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お勝の不安



 その頃高倉家では、志乃は日に日に神経質になり、

皿の割れる音を聞くだけで、怯える志乃を見かねたお勝が、

内緒で惣一朗に手紙を出していた。


 どうにかして戻る方法はないかと模索していたのだ。

だが、惣一朗に手紙を出した直後、

夫と諏訪が密談している所を扉越しに聞いたお勝は、

愕然としてしまった・・・・・。


 夫は惣一朗の紹介で取引を始めた、鴻池貿易から莫大な借金をし、

それを諏訪の政界への足掛かりとして使っていたのだ。


 諏訪は元々大隅派、伊藤派の信頼を得るために、

どれ程の賄賂を使ったのか、それに夫も関わっていたとは・・・・・!



 惣一朗が剣術指南役になってから、軍や役人からも酒の注文が増え、

店は大いに繁盛していた。


 それは惣一朗を、裏切る行為ではないのか?

 夫は惣一朗に店を任せると言ったはずだ。


 夫は野心に火が付いたのか、それとも欲が出てきたのか。

 諏訪を伊藤派に信用させる為の、言わば『人質』同然に手段を選ばず、

諏訪の思惑に加担して、惣一朗を陸軍に差し出したなんて!


 江戸時代でもあるまいに、なんという暴挙な真似を!


 たまたま惣一朗が、剣術指南役に選ばれたが故に、諏訪に目を付けられ、

このたびの鎮圧の出兵に繋がったとばかり思っていたお勝は、

この事実に怒りを隠しきれなかった。


 これでは鎮圧が収まるまで、帰れる保証など、どこにも無い。

 それどころか、栃木県では政府高官を狙おうとした、

襲撃事件まで起こったと聞いている。


 万が一、惣一朗が狙われたら・・・!


 そう考えただけでお勝は身震いし、

無事で戻って来てくれることだけを、ただ一心に祈るしか、

やれることは何もなかった。


 お勝は何故、自分が男として惣一朗の代わりに

行ってやれないのかと己を恨んだ。


 『高倉の為』惣一朗はただそれだけの為に、

自らを犠牲に苦渋の選択をしたのだろう。


 惣一朗と志乃だけはそんな思いはさせまいと、

あの日、自分に誓ったはずなのに、何故こうなってしまったのか・・・。


 お勝はかつて、重蔵に見初められた時、

将来を約束した男と夜逃げを試みた事があった。


 だが、約束の場所には男は現れなかった。


 男は自分よりも、重蔵から得られる稲作の買い付け金を選んだのだ。

 自分は売られたのだと、幼いお勝は男を恨んだ。


 だが、それも時と共に忘れるようにした。

 だからこそ余計に志乃には、娘達には幸せになってもらいたかった・・・・・。


 お勝は運命を呪い、自身を呪った。

 守ってあげられなかった志乃の幸せ、突然奪われた幸せに、

毎日泣く姿はあまりに不憫で見ていられなかった。


 まったく何と言う、大人の理不尽さなのだろう・・・・・。

 何と言う、運命のいたずらなのだろう・・・・・・。




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