Oさんの自転車の上に、雨が降りませんように。
・・・・・ということで、警察の人が来てから意識が無くなって気づいたら病院のベッドでした」
「分かりました、事務所にちょっと連絡入れさせてもらいます」
ヘルパーのOさんが電話している間、私は猫トイレの猫砂をザーっとゴミ袋に全部あけてマジックリンをかけてブラシでゴシゴシと洗った。
洗濯機ではカーテンがゴッゴッと洗われている。
猫トイレをペーパーで拭きセットしなおして新しい猫砂を入れると
「大久保さん・・・」
とOさんがなぜかちぎったトイレットペーパー両手の指でもみくちゃにしながら立っていた。
「はい?」
と振り向いて立つと
「13日って金曜日、私が入った翌日ですよね・・・・」
「あっそうですね」
「大久保さんがそういう行動に出る前に、誰かお友達に連絡なさる。とか何かなかったのでしょうか?」
12日のOさんのケアの日、とろとろと眠っている私にOさんは
「それでは本日のケア終わりです、元気、出してくださいね」と言葉をかけてそれから
「じゃあ来週火曜日にまた来ますのでー」
と言っていつものように自転車に乗って帰って行った。
「先週金曜日、何か、危ないなって思ったんです。
大久保さんの所に入らせてもらってから三年以上経つので、私大体分かるんです。」
Oさんの手にある花柄のトイレットペーパーはもみくちゃにされてボロボロになっていた。
「私、いわば家事援助だけで、何か出来るってわけじゃないですけど、
大久保さんが危ないとき分かるんです。
で、事務所にも報告入れて、私ができるのそれくらいで、
あの・・・・支援センターにお電話なさるとか、どなたかお友達に・・・・」
「んー振られた翌日、男友達が終電まで飲みにつきあってくれましたよ。でも交通事故みたいに直後はなぜかハイになってて楽しく飲んだんです、でも日が過ぎると」
「身体のあちこちが酷く痛くなって・・・」
「そうなんです。」
「あ!あとお盆だったので友達は帰省してて。それでもすぐに女友達がメッセンジャーで連絡くれて、月末に占い一緒に行こうって。」
私より年上だけど童顔で小柄なOさんが涙ぐみかけているのを見て私はようやくハッとした。
Oさんとはサラッとした関係で世話話もそこそこに、というかんじだったのだった。
その世話話のいつぞやに
「こういう仕事ですから色んな形でお別れがあるんです。病院やセンターへ入られてご自分の足で立って出られる方ばかりじゃないんです。だから私結構思いを割り切ってるんですよ。」
とOさんが何の気なしに言ったのをとてもよく私は覚えている。
(Oさんは割り切れないから割り切ることにしたんだね。)
一瞬、昔入っていた閉鎖病棟で、やはり援助の係の年上の女性に、
「大久保さんは綺麗で素敵な奥様なんですよっ!」
と言われて急に両肩を掴んで揺すぶられた事を思い出した。
開け放ったベランダの窓の方から土砂降りの雨の音が聞こえてきて私は自転車で帰るOさんの事をチラと思って、
「凄い雨ですね。」
と言った。
「ええ、台風が来ていますからね。」
雨合羽着て帰るのが何か?という感じでOさんはさらりと言った。
今回の件で私はたぶんやっと初めて深く恥じ入った。
Oさんの自転車の上に雨が、降りませんように。