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誠実だとか、不誠実だとか

信じられないことに、わたしたちはずっと一緒に暮らしてきたのに、アキちゃんに向かってハッキリ「好きだ」と明言したのは、これがはじめてだった。


あの夜告げたのは、「好きかもしれない」。


今にして思えば、なんて曖昧。


そのことに今さらながら気づいて、自分がいちばん驚く。


アキちゃんは一層目を細める。


ついでに、わたしを押しつぶされそうな重圧から解放してくれた、父の高慢でこじつけ的な言い分も伝える。


それでもただ微笑むだけだから、ずっと気になっていたことを、おそるおそる問いかけてみた。


「……どう?父さんの言ったこと合ってる?わたしのこと、好き……?」


なんとも思っていない、って言われたらどうしよう、と恐ろしい不安がよぎる。


父が教えてくれた、アキちゃんの言葉を思い出す。


アキちゃんのことをおそらくこの世でもっとも熟知している、お母さんが語った推測も浮かぶ。


でも、真実はアキちゃんしか知りようがない。


アキちゃんは、ふっと視線を落とす。


交差して上になった右の膝を両手で抱きかかえ、背中を丸める。





「オレは、父さんが好きなんだよ」





ポツリ、と切り出した。


新たな性癖を告白されたようにも思えて、一瞬アセる。


「尊敬してる。明るくて、どんな逆境にも負けないし、何より誠実だ」


そこでやっと、そうか、自分の父親と比べているのだな、と思いつく。


「オレの実の親父っていうのは、最低だったんだ。金にはだらしないし、女にもだらしないし、本当にどうしようもない男だったんだよ」


アキちゃんは、まるで自分のことのように嘆いた。


「でも」と、わたしは口を挟む。


「お父さんがそうだったからって、アキちゃんもそうなるとは限らないでしょ」


アキちゃんが懸念していると思われる事柄を指摘する。


実際、アキちゃんは違う。


倹約家というほどでもないけれど、お金のことはわたしより細かい時もあるし、性に対して奔放な印象もない。


たぶん、そうなるのを怯えるのと同時に、お父さんのことを反面教師にして生きてきたんじゃないだろうか。


アキちゃんは寂しそうに微笑む。


「オレも、そう思ってたんだけど」


「そうなんだってば」


「でもね、恐ろしいことに、オレは歳を重ねるごとに親父に似てくる。鏡の前に立つことがほとほと嫌になったよ。そして、怖くなったんだ」


鏡に背を向けたままのアキちゃんは、口をゆがめる。


「何が?」


そう尋ねるわたしは、お父さんは相当ハンサムだったんだろうな、なんて不謹慎なことを思った。


女の人にもすごくモテたに違いない。


だとしたら、浮かれて女性関係が乱れたとしても、お母さんには申し訳ないけど、いたしかたないのかも、とも思った。


キソに言わせると、男の人っていうのは、至極単純な生きものだそうだから。


そして、ハッとする。


アキちゃんが恐れているのは、まさにそこなんじゃないか、って思い至る。


ブログに羅列する、たくさんのファンの女の子たちの名前が脳を駆ける。


熱烈な愛のメッセージも通過していく。


あれを見て、浮き足立たない男性がいるだろうか。


アキちゃんは、ちまたの同世代の男性よりもぐっと落ち着いているし、クールだけど。


健康な成人男性には違いない。


その上やたらと人目を惹く外見をしていながら、それらの女の子たちに、よこしまな感情をいだかないかって問われたら、絶対に、とは言い切れないんじゃないだろうか。


現に、アキちゃんはこう言った。


「実際に手を出したりしたわけじゃないけど、そうしたいと思ったことがあるってことは、否めない。もしかしたら、この先、欲望に負ける時が来るかもしれない」


そして、


「オレは誠実じゃない」


綿毛を散らすような息を吐いたあとで、アキちゃんは自分の髪に触れた。





式場を飛び出す前のわたしだったら、たぶん、そこでまたウジウジと悩んでしまったかもしれない。


いや、正直に言うと、少し思い屈した。


でも、妙な確信があった。


「それでもアキちゃんがいい」ってわたしが言うのを、この人は待っているんじゃないかって。


明確な根拠なんかない、ただの勘だけど。


けれど、あながちハズレているとは思えなかった。


だって、わたしを受け入れる気がまったくないんだったら、そんなこと自ら打ち明けるだろうか。


わたしが、自分から退くのを期待しているんだとしても、だとしたらその前にまず、わたしが楽屋に姿を現した時点で、キッパリ拒絶したんじゃないだろうか。


「結婚、やめた」と白状するわたしに、怒って、「今すぐ戻れ」と部屋から閉め出すこともできたはずだ。


あんなふうに、にこやかに応対するわけがない。





だから、わたしは深く息を吸い込んで。


言った。





「わたしの目の届かないところで、アキちゃんがファンの子たちとどうしようと、知ったこっちゃないよ」


自信を喪失している男は、うわべだけの大量の愛情にすがりたくなる時もあるだろうし。


とはいえ、それを完全に理解して黙認しろと言われたら、難しいかもしれない。


やっぱり、嫉妬はあるし。


結局、強がりなのだ。


けど、そのくらい大きく出ないと、今回わたしがしでかした罪は、帳消しにならないんじゃないかと思う。


アキちゃんは目を丸くしている。


その目を見つめながら、わたしはタオルを握りしめる。


「だいたい、そんなふうに考えるのは、なにもアキちゃんが不誠実だからってわけじゃないんじゃない?正常な男の人だったら、誰しもが持つ感情なんじゃないの?」


そして、男性に限ったことでもないと思う。


少なからず、女性にだって、そういう部分はある。


真っ先に思い浮かんだのは、わたしの部屋のポスター。


あれは、今日家に帰ったら速攻はがしてしまおう、とコッソリ決めた。


「わたしは、そんないかにもオトコだなって思えるようなアキちゃんを知っても、残念ながら嫌いになんかならないから」







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