見合いの夜 お勝の回想
見合いから戻り、お勝は溜まった帳簿を夜遅くまで片づけていた。
夜も寝静まり、一人ふぅっと一息ついて、昼間の志乃と惣一朗の事を思い出していた。
本当に良くお似合いの二人で、我が娘ながらよくぞあのような青年を見付けて来たものだと、内心呆れるほどの上出来の相手だった。文武両道で礼儀正しく、親切で優しい上に男前と来ている。
だが、お絹と一緒にこの一週間、『杉田惣一朗』について調べに調べた。
そして知った秘密・・・・・。
これだけは決して誰にも話さず、一緒に墓まで持っていって欲しいとお絹に頼んだ。
お絹は当然の様に快諾してくれた。
数年振りに偶然にも再会し、一緒に協力してくれたのがお絹で本当に良かったと、
お勝は心からそう思わずにはいられなかった。
その後の徴兵制の免除方法も、お絹が居なければ到底、思いつきも出来なかった。
しかも、河野先生も惣一朗の為ならばと、養子縁組を二つ返事で引き受けて下さった。
巡り合わせとはこの事を言うのだと、お勝はこの歳になって人の持つ、縁の不思議さを改めて感じていた。
しかもあの志乃がこうも簡単に結婚を承諾して、学校まで辞めるというなんて。
相手が惣一朗だからか・・・・・。惣一朗もまた、結婚など毛頭考えてもいなかった様子だった。
お互いだからなのだろうか、惹かれあう何かがあるから、自分もこんなに必死になってしまったのだろうか・・・と、己のこの数日間の慌ただしかった行動を振り返ってみて、改めて不思議に思った。
四年前に嫁入りした志乃の姉、芳乃も本当は傲慢な役人などに嫁がせたくはなかったが、夫の命には逆らえず、泣く泣く嫁がせたのだ。そしてまだ子供に恵まれず肩身の狭い思いをしている。
だからせめて、志乃だけでも好きな相手と結ばせてやりたかった。
お勝は念願が叶い、これからは何かあっても二人を守っていくと心に決めていた。
志乃の見合いの件をすでに手紙で駿河に居る夫、重蔵に知らせていた。
その返事が今日、届いた。お勝はそれを読みながら、一人で笑っていた。
重蔵は仕事一筋の昔気質の男ではあるが、厳しいこともなく店や奉公人に関して、ほとんどをお勝に一任していた。
そう、重蔵は不器用に男なのだ。お勝とは十五歳も年が離れており、お勝が嫁いだ時はちょうど志乃と同じ十六歳、夫と言うより父親に見えたものだ。
そのせいか、重蔵は留守にしがちな分、行く先々で綺麗な土産を買ってきてくれた。会話こそほとんどないまま長い年月が経ったが、二人の娘にも恵まれ、何不自由なく暮らしてこられた。思い返しても悪い思い出などない。
そんな重蔵が唯一こだわっていたのが、二人の娘の嫁ぎ先だった。芳乃は相手方のたっての希望で嫁に出してしまったので、跡取りは志乃となり、それもようやく決まった。
手紙には短くこう書かれていた。
『ご苦労。離れを急いで改築しておくように』
「急いで、とわざわざ書かなくても誰も逃げたりしませんよ」
お勝は微笑みながら手紙に向かって独り言をつぶやき、また帳簿づけの作業にもどった。
重蔵がどれ程嬉しいのか手に取るようにわかる気がする。
だが(まだどこの誰とも知らせていないのに、まったく気の早いこと…)と
またお勝は内心つぶやき、一人帳簿を前に笑い出していた。