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死とか雨とか失恋とか

翌日、仕事が終わってから、繁華街の入り口でキソと待ち合わせた。


わたしは約束の時間キッカリに着いたけれど、キソは10分ほど遅れてきた。


「ごめん、会議が押した。許してちょんまげ」


カビの生えそうなダジャレを言って、舌を出した。


わたしは黙って苦笑いを浮かべる。


「なんだ。元気ないな」


「そんなことないよ」


「そう?ま、いいか。嫌なことは呑んで忘れよう!」


キソはわたしの腕を取ると、とうに暮れて星の光る空に向かってかかげ上げた。


「え?また呑むの?」


「呑まないで、人生やってられるか」


いいかげんな理屈で、適当に開いている居酒屋を見つけると、強引にわたしを引きずっていった。





説得を試みようとは決めたものの、どのように切り込んでいったらいいか、いざとなったら判断しかねた。


おおよそ事情を知っていて、それでも尻込みしないキソは、ハッキリ言って手強い。


どんな爆弾をぶつけても、跳ね返されそうな気がした。


考えている間にも、お酒は進み、店に入ってから1時間で、すでに4杯目のジョッキをカラにしていた。


そのうち、だんだん悩んでいるのがバカらしく感じてきて、頭に浮かんだ率直な疑問から片づけていこうと思いはじめた。


「あのさぁ、気持ち悪いとは思わないの?」


酔ったオジサンがからむように、キソにからんだ。


「何が?」


わたしが頼んだ厚焼き玉子に箸を伸ばしながら、キソはこちらを見る。


彼も、5杯目のウーロンハイを呑み終えて、次のジョッキを待っているところ。


でも、まったく酔っているようには見えなかった。


「気持ち悪いって何が」


「だからぁ、わたしとア……兄が」


近親相姦、という単語が浮かんだ。


でも、その言葉の持つ響きはあまりにも卑猥に感じられて、なんだか汚れたものを扱うように思えて、口にするのはためらわれた。


「兄妹なのに」と、言い替えた。


キソは箸を置いて、腕を組み、「うーん」としばらく考え込んで、顔を上げる。


「オレはまだ若造だからさ。そんなもの!って即答で否定してしまえるほど、世間を知らないからね。て言うか、まずそんな権限なんてないし」


そうして、再び箸を持つ。


わたしは息を吐いた。


「柔軟な頭だね」


どこかホッとする一方で、やっぱりこりゃ厄介だな、と思った。


「何してるの?お兄さん」


「何が?」


焼き鳥の串に手を伸ばしながら、今度はわたしが訊き返した。


「何して食ってるわけ?」


「あぁ、仕事ね。音楽とフリーでウェブデザイン」


「音楽?歌手ってこと?」


そっちに食いついたか、まぁ、そりゃそうだわな、とタレの付いたモモ肉にかじりつく。


「シンガーソングライター。でも、あんまり売れてないよ」


わたしは口をモゴモゴさせながら、アキちゃんのフルネームと所属しているレコード会社の名前を教えてやった。


キソはレモンをかじったように顔をしかめ、


「くぅー、何から何までカッコいいなぁ。オレに勝てるとこはないのかよ」


と、なぜか嬉しそうに嘆いた。


「でも、陰気な歌ばっかりつくってるんだよね。死とか雨とか失恋とか。だからきっと、あんまり人気が出ないんだ。歌もうまいし、ギターもうまいし、声だってキレイなのに」


わたしは、まるで自分のふがいなさを指摘するようにため息をついた。


そうけなしてはみても、わたしはアキちゃんのつくる歌がすごく好きだった。


重くてジメジメしたテーマで、メロディー自体も暗いんだけど、選ぶ言葉はどれもお伽話のようで、繊細で優しくて、そしてちょっと希望があった。


それは、そのままアキちゃんの人間性を表していると思った。


だから、キソがくったくのない笑顔で、


「いいじゃない。ちゃんとポリシーがあるんだよ。そういうのって大事だと思うよ。やっぱカッコいいな、お兄さん」


そう言ってくれたのは、素直に嬉しかった。


「けど、疑問なんだけどさ」


「何?」


わたしは裸になった串を指でくるくる回す。


「マユちゃんがあんな条件持って見合いなんかすること、お兄さんは平気なわけ?」


「どういうこと?」


「だって、その条件を飲む男は、お兄さんとふたりでマユちゃんを共有するってことじゃない。つき合ってる身としては、どうなのよ。まぁ、カノジョが見合いをするって時点で、いい気分ではないだろうけど」


キソのストレートな質問は、わたしの胸を鋭くつらぬいた。


悪気のない刃は、心の奥底にしまって見ないふりをしていた痛みを、容赦なく引きずり出して、えぐった。


「……そんなの」


わたしは串を皿の上に置き、目を伏せる。


「アキちゃんは、そんなの、なんてことない」


アキちゃんは、わたしを束縛しない。


わたしのプライベートに、めったなことでは干渉してこない。


だから、わたしが見合いをするってなっても止めやしないし、父から結果の事後報告を受けても、少しも動じない。


「また断ったんだって?」なんて、ひょうひょうと訊いてくる始末。


そりゃ、やたらと干渉されすぎるのも困る。


事実、それが原因で過去に、わたしはつき合っていた人と別れたんだし。


信頼されているって素直に受け止めれば、それで済むんだろうけど。


それにしても、あまりにも無関心すぎやしないかって、この頃は不安に思っている。


だから昨日、電話の相手に興味を持ったことに、意外に感じながらも、少し浮き足立ったんだ。


わたしがアキちゃんのことを好きでたまらないのは、もうじゅうぶんすぎるくらい伝わっているだろうけど、アキちゃん自身がわたしのことをどう思っているかは、実際のところ、悲しいけれど、わからない。


訊いたことがあるわけじゃないし。


もしかしたら。


本当は、わたしのことなんて、好きでもなんでもないのかもしれない。


他の人と結婚しようが何しようが、まったく気にならないのかもしれない。


なるべく考えないように頭の隅に追い払っていたものが、隙をつかれて、わっと溢れ出した。


泣き出しそうになって、下唇を噛んで、ぐっとこらえる。


それに気づいたのかどうか知らないけれど。


「よし!呑もう!」


キソが、ちょうど運ばれてきたジョッキをわたしのジョッキにカチンとぶつけて、そう笑った。

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