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キツネの嫁入り

そんな気配など微塵もなかったのに、式場を出たとたん、小雨がパラつき出した。


でも、太陽はその姿を隠してはいない。


薄い雲が筆で伸ばされたように広がってはいるけれど、陽の光をさえぎるほどではない。


そうか、キツネの嫁入り、ってヤツだ。


路上を湿らせても、水溜まりまではつくれない。


まさに「嫁入り」の格好をしたわたしは、天を仰いで、おかしくなった。


そして、嬉しくなる。


空が、この道の果てがアキちゃんに繋がっているという身じろぎしない事実を教えてくれているようで、嬉しくなる。


頬に、額に、細かな雨粒が当たる。


露出した肩にも当たって濡れるけど、気にしない。


足がアスファルトを踏むたびに、パンプスが脱げそうになるのを注意しながらだから、走るフォームが不格好だけど、それも気にしない。


すれ違う人も、車を運転する人も、喫茶店の中でコーヒーを飲む人でさえ、ギョッとした視線を投げかけてくるけれど、ぜんぜん気にしない。


早く、早く、一秒でも早く会いたくてしかたがない。


ライブハウスが式場からさほど離れていないのは、ラッキーだった。


狙ったわけでは、けしてない。


式の前夜に、夕食後の雑談の中でお母さんからそのことを聞いて、あまりの奇遇さにビックリしたくらいだ。


ただ、遠くはないとは言っても、走って向かうには少し無謀な距離かもしれない。


でも、公共の交通機関を利用するにも、タクシーを使うにも、さすがにこのナリじゃ派手だし、何も持たずに出たから、料金も支払えない。


後先考えずの鉄砲玉みたいな行動だと自分でも思うけれど、それがまったくわたしらしく、逆に胸を張ってアキちゃんにぶつかれる気がする。





アキちゃんは怯えている。


お母さんはそう言っていた。


アキちゃんの本当のお父さんがどれほどひどい人だったのか、わたしは知らないし、想像もできない。


ひとつだけ自信を持って言えるのは、アキちゃんのつくる歌が、どれも切ないテーマばかりだけれど、それは確かにトラウマが影響しているのかもしれないけれど、そのすべてが底抜けに優しい言葉でつづられていること。


つまり、それはアキちゃん自身が真に優しいからこその産物なんじゃないだろうか、ってこと。


非情な環境で育ったからこそ、つちかわれる性質もある。


じゃなかったら、たぶん、誰かの心を打つ曲なんてつくれない。


少なくとも、わたしは撃ち抜かれた。


だから、アキちゃんは、絶対に素敵な人だ。


アキちゃんは、おそらく自信がないんだと思う。


自分の人間性にしても、人を愛することにしても。


そして、自分に向けられたわたしの愛情に対しても。


別れを切り出してきた日、最後にアキちゃんは言った。


「オレのこと、見てたか?」って。


あの時は、その意味するところがわからなかったけれど。


あれは、自身の顔が、わたしの部屋の壁に貼られたポスターの中のロックスターとかぶることを自覚しての、わたしへの疑念の訴えだったんじゃないだろうか。


はじめて部屋に訪れて目にした時点から、ずっと気にしていたのかもしれない。


早々にそれに気づいて、アキちゃんの気持ちをくみ取っていたとしたら、事態はもっと違っていたのかも。


だから、謝りたい。


謝りたいし、キッパリと言い切ってあげたい。


初対面でその外見に衝撃を受けたのは事実だけれど、惹かれたのはその中身を知ったあとだから、って。


アキちゃんというひとりの人間を、わたしは好きになったんだから、って。





高いヒールの靴は、やっぱり履き慣れない。


警察官が二度見してきた交番の角を曲がったところで、カクンと足首が折れ、転びそうになる。


なんとかバランスを取り、また走る。


息があがる。


脇腹が痛い。


足首も痛い。


だからと言って、休憩するのも、徒歩に変更するのも、もどかしい。


雨で湿気を含んだ前髪が、視界をさえぎるようにまつげの先にちらつく。


指で払う。


暖簾がかかげられず、電灯もまだついていない有名居酒屋チェーンの店の前を通り過ぎる。


不意に、キソのことが気にかかった。


胸が詰まる。


キソには、本当に悪いことをしたと思う。


態度も言葉も軽薄なようでいて、きっと、彼なりにわたしのことを気づかってくれていたんだ、ずっと。


なのに、恩を仇で返す形になってしまった。


どれだけ頭を下げても、下げても、足りない。


でも。


父から、言付けを聞いたら。





あなたに会えて、本当によかった。


わたしは間違いなく、あなたのことを好きだった。


2番目だけどね。





そう耳にしたら、彼のことだから、早熟のオレンジを丸かじりにしたみたいに顔をしかめながら、それでも嬉しそうに、膝を叩いて喜んでくれるんじゃないだろうか。


わたしの知っている、彼だったなら。





緑がほころびはじめた静観な公園を抜ける。


横断歩道を渡る。


月極の駐車場の脇を通って、まだできたばかりだという、こぢんまりとしたライブハウスの前に出た。

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