生涯をかけて精神エネルギーを提供し続けることが決まった。
罪のない子供が終身刑に処されることは誰が見てもおかしかったが、テロリストの血をひく者を援護する人間は一人もいなかった。
日本のほとんどの人間が、誰かしらの知り合いをテロで殺されていたからだ。
「そのテロで両親を失った君が、今その子供の管理をする。なんの因果なんだろうね」
「因果もクソもないですよ…。」
九条は吐き捨てた。
視線はまだパソコンの画面から離さないでいた。
犯罪者は全員クソ以下だ。そのガキも一緒だ。
穿った思考のまま思春期を過ごした少年は、大人になりこの仕事を選んだ。
そしてその捻じ曲がった思考は直ることなく、ここまできてしまった。
癒えることのない傷の痛みを返すべき相手。
その相手が今自分の管理下にいるのだ。
今まで本当に長かった。
ようやく恨みを返せる。
九条はそんなことをずっと考えていた。
「オイ」
冷えたコンクリートの壁。
寒色の部屋。
そこで怯えて生きる動物に九条は話しかける。
「今から精神エネルギーの摘出だ」
少女は今にも壊れてしまいそうな細い体を動かし「はい」と返事をした。
目の光が消えた。
「NO.236です」
摘出室の担当者に少女を引き渡す。
操作室と作業室はガラスで区切られている。
作業室にある椅子に少女は固定された。
どれだけ暴れても抜け出せないように、手足と胴体に分厚いベルトが巻かれている。
椅子の周りには、血痕でできた斑模様があった。
よく見ると少女の体は震えていた。
だからどうということもないが。
説明は受けていたが、摘出作業を九条は生で見たことはなかった。
「じゃあ、いつもどおりで」
「はい」
作業員の手によって、コードがたくさんついているヘッドギアのようなものを少女は被せられる。
黒い布で目隠しがされていて少女の表情はよく分からない。
「一般には公開されてないから見るのは初めてだろう?」
担当者は大掛かりな機械をいじりながら話しかける。
ガラス一枚で隔てたこちら側に担当者と九条。
あちら側に縛られた少女。
「少々ショッキングだから、ほら。まぁうるさく言う人もでてくるしね」
「じゃあ、始めるよー」
担当者はほとんど一人で話していて、気づけば摘出を始めていた。
ブブブブブブブブブと、機械が起動する。
少女の体が大きく痙攣し始める。
「九条君分かるかね? ここのつまみで調節するのだけど」
担当者はそう言って勢いよくつまみを回した。
「ぐぎゃっっあぁあっっ! あっ。あっ。ぁあぁっ!」
少女の悲痛な叫びが聞こえてきた。
人間の声だとは、到底思えなかった。
「このように調節を間違えると脳にダメージがいってしまうんだ」
そう言ってつまみを元の位置に戻す。
「いかにギリギリを見極められるかが、効率よく吸収出来るコツなんだ。
その点で私はプロでね。ギリギリ脳を傷つけない量を見極めるのがうまいんだ」
中学生が自分の得意なことを自慢するかのように、誇らしげに担当者は自分の腕を語った。
カハッ! と少女は激しく吐血した。
「おっ、いいねいいね。血を吐き出すくらいで実はちょうどいいんだ。大抵の人間はビビって弱めてしまうんだけどね。違うんだよねぇ。血は吐いても大丈夫なのに」
少女の体の震えが大きくなる。
頭部を切断された魚の胴体のように、少女の体は大きく仰け反り悶えている。
しかし、分厚いベルトがしっかり固定して逃がさない。
吐血で少女の顔は真っ赤に染まっていた。
「よし。今日はこの強さだな。これ以上強くすると脳にダメージを負ってしまう。この状態で二時間放置。そのあと10時間寝かせれば元通りってわけ。ご飯でもいくか。ここの施設の食堂のオススメはカツ丼だよ」
そのまま少女は一人で部屋に放置された。
誰もいないところで、少女は血を吐き続けた。
10月12日
摘出時間 2時間3分
総量679127sp
次ノ摘出可能時間マデ
52時間16分
太田は今回の摘出作業のデータをパソコンに打ち込んでいた。
「ふむ」
なにか一人で納得しているようだ。
「九条君見たまえ。十四年十ヶ月の時がピークで年々下がり続けている。だいたい個体差はあるが十五年も使い続けていればやはりガタがでてくるようだね。維持費よりも摘出量が下回る場合、廃棄することになってるんだ」
そういうと画面に映ったグラフを指差す。
九条は珍しく太田のほうをむいた。
「殺処分ですか?」
「いいや」
大田はコーヒーを口元にもってくる。
まだ熱くて飲めないようだ。
「宇宙開発のために精神エネルギーで飛行可能なロケットに乗せられて、死ぬまで地球から遠ざけられ、データ収集に利用される。生命維持装置と拘束具を付けられ、無理やり生かし続け寿命が尽きるまで一人で宇宙の果てに飛ばされる。ある意味究極の島流しだよ」
「なるほど」
興味深い話だった、と自己完結をして九条はまた仕事に戻る。
太田はおかまいなく話し続ける。
「あと数回摘出したら廃棄に回すように本部に連絡しておくね。NO.236の扱いにも慣れてきたところだったのに申し訳ない。まぁまた新しく囚人が来るから、仕事はなくならないよ」
「はい」
そうしてまた興味をなくした九条は、パソコンと向き合って仕事を片付けていく。